筒六ルート