30話「写真談義」
「ん……」
梓の手に当たったのは数ある証拠写真の一つだ。例によって、地面に血がたっぷりと流れている様子を映した赤い写真だ。杉村と瑞輝以外の手掛かりは、こんな風に似たり寄ったりである、この写真一枚あれば杉村と瑞輝以外の証拠は充分じゃないかというくらいだ。
「大鎌の方から探すしかないか……」
「大鎌は手掛かりとしては弱いですけどね」
「え、そうなの?」
「大鎌は、よく死神が持っているですが、この場合、死の象徴としての側面が強いと思います。呪いで具現化するのは、呪いの大元の力を持つ存在もそうですけど、死のモチーフもセットで現れることが多いです」
「つまり、大鎌は死って特徴を現したもので、本命は別にあると?」
「あの特徴的な角を見た時から、角は何かの象徴だと思ってたですが……瑞輝さんから大鎌の事を聞いて、ますます確信を持ちました。大鎌が死をモチーフにするなら、それ以外の要素は自ずと呪いの元の特徴と似ることになるです」
「なるほど……確率的にはそれが本命か……」
「まだ完全に確信を持っているわけではないので、完全に意識から外したくはないですが……」
「ということは、やっぱりこの角から探さないといけないわけね」
「現状、消去法ではそうです」
「消去法か……他に証拠が無いってことでもあるわねぇ……」
「杉村さんの傷から何か分かればいいんですけど……あの手の細かい傷……」
「ええ。鋭利な何かで何度も切り裂かれたような跡……ちょっと薄気味悪いけど、それだけね。検視で何か分かればいいんだけど、どうだか……」
「後は、この写真ですよね……本当にダイイングメッセージかどうか、怪しいものですけど……」
「ああ、そういえば、そんなのもあったわね。ちょっと貸して、もう一回、良く見てみる」
梓が手に持った写真を、杏香がスッと何気なく取った。
「あ……っ!」
不意に手に痛みが走って、梓は顔を歪めた。
「ええ? あ、ごめん! 大丈夫?」
「あ、はい。ちょっとびっくりしただけです」
「紙で手を切ったのね……絆創膏は?」
「いえ……本当に大丈夫ですから。絆創膏だって自分で貼れるですし」
「なんか、ごめんね、怪我させちゃった」
「いえいえ……それにしても、こんなものでも……」
絆創膏を後ろの棚から取り出して、傷の大きさを確認しようと手を見た瞬間、梓はふと気付き、体を硬直させた。
「え……あれ? どうしたの? やっぱ、痛かったかな?」
「……紙でも手って怪我するんですね」
「うん? まあ……紙も実は結構鋭いからね。今みたいに無造作に抜いたら、当たり所が悪ければ切れちゃうのよ。や、やっぱり、気にしてる……?」
「いえ、刃物じゃなくても鋭利な傷って出来るんだなって」
「ん……それって……盲点……ね……」
杏香も何かに気付いたらしい。急に口調が重くなる。
「悪魔に……そうでなくとも羊に行き着いた時点で気付くべきだったかもね」
「そうですね。この傷を作った凶器、それは……」
「「毛」」
杏香と梓の声が重なる。
「毛って……ねぇ……」
杏香が自分で自分に突っ込みを入れ、その上、梓に同意を求めている。「け!」という一言をもっともらしく声を合わせて言ってしまったので、どこか照れくさいのだろう。と、梓は推測した。梓もちょっと恥ずかしくなっているので、気持ちは良く分かる。
「毛といったら、あの毛しかないですよね、この場合。そうすると、手掛かりになるのは杉村さんの行動……」
これ以上引っ張ると変な雰囲気になってしまいそうだ。梓は杏香の求める同意を軽く受け流し、シリアスに話すように意識しながら話題を本題へと移す。
「杉村さんの、怨霊になりかけるほどの執念。そんな執念を持った杉村さんなら、ただではやられずに……何かしら、手掛かりを残しながら亡くなった。そうは考えられないでしょうか」
