きぬルート3話 食生活
俺の足は自然と御守桜に向いていた。一通り学園中を見て回ったけど、ここが1番落ち着くな。祭りの外れっていうのかな。そういうの割と好きだ。自分が一緒になって楽しむよりも、みんなが楽しんでいるのを遠くから見るのは理由はないけど、好きなんだ。この場所は誰も来ないし、ここで時間までのんびり過ごすか。そう思い、桜の根元で仰向けに横たわる。
「この桜はいつからあるんだろうな」
ふと気になる。入学してから、何度かここへ訪れてはいるが、そんなこと微塵も考えたことなかった。こんなデカイ桜の木なんてそうそうないだろう。樹齢何百年とかはありそうだ。ずーっと、ここにあって学園を、この町を見てきたんだろうか。
ここはどんな町だった? どんな人がいた? どんなことがあった? 心の中で語りかけるが、御守桜はただ風で揺れる葉の音だけ発している。
「いい場所だな」
心が落ち着く。なんだか懐かしい気持ちになる。なんでだろうな。
「よっと」
時間もあるし、少しこの桜を眺めてみるか。そう思って立ち上がり、桜の周りを1周する。
「……なんだ、これ?」
今まで気付かなかったが、桜の裏に小さな石版が突き刺さっていた。こんなものあったなんて、初めて気がついた。なにか彫ってあるな。
「旧小谷神社跡……」
旧小谷神社跡? なんだ小谷神社って? 御守神社とは違うのか? ここに昔、神社があったってことか? 大方、昔の人が近場に2つも神社はいらんってことで、小谷神社をなくして、この学園を建てたとかそんなとこだろ。築島先生がそういうの詳しそうだな。機会があれば、聞いてみるか。
「あれ……小谷って……」
どっかで聞いたことあるような……。
「う……」
腹減ってきたな。そろそろ、中庭で待機しとくか。
中庭へ移動し、ベンチに座って、会長の到着を待つ。
「会長、まだかな……」
「すまない、待たせたな」
時計を見ると12時ジャストだった。
「いえ、時間通りです」
「しかし、君は少し前から待っていたのだろ?」
「気にしないでください。誘ったのは俺ですし。それより、すみません会長」
「ん? なにを謝る必要があるのだ?」
「生徒会の仕事で忙しいのに、無理なお願いしちゃったかなって……。ただでさえ、時間がないのに俺があんなこと言うから……」
「君が気にすることではない。私は嬉しかったよ」
「嬉しい?」
「ああ、君と学園祭を楽しめるのだから、嬉しく思わないわけないだろう。むしろ謝るべきは私のほうだ」
「なぜです?」
「こちらからお礼をしたいと言っておきながら、君の要望に応えられているように思えない。なにせ、たったの1時間だけだからな」
「それは俺が――ってこんなこと言い合ってても埓が開きませんね」
「そうだな。時間が惜しい。それでどこへ行くのだ?」
「時間も時間ですし、なにか食べませんか?」
「うむ、そうだな。では、弁当を――」
「弁当!?」
「なにかおかしいか?」
「いやだって、せっかくの学園祭なのに、弁当って――」
「校則には反していないと思うが……」
「会長、こういうのは気分なんです。1年に一度のお祭りなのに、普段と同じことをしてもしょうがないですよ」
「そうか?」
「そうです!」
「しかし、私はこれまでずっと弁当持参だったのだ。食堂へ行くのか?」
「もしかして、これまで一度も学園祭の出し物で食事をしたことがないんですか……?」
「そうだ」
「…………」
「な、なんだ? 別に悪いことではあるまい」
「それでは学園祭での食事のあり方というのを教えてあげますよ」
「うむ、頼む」
「では、ついてきてください」
まさか学園祭で弁当を持参してくる人がいようとは……。会長、色んな意味で計り知れん。
校舎内へ入り、最初に目に付いた模擬店の前で足を止める。
「ここはなんだ?」
「まずは入ってみましょう」
「うむ」
模擬店に扮した教室へ入ると、店員係の女生徒が俺たちに挨拶をしてくる。
「いらっしゃいませ」
「2人です」
「では、あちらのお席へどうぞ」
「はーい。行きますよ、会長」
「ああ」
会長を引き連れ、指定された机に座る。机にはメニューが置かれ、水が置かれた。
「決まりましたら、呼んでください」
「はーい」
「鷲宮君、ここはどういう場所なのだ?」
「ここは模擬店ですよ。知らないんですか?」
「そうか、ここが模擬店というものか」
「本当に知らなかったんですか?」
「書類では何度も目にしているし、どのようなものかも理解しているつもりだったが、実際に見るのとでは違うな」
「会長はなににします?」
「私はこのような場は初めてだ。だから、君の好きにするといい」
「わかりました。すみませーん」
俺の呼び声で、さっきの女生徒がすぐさま駆けつけた。
「はい、どうぞ」
「たこ焼きと焼きそばください」
「はい、おまちください」
注文を取り終え、女生徒は速やかに立ち去っていく。
「君は慣れているんだな」
「慣れてるというほどでも。これまで学園祭で、こういうところに来ようと思わなかったんですか?」
「とくに考えたことはなかった。生徒会の仕事もあるし、こうやってゆっくりしたこともない」
「疲れないんですか?」
「気にしたことないな。それが日常というか、普通のことだったから」
「じゃあ今日は1時間だけですけど、ゆっくり楽しんでください」
「ああ、そうさせてもらうよ」
「お待たせしました。焼きそばとたこ焼きです」
「どうも~」
机に注文の料理が運ばれてくる。
「これが焼きそばにたこ焼きか」
「まさかとは思いますけど、食べたことないんですか?」
「恥ずかしながら、普段は質素な食事しかしないのでな。見たことはある」
「もしかして、こういう食べ物は嫌いですか?」
「いや、そうではない。珍しいと思ってるだけだ。早速、食べようじゃないか」
「いただきまーす」
「いただきます」
さて、まずは焼きそばを――ん?
