きぬルート12話 一日の優しさ

「誠ちゃーん、起きてよー」

「う、ううん……」

いつものように紗智はうるさいぐらい元気に俺を起こしに来る。

「ご飯できてるから、早く支度して」

「ああ……」

「待ってるからね」

「…………」

俺は深呼吸して、リビングへと向かっていった。

「おはよ、紗智」

「おはよう、誠ちゃん。冷めないうちに食べようよ」

「ああ」

「いただきまーす」

「いただきます」

紗智が作ってくれた朝食に箸をつける。

「美味いな」

「え……?」

「なんだよ、不思議そうな顔して」

「あ、いや、誠ちゃんから褒めてくれるなんて、珍しいね」

「そうか?」

「そうだよ、どうしたのさ?」

「素直に美味いなって思っただけだ。ありがたく受け取るがよい」

「なんで偉そうなのー……でも、ありがと」

「ああ」

「そういえば、知ってる?」

「なにを?」

「昨日、鈴ちゃんがバイトしてるお店に強盗入ったんだって」

「ぶふっ!」

思わず、吹き出してしまう。

「わっ、汚いよ!」

「すまん。それで?」

「店内にいたお客さんの1人が退治したんだって。しかも、若い女の人らしいよ」

「へ、へえ~、そりゃすげえな」

「強盗は3人で、しかも全員ナイフ持ってたのに、その人は定規でやっつけたんだって」

「なんちゅー超人なんだー」

「なんで棒読みっぽいの……。その後すぐ、一緒に来てた男の人と店から出て行ったらしいけど。あ、ちなみに食事代は座ってたテーブルにちゃんと置かれてたんだって」

そういや目の前のことに必死で、食事代のことすっかり忘れてた。後できぬにお金返さないと。

「強盗はどうなったんだ?」

「すぐに警察が来て、そのまま逮捕だって」

「こんな町にも強盗なんてするやつらがいるんだな」

「それがその人たち、別のとこから来たみたい」

「別のとこから?」

「なんでも各地で同じようなことしてて、居場所を転々とするから、指名手配されてたらしいよ」

なるほど、手馴れてる感じだったのはそのせいか。

「その話、誰に聞いたんだ?」

「お母さんから聞いた。お母さんは主婦仲間に聞いたって言ってたよ」

狭いだけあって、噂が広まるのはあっという間だな。

「御守新聞の一面にもなってたよ」

「お前……新聞読むのか?」

「ううん、お父さんが見せてきてくれた」

紗智の家はみんな、早起きだな。

「紗智が新聞なんて読むわけないか」

「テレビの番組表は見てるよ?」

「それは新聞を読むとは言わん」

「細かいことはいいじゃん。でも、鈴ちゃん大丈夫だったかな……? 怪我人はいなかったみたいだけど、心配……」

鈴下にその必要はない。どっちかといえば、やってやるぜ! ぐらいな勢いだったからな。

「怪我人がいないってことは、鈴下も大丈夫ってことだろ。学園で会ったら、話だけでも聞いてみろよ」

「うん、そうするよ。――そろそろ、片付けようか」

「そうだな」

食べ終わった朝食の食器を片付け、登校の支度をする。


「ほい、おまたせ

先に玄関先で待っていた紗智と合流する。

「それじゃ、いっくよー」

「おっと、はいよ」

俺の腕に抱きつく紗智を俺は受け止める。

「こうしてると、あったかいね……」

「ああ、そうだな」

「あたし、誠ちゃんといつまでこうしていられるのかな……」

「紗智……」

「なーんて、あはは、なに言ってんだろうね。あー、今日も寒いなー」

「なら、もっと寄れよ」

「え……?」

「それなら、少しは寒くなくなるだろ?」

「いいの?」

「今日だけだぞ」

「うん! ありがとう、誠ちゃん」

そうだ、今日だけ……いや、今日まで……だな。


「おはようございます、お二人共」

紗智に腕を抱かれたまま、三原と合流する。

「よっ」

「おはよう、麻衣ちゃん」

「今日はなんだかいつにもまして、仲が良いようですね」

「えー、そう見える? どうどう? お似合いかな?」

「はい、とてもよく似合ってますよ」

「えへへ、よく似合ってるだって、誠ちゃん」

「調子に乗るな」

紗智のデコに一発、デコピンを食らわせる。その衝撃で紗智は俺から離れる。

「はうっ! いたいよ、誠ちゃ~ん……」

「そこまで許可した覚えはない」

「うう~、厳しいよ~……」

「ふふふ、お二人を見ていると、私まで楽しい気持ちになります」

「振り回される俺の身にもなってくれよ、三原~」

「うあっ! ひどい言われよう!」

「うふふふ――あ、それよりも聞きましたか、昨日の――」

「強盗事件でしょ?!」

「ええ、そうです」

もうその話はいいっての……。


紗智と三原は強盗事件の話で盛り上がり、それを他人事のように聞いていると、あっという間に学園に着き、ほんのり暖かい校舎の廊下を歩き、教室へ向かっていると、鈴下と仲野が正面から歩いてきた。