「あいつの性格なら、充分あり得ると思うわ。それが手の傷って事ね」
「そうです。傷は刃物でなくても紙でも……そして、糸のような細い紐でも出来ます」
「毛だと思った理由は? 瑞輝は怪物の全貌を目撃していたのよ? でも毛のことを言わなかった」
「ティムちゃんが傷付けられ、怪物が目の前に現れて気が動転していた。または、単に言い忘れたか、それとも目に留まらなかったのか……」
「意見は私と同じか……そうなのよね、気が動転して、しかも暗がりだったら、インパクトの強い場所以外は目に入らないかもしれないし、思い出して喋る時も、多かれ少なかれ興奮するのよね。それでいて、怪物の毛が黒かったりとかしたら……」
「その可能性もありますよね、あの暗がりの中で毛も黒いとなっては……」
「見えなかった可能性は、充分にある……か……瑞輝の居場所を教えて。聞きに行ってみる」
「あ、それは私がやります。その方が気軽に話せるでしょうから」
「そう? ……それもそうね。あたしも、ちょっと忙しくなりそうだし」
「図書館ですか?」
「メインはそこでしょうね。こういうのは、レアな本を漁るよりも量でしょ」
「ですね……今のところ、どこまで絞れてます? 牛……羊……山羊……」
「んー……梓はそこまで絞るかぁ……」
杏香が頭をポリポリと掻いた。
「杏香さんは違うんですか?」
「毛があるってことは、多分、何らかの動物が元になった悪魔なんだろうなってことは分かったけど、それ以上は絞り込むのは、ちょっと難しくて……」
「私もですよ。単に角があって、毛にも覆われている動物の中で、悪魔のモチーフになっている代表的な動物を挙げてっただけです」
「んー……流石本業ね」
「そうですか?」
「その条件までは浮かんだけど、ぱっと動物の名前までは出てこないもの」
「ああ……まあ……呪いはほぼ専門分野というか、ここに来る人には除霊も解呪も関係無いですからね。私の方も、それに関係無く適切な対応をするだけですし」
「なるほどね。やっぱ梓はスペシャリストねぇ。私みたいに広く浅くじゃないって、良く分かるわ」
「杏香さんだって、魔法の事とか詳しいじゃないですか。UMAとかも」
「それだって、それぞれの専門家の知識比べれば浅いわよ。東京タワー十個分くらい浅いわ」
「東京タワー……」
「な、何よ?」
「いえ……今後の事も考えて、スカイツリーにした方がいいかと」
「いいの! 私は東京タワー派なの! ……それはともかく、餅は餅屋よ。それぞれ手分けして手掛かりを探しましょう」
「同感です。それぞれで探して、この事件を追っていくのが効率的です」
「知識の多い少ないはともかく、悪魔以外にも可能性があるってことを念頭に入れて、それぞれの得意分野で攻めた方が良さそうね。あたしはあたしで、梓は梓で」
「それがいいです。悪魔以外にもUMAや魔法が絡んでいる事は充分に考えられますし、邪神の類だという可能性も捨てきれないですから」
「ま……可能性は一番高いから、真っ先に調べるのは悪魔だけど……臨機応変にってことね」
「ですね」
目的も不明だが……これは人が人を殺す殺人事件に他ならない。やっと手掛かりに近づき始めたことと、杏香と話したことで、梓は少し心が軽くなった。しかし、その気持ちが完全に晴れることは、まだ無い。
あの怪物が、セオリー通り悪魔なのか、それとも本当に死神なのか……または、神……邪神の類か。完全に特定する事はできていなし、呪いのルールについても、まだまだ不明な部分が多い。呪いであるかどうかすらも、まだ完全に特定はできていないが……もし呪いの類だとすれば、呪いの力の源に魂を……そして、自分の大事な何かを売り渡した人が、近くに居るということになるのだろう。
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