「…………」
会長はじっとたこ焼きを凝視したまま、動かなかった。
「会長、どうしました?」
「鷲宮君、このたこ焼きというのは、どのように食べるのだ?」
「どうって、普通に食べればいいと思いますよ?」
「しかし、爪楊枝が刺さっているぞ。このままでは食されん」
「これはこうやって食べるんですよ」
たこ焼きに刺さっている爪楊枝を取り、たこ焼きを口に入れ、爪楊枝だけ引き抜く。
「ね?」
「なるほど、そのように食べるのだな」
「箸がよかったら、爪楊枝だけ引き抜くのもアリですよ」
「いや、ここは本来の食べ方で食すのが礼儀だろう。君の教えてくれたやり方で食べる」
本体の食べ方なんてないけど、別にいいか。
「食べる前に1つ聞いておきたいのだが――」
「なんですか?」
「なぜこれはたこ焼きと言うのだ? タコの形をしているわけでも、部位を表しているわけでもないように思う」
「それは食べればわかりますよ」
「そうか。では、いただくとしよう」
俺が教えた食べ方通りに会長はたこ焼きを食す。
「あむ、んむ……んっ、これは――」
「どうですか?」
「中に……中にタコが入っているぞ、鷲宮君! なるほど……だからか。これは美味しい」
「ははは、それはよかったです」
「なにをそんなに笑っているのだ?」
「だって会長、なんだか子供みたいにはしゃぐから、可愛いなって」
「なっ――鷲宮君、あまりそういうことを言うでない。恥ずかしいではないか……」
「すみません、くくく」
「私だって、喜んだり、驚いたりする。あまり笑うでない」
「ふふふ、すみません」
「まったく……次はこれを食べる」
「おっ、焼きそばですね」
「このそばは焦がしているのか? そばにしては、えらく茶色がかっているように見える」
「うーん、そばって名前だけで、そばとは違う麺です」
「では、この麺は一体……」
「いわゆる中華麺ですよ。それにソースを絡めて、野菜と一緒に焼いたものです」
「なるほど、それは美味しそうだ」
「会長、いつもはなにを食べているんですか?」
「普段は山菜料理や魚料理が基本だな」
「お母さんは他に作ってくれないんですか?」
「一人暮らしなのだ」
「そうだったんですか。それなら、この焼きそばなんて手軽に作れますし、一人暮らしにはもってこいじゃないですか」
「ああ、君の話を聞いて、そう思ったよ。今度作ってみるとしよう」
「口に合えばですけど」
「それではいただくとしよう。――んぐ、んぐ……うむ、味もなかなかだ」
「それはよかったです。じゃあ俺も……あむあむ」
「ははは、鷲宮君。口の周りが汚れているぞ?」
「えっ!?」
急いでティッシュで口の周りを拭き取る。
「ははは、君は子供っぽいな」
「たこ焼きで驚いていた会長には言われたくないですよ」
「あれは初めて故、仕方ない」
「会長、言い訳なんてらしくないですよ~」
「言い訳ではない。事実を述べただけだ」
「ぷっ、ふふふ」
「ふふふふ」
「もう1時間か……」
食事をしながら、喋っていたらタイムリミットが近づき、俺と会長は模擬店から退室する。
「すまない、長く過ごせなくて」
「それは言いっこなしですよ」
「そうだな、すまない」
「俺は十分楽しかったです。会長の新しい一面も見れたことですし」
「もう言うでない」
「ははは、すみません」
「では、私は仕事に戻るよ。鷲宮君は残りも楽しんでくれ」
「はい、そうします。会長も頑張ってください」
「ではな」
短い時間だったけど、会長と過ごせて楽しかったな。どうせなら、1日過ごしたかったけど、わがままは言えないし、この後どうしよう。
校舎内を適当に見て回ってみたが、特に興味がそそられるものもなく、結局は御守桜のもとへ戻ってきた。
「また戻ってきちまったな」
1人でいるとこを紗智に捕まって振り回されるのも嫌だし、かといって1人だと楽しめるわけでもないしな。今朝のように根元で仰向けになって寝そべる。今日は晴れてるから、少し暖かい
「ふあ~あ……」
お腹が膨れたのも相まって、眠くなってきたな。会長、仕事してるのかな。頑張りすぎてなきゃいいけど……。
「すう……すう……」
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