筒六ルート17話 大水槽

翌日、商店街へ来ている俺は時計に目をやる。

「うーん……」

現在、13時37分。約束の時間から30分以上過ぎているが、筒六は現れない。

「もしかして、練習試合が長引いてるのか?」

そう考えるのが妥当なんだけど、もしここに来る途中で筒六の身になにかあったのなら――

「せ、誠さーん!」

「筒六!」

少し距離のある場所から筒六が呼びかけてきた。

「はあ、はあ……遅れてしまって、すみません」

「い、いや、そんなに待ってないから大丈夫だぞ?」

「そんなにって……もう40分ぐらい待たせてしまっているのに……」

「平気だって」

「でも――」

「せっかくのデートなんだ。そういう雰囲気、今日はナシにして楽しもうぜ?」

「誠さん……」

「な?」

「……ありがとうございます、誠さん」

「行こうぜ?」

「はい……あの――」

「ん?」

「……ぇ、繋ぎたいです」

「なにを繋ぎたいって?」

「……その、手を――」

「悪い、気がつかなくて……ほい」

走ってきたからか、熱持った筒六の手を握る。

「あ、その……大丈夫ですか?」

「なにが?」

「私、走ってきちゃったから……汗かいてないかなって……」

「大丈夫だ。筒六の手、きれいだぞ」

「それならいいんですけど……」

「筒六」

「はい?」

「遅れてきたことに対して後ろめたい気持ちがあるのかもしれないけど、本当に気にしなくてもいいんだぞ?」

「…………」

「俺に悪いと思っているのなら、逆に普段通りでいてくれよ。そうじゃないと、今日を楽しめないだろ?」

「……そうですね、ごめんなさい」

「謝るなって。いつも通り、筒六らしく俺のこと弄るぐらいでいてくれよ」

「すみません」

「だから――」

「いえ、この謝罪は誠さんがマゾであるのを忘れていたことに対するものです」

「物言いは容赦ねえが、その調子だ」

「……ふふ、ホントにおかしな人」

「かもな」

「……ありがとう、誠さん」

「さ、行こうぜ? 水族館が俺たちを待っているからな!」

「そこはイルカにしてください」

「はは、了解。そういやさ――」

俺たちは水族館へ歩を進めながら、会話を続けた。

「なんですか?」

「試合、長引いちゃったのか?」

「え?」

「遅れてきたから、そうかなって思って」

「あ、いえ……試合は11時頃に終わって、一旦帰宅したので12時ぐらいにはもう自宅にいました」

「そうなのか? じゃあ、準備に手間取ったとか?」

「…………」

「筒六?」

「そ、そんな感じです」

「そっか。試合の後なんだし、疲れもあったのに急がせてしまって悪いな?」

「いえ、平気です」

「試合はどうだった? 上手くやれたか?」

「…………」

「あ、すまん……」

「大丈夫です。ほら、この前から少し調子悪かったでしょ? それがまだ完治してないだけですって。これからッスよ、これから!」

「そうだな。いつもの筒六の頑張りがあれば、すぐに元の――いや、それ以上にやれるはずだ」

「はい。だから、今日はイルカで思いっきりリフレッシュしますよー」

「よーし、善は急げだ! 走るぞ!」

俺は筒六の手を引っ張って、目的地に向け走り出す。

「あ、ちょっと! そんなに走ったら――」


水族館へ無事に着いたはいいが、俺は息切れを起こしていた。

「ぜーはー……ぜーはー……」

「言わんこっちゃないです」

「だ、だってよ……はあ、はあ……」

「体力ないのに、あんなに全力疾走するから――」

「ま、待て!」

深呼吸を数回して、息を整え意見する。

「途中からは俺が筒六に引っ張られてたんだけど」

「あ、どうりで」

「なんだよ、どうりでって?」

「同じ速度で走っているはずの誠さんが隣にいないと思ったら、私が引っ張っている状態だったんですね」

「普通気づくだろ。てか、俺が途中で息切れしてたのわかってたろ」

「誠さんが走るって言うから、ノってあげたのに」

「それはありがたいけど、俺の様子にも気を配ってくれ」

「わかりました。その代わり、誠さんも今度から自分の言葉には責任を持ってくださいね」

「すみません……」

筒六の言葉は至極当然で、素直に謝罪する。自分の言いたいことを言葉だけでなく、体に教えさせるとは……。普段、兄妹たちの面倒を見ているだけあって、教育方法を心得てらっしゃる。