「あ、鈴ちゃんに筒六ちゃん」

「おはようございます、先輩方」

「おはよー――って、わあ! なによ!?」

紗智は鈴下に駆け寄り、そのまま抱きしめる。

「大丈夫、鈴ちゃん!? 怪我とかなかった?」

「はあ? なんのことよ?」

「紗智さんは昨日のことで、とても心配しているんですよ」

「昨日?」

鈴下は素知らぬ顔をする。まあ、鈴下にとって昨日のことはどうでもいいことなんだろうな。

「ほら、喫茶店の――」

仲野が耳打ちして、思い出させる。

「あ、ああ、あれね。なにも心配ないわよ」

「本当に? 乱暴されたりしなかった?」

「その話知ってるってことは、怪我人がいなかったことも聞いてるでしょ? 誰も怪我なんてしてないって」

「ほっ、よかったー」

「むしろ、わたしがあいつらをぶっ飛ばしてやりたいぐらいだったのに……」

「そんなことしたら、危ないですよ」

「ね、これが普通の反応なんだよ、鈴ちゃん。怒られて当然だよ」

「うっさいなー、もうわかったって……」

仲野の言葉を聞いて、耳にタコができているかのような反応をする鈴下。

「どういうことだ?」

「昨日、強盗がレジのお金を入れるよう、鈴ちゃんに指示してきたらしくて――」

それは知ってる。昨日、この目で見てたからな。

「でも、逆らおうとしたところを店長さんが止めに入って、事なきを得たそうです」

「それでその後、店長にお説教をくらったってわけか」

「ふん、警察なんて呼ばなくても、わたしが全員片付けられたってのに」

「ダメ!」

紗智は鈴下に詰め寄る。

「な、なによ?」

「そんな危ないことして、怪我したらどうするの?」

「だから、そんなこと――」

「あたしが心配になっちゃうから、だめー!」

「なによ、それ……」

「いい? 次はそんな危なっかしいことしちゃダメだよ?」

「……わかった」

「よしよし、えらいえらい」

紗智は鈴下の頭を優しく撫でる。すげえ、あの鈴下を諌めるとは……。

「それにしても、強盗を懲らしめたという若い女性……一体、何者なのでしょうか?」

「そうだよねー。この町の人なのかな?」

「あれ、あんたたち聞いてないの?」

「聞いてないって、どういうこと、鈴ちゃん?」

「だって、こいつ――」

まずい! 鈴下が俺を指差そうとした瞬間、俺は大きく咳払いし、全員の注目を集める。

「ごほっごほっ! あー、君たち、そろそろ朝礼が始まる時間だ。教室に赴き、担当教諭の到着を待たねばならんな! うん、それがいい」

「まだ時間は――」

「いやいや、三原。健全な学園生徒ならば、早めの着席は当たり前のことだよ」

「どうしたの、誠ちゃん。そんなこと全く思ってないくせに」

「…………」

鈴下は半目で俺のことを見てきやがる。頼む、空気を読んでくれ!

「なにを言うのだ。僕は常に学園の模範生徒であろうとしているのだよ」

「鷲宮先輩、なんだか気持ち悪いです」

ぐうう、ごまかすためとはいえ、全員から浴びせられる不審な視線が痛い。

「筒六、こんなくだらないやつ放っておいて、行きましょ」

「うん」

「じゃね」

「あ、まだ話が――」

引き止めようとした紗智の襟首を掴む。

「さあさあ、僕たちも教室へ急ごう!」

「わわ! 急に引っ張らないでー!」

「え、あ、待ってください」

鈴下には後でお礼言わなきゃな。


「もうなにをそんなに急ぐことがあるのさ」

俺の後ろで着席しながら、紗智は頬を膨らませている。

「私、限界が……」

「別に急いだわけじゃねーって」

「疲れたよー」

「これを期に少しは体力をつけることだな」

「なら誠ちゃんだって、自分で起きれるようになってよね」

「ああ、そうだな」

「へ?」

「あ?」

「おかしい……こんなのおかしいよ……」

「なにがおかしいってんだよ?」

「自分で起きてって言って、素直に応じるなんて……」

「普段は違うのですか?」

「普通だったら、それは紗智の仕事だー! とか言って、拒否するのに……」

「まあ……」

「素直に頷くのはやめてくれ、三原。ま、俺は紗智と違って、ちゃんと成長しようとしてるのさ」

「それなら、あたしだって誠ちゃんよりも勉強出来て、運動も出来るように頑張るんだから!」

「はは、そんな日が来ればいいけどな」

「今にみてろー!」

もう俺も紗智も、お互いを頼るわけにはいかねえんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る