きぬルート5話 築島先生の研究
翌日、執拗に理由を聞いてくる紗智をなんとか振り切って、出かけることが出来た。疑いの目がすごかったけど、あいつには関係ない。
「会長、神社にいればいいけど……」
期待と不安を覚えながら、神社へ向かう。
「…………」
そこにはいつものように竹箒で境内の掃除をしている会長の姿があった。よかった、いてくれて。
「ん……鷲宮君?」
「こ、こんにちは」
「どうしたのだ、こんなところに? 今日は休日なのに珍しいな。なにか用でも?」
「いえ、とくにそういうわけでは……」
ああ、いざ目の前に会長がいるとドキドキして、なに話していいかわからねえ。心臓がさっきからバクバク鳴りっぱなしだ。巫女服姿の会長……ちゃんと見てなかったけど可愛いなあ。
「そうか、では私に用があったのか?」
「えーと、それは……」
あ、そうだ昨日のことを――
「昨日のことなんですけど」
「昨日?」
「その責務がとか罰がどうって……」
「…………」
「どういうことなんですか?」
「すまない、昨日は私も疲れていたようだ」
「会長?」
「君が気にするようなことではない。変なこと言って、すまないな」
「それはいいんですけど……」
「気を遣わせて申し訳ない」
「なにがなんだかわかりませんけど、俺は会長のこと立派だと思ってますから」
「鷲宮君?」
「罰とか責務とか、なんのことか知りませんけど、会長は十分に頑張っています。俺はそれを知っています。だから、あまり自分を責めないでください」
「…………」
「って、知らない俺が言っても、迷惑だと思いますけど」
「ありがとう、鷲宮君。君はいつも優しく、思いやりのある子だな」
「そんなことは――」
「突然だが、明日の放課後、時間はあるか?」
「え、ありますけど?」
「そうか。では、少し時間をもらってもいいだろうか?」
「はい、かまいません」
「ありがとう」
「あの、なにか……」
「君には要らない気を遣わせてしまったし、心配もさせてしまった。その詫びと礼をしたい」
「俺が勝手にしたことですから、気にしなくても」
「私がしたいから、言ってるのだ。それとも迷惑だろうか?」
「いえ、迷惑なんてことはありません」
「では、明日の放課後、教室で待っていてくれ」
「はい、わかりました」
「もう少しゆっくりしていくかね?」
「いえ、会長もやることあるでしょうし、邪魔はしたくないので」
「そうか、寂しくはあるが、また明日だな」
「失礼します」
「…………」
自宅に戻っても、会長のことを考えていた。
「会長が俺にお詫びとお礼だなんて、なんだろう……」
しかも、放課後だなんて……。ま、まさかあーんなことやこーんなこと!? そんなわけあるかって。あの会長だぞ。うーん、考えられるとしたら、お茶かなにかをごちそうしてくれるとか? 逆に会長に気遣わせてるよなあ……。ま、会長がしたいって言ってくれてるんだし、深く考えるのはよそう。普通に通常に、明日の放課後を楽しみにすればいいさ。
「はーい、今日の授業はここまで」
築島先生の合図で、日本史の授業が終わり、午前中の授業は全て終了、昼休みに突入する。しかし――
「…………」
「鷲宮~、こっちこい」
「はい……」
築島先生に呼ばれ、教壇まで沈みながら赴く。
「なんで呼ばれたか、わかるよな?」
「宿題をしてこなかったからです」
「そのとおりだ。2日間の猶予があって、やれなかった都合があるのか?」
「いえ、私めが単に忘れていただけです」
「よしよし、お前のそういう潔いところは評価しているぞ。では、罰を受けるのは当然のことだな?」
「はい」
「資料室に私の研究書類が置いてある。それを私がいつも研究で使ってる教室に運んできてくれ。場所は知ってるだろ?」
「はい」
「よし、では待ってるからな」
築島先生はそれだけ言って、教室を後にした。
「誠ちゃーん、早くしないと昼休み終わっちゃうよー?」
「うるせー、わかってるっての」
くそお、会長のことで頭がいっぱいで宿題を忘れるとは……。さっさと終わらせて、飯食お。
資料室から運び出した書類を両手に抱きかかえ、廊下を歩きながら、眉間にシワを寄せる。
「なんだよ、この量は……!」
書類っていうもんだから、楽勝だと思ったが罰だということを忘れていた。紙でもこれだけあればすごい重量だ。学園祭準備のときを思い出すな。かといって、分割で運ぶのも嫌だし、ここはなんとしても1回で済ませてみせる。
「ここだな」
築島先生に言われた教室にたどり着き、両手が塞がっている俺は、右足を使って、ドアを開く。
「せんせーい! 持ってきました……よ?」