「そういえば、イルカショーの時間は大丈夫か?」

「えーと、開始が15時で今が14時。体験参加者は30分前に説明が行われるので、30分ぐらいは時間があります」

「そっか。ゆっくりは出来ないけど、少し水族館の中を見てまわろうぜ?」

「誠さんはよかったんですか?」

「ん?」

「イルカショーの体験、私に譲っちゃって……」

「俺もどうせなら2人がよかったけど、体験付きって書かれた招待券は1枚だけだったんだ。なら、楽しみにしてる筒六に譲って当然だろ?」

「でも……」

「それに男の俺がいい年して、イルカショーの体験ってちょっと恥ずかしいしな」

「…………」

「気にせず楽しんでくれたほうが、俺としては嬉しいぞ?」

「……わかりました。ありがとうございます、誠さん」

「そうと決まれば、時間まで色々見ておこうぜ?」

「はい。誠さん、あそこの巨大水槽を見てみましょう」

「おう、いいぞ」

水族館の中で多分1番人が集まっているであろう巨大水槽の前に俺たちも加わる。

「綺麗ですね」

「ああ」

「魚たちも気持ちよさそうに泳いでるように見えます」

「筒六はこういう水槽好きなのか?」

「はい。すごく神秘的です」

「具体的には?」

「上からの光が水槽の水に反射して、まるで光のカーテンのように見えるところです。館内の照明を暗めにしてるから、余計に目立つんだと思います。上手い演出ですよね」

「へえ~……」

「な、なんですか?」

「筒六の口から光のカーテンなんて言葉が出てきたのが意外だったからさ」

「変……ですか?」

「全然。筒六にもそういう一面があるんだなって知れて、嬉しく思ってるんだ」

「そういう一面ってなんですか?」

「ロマンチスト的な?」

「失礼ですね。私だって……女の子なんですよ? ロマンチックな夢ぐらい見ます」

「ほうほう、それは興味深いな」

「興味深いって、なにがです?」

「筒六の言うロマンチックな夢だよ」

「え?」

「よかったら、教えてくれよ」

「嫌です、教えません」

「えー、なんでだよ」

「誠さんのことです。言ったら笑うに決まってます」

「そんなことしねえよ」

「どちらにしても、恥ずかしいから嫌です」

「恥ずかしがることなんてねえのに――」

「あ、ほら! 見てください! ダイバーの人が手を振ってますよ」

水槽の中で優雅に泳ぎながら、観客に手を振るダイバー。そこにいた数人が手を振り返している。筒六もその1人だ。そんなに恥ずかしいことでもないと思うんだけどな。筒六が言いたくないなら、追求するのも悪いし、これ以上はつつかないでおこう。

「そうだ、筒六」

「どうしました?」

「この水槽の中で泳いでる生き物で1番好きなのはいるか?」

「イルカは好きですが?」

「そうじゃねえよ」

「冗談です。そうですね……この中だとエイ、かな」

「水族館では人気だもんな」

「あの平らな胸びれと長い尾が美しいです。海のダンサーって言われてるの知ってますか?」

「ああ、なにかで見たことある」

「私が思うにあのひらひらしたものがそう見させるんでしょうね」

「ダンサーって、そういう布を持って踊ったりするからな。筒六の言う通りだと思う」

筒六の言葉に賛同はしているが、俺は自分の目に極力、話題の生き物を映さないよう背ける。

「どうしたんですか?」

「え、なにが?」

「なんだか、目が泳いでますよ?」

「そうか? 気のせいだと思うぞ?」

「もしかして、エイが苦手なんですか?」

「……すまん」

「なんで謝るんですか?」

「筒六が好きって言ってるのに、悪いと思って」

「そんなこと気にしなくてもいいのに。好みは人それぞれなんですから。ちなみになぜ苦手なんですか?」

「泳いでるのを見るのはとくになんとも思わないんだけど、お腹っていうのかな? エイの裏側がどうしても気持ち悪くてな」

「真っ白いだけでなにもないと思いますけど」

「顔みたいなとこがさ、どうしても無理なんだ」

「あー、あれですか。気持ち悪いですか?」

「うん……」

「珍しいですね。私の周りでは可愛いという声しか聞いたことないです」

「俺も同じだ。だが、なぜあれが可愛いと思えるのか、俺には理解できない」

「なんでそこまで嫌っているんですか?」

「人面っぽいからかな」

「確かにそう見えますね。それがいいって言われてるんですけど」

「エイに限らずだけど、人面っぽいのは苦手なんだよ。それに見たことあるか?」

「なにをですか?」

「エイの干物」

「見たことないっていうか、干物があるなんて知りませんでした」

「そうか。知らぬが仏だ。この話は忘れるといい」

「はあ……」

好きなエイがエイリアン化した姿なんて見たらショックを受けるだろうからな。

「では、誠さんはこの中だと好きなのは?」

「俺かあ……ウミガメかな」

「なんでこんなにも納得出来るんだろう」

「え? 可愛くないか?」

「可愛いと思います。誠さんにぴったりだとも思います」

「そ、そうか? 照れるなあ」

「あのゆったりまったり泳いでるところがいいんですか?」

「お、よくわかったな?」

「なんとなくそうかなって思っただけです。ウミガメといえば、有名なのは産卵ですよね」

「涙を流すやつだろ?」

「本当は泣いているわけではなく、溜まった塩分を涙として排出して、体内の塩分濃度を調節しているらしいです」

「え、マジ!?」

「え……そんなに驚くことですか?」

「俺はてっきり頑張って産卵してるからだとばかり……」

「妙なところで純粋ですね」

「なんだか一気に夢が崩れた気分だ」

「えーと、ここは謝るところ?」

「お客様、少しよろしいでしょうか?」

「ん?」

俺たちのもとへ水族館の職員であろう男性が声をかけてきた。

「なんですか?」

「お楽しみのところ申し訳ございません。現在、当館へ足をお運びいただいたお客様にサービスとして、記念撮影を行っております。よろしければ、お二人で1枚どうですか?」

「筒六?」

「せっかくですし、撮りましょうよ」

「そうだな。――お願いしてもいいですか?」

「ありがとうございます。では、そちらへ」

職員が指定する場所へ移動し、俺と筒六は横に並ぶ。

「それでは、お二人とも準備はよろしいでしょうか?」

「……えい」

筒六は俺に体を預ける状態でピトッとくっついてきた。

「お願いします」

「はい、チーズ」

恒例の合図とともにシャッターが切られる。

「はい、オッケーです。それではお写真のほうを現像いたしますので、この番号札をなくさないようお気をつけください。お帰りの際、受付にお渡しいただければ、お写真のほうと交換させていただきます」

「ありがとうございます」

「それでは、引き続き当館をお楽しみくださいませ」

職員は一礼し、他の客のほうへサービスの案内をしに行った。

「突然だから、少し驚いちゃいました」

「でも、俺たちカメラとか持ってなかったから、よかったよ」

「はい。誠さんと初めてのツーショット写真ですね」

「そ、そうだな」

「えへへ……」

そんなこと言われたら、照れてしまうじゃないか。

「あ、筒六」

「なんですか?」

「そろそろ時間だぞ」

館内の時計はもうじき14時30分を示そうとしていた。

「もうこんな時間。では、私は中央ロビーに行ってきますね」

「おう、行ってらっしゃい。俺は観客席で見てるから、楽しんでこいよ」

「はい、ではまた後で」

筒六は指定の時間に間に合うように小走りで去っていった。

「俺はもう少し時間あるな」

ウミガメでも眺めながら、時間潰すか……って、エイは視界に入ってこんでいい!

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