あれいねえぞ? まだ来てないのか? こっちは苦労して持ってきてるってのに……。適当に空いた場所に置いておくか。
「よいしょっと……!」
ふう、任務完了。歴史の研究になんでこんな量が必要なのかね。なにを研究してるんだと思い、俺は自分が運んできた書類を改めて見てみる。
「『御守町の歩み――とある武家と神社の関係性――』。なんだこれ?」
表題にはそう記されていた。神社という単語に俺はあることを思い出す。
「旧小谷神社……」
御守桜の裏に突き立てられた小さな石版に刻まれている神社の名。やっぱりなにかあるのだろうか。俺は無意識のうちに研究書類とやらをめくっていた。
「約150年前、複数の村が併合され、現御守町は成る、か」
そうだったんだ。なにやら興味が惹かれ、そのまま読み進める。
「併合の中心にこの地が選ばれたのは、とある武家が領地として治めていた旧小谷村があったからだ。その武家は約1000年も前から、ずっとこの地を治め続けており、一時はお家取り潰しの危機があった。しかし、それを回避した背景には、古くから存在していた旧小谷神社との関係が要因だと考えられる」
旧小谷神社……! あの石版には旧小谷神社跡と刻まれていた。この学園が出来る前、ここには神社が存在していたんだ。じゃあ、御守神社はなんなんだ? なんでその武家は御守神社との関係はなかったんだろう。これに全部書かれて――
「鷲宮~」
「うわっ!?」
読み進めようとした俺の手が、室内に入ってきた築島先生の声で止まる。
「すまん、昼飯食べてたら遅くなった」
「せ、先生……。脅かさないでくださいよ」
「そんなつもりはなかったんだけど。それよりも、鷲宮、それ……」
「あ……」
まずい……! 勝手に読んでたのバレたか。
「お前、それ読んだのか?」
「すみません! なんだか、興味深い内容だったので、つい――」
「そうかそうか! 興味深いか!」
「え……」
「歴史に興味を持つことは良いことだ。よし、それでは私が直々に教鞭を奮ってやろう」
「え、いや、その……俺、昼飯食べなきゃなので、失礼します!」
「あ、こら……!」
築島先生の脇をかいくぐり、部屋から逃走。そのままダッシュで自分の教室を目指す。
ここまで来れば大丈夫だろ。急な走り込みに息切れした俺は、階段の手すりにつかまり、休憩する。
「はあ、はあ、はあ」
危ないところだった。あの人、自分の得意分野になると熱が入りすぎて、怖いんだよな。うーん、あの研究内容は気になるけど、築島先生に捕まるのは嫌だし、諦めるか。
「なにやってんの、あんた?」
背後からかけられた声に俺は驚く。まさかここまで築島先生が追ってくるとは!
「うわあ! 長時間講義は勘弁してくれえ!」
捕まってたまるか! 逃げねば! 俺はその場を急いで退いた。
「ちょ――なに、あいつ……」
「どしたの、鈴ちゃん?」
「不審者がいただけよ。行こう、筒六」
「え? う、うん」
俺は教室に戻るなり、机に突っ伏し、大きく呼吸をする。
「はあ、はあ、はあ」
そんな俺の様子を紗智と三原は心配そうな目で見てくる。
「なんだかお疲れのようですね?」
「先生の罰、そんなにきつかったの?」
「きついなんてもんじゃねえよ。危うく、今日1日ずっと歴史の授業になるとこだったぞ」
「あ~、あの先生、歴史のことになると目の色変わるもんね」
「そうなのですか?」
「確か、その筋だとかなり有名な人らしいよ」
「そんな方が教員におられるなんて、素晴らしいですね」
「三原はなにも知らねえから、そんなことが言えるんだよ」
「へ?」
「誠ちゃん、前に先生に捕まったことがあってさ」
「思い出したくもねえ……」
「あの日、帰ってきたの夜だったよね?」
「ああ、朝から始まって、日が暮れてから終わったな」
「で、では、その日の授業はどうされたのですか?」
「他の教師全員に特別補習があるからと、免除された。普通の授業のほうがどんなによかったことか……」
「どのような内容だったのですか?」
「ただひたすら先生の話を聞いて、たまに質問に答える感じだった。なにを話してたとかはもう覚えてない。眠気との戦いだった。寝たら、ビンタで起こされるんだぜ」
「それは……過酷でしたね」
「もうあの悪夢は味わいたくない」
「じゃあ、今回はなんとか逃げ出せたんだね?」
「無理やり逃げ帰ってきた。紗智、弁当くれ。腹が減った」
「はいはい」
築島先生は厄介だけど、あの研究内容はすごく気になるな。なんとか先生に気づかれずに読むことはできないものか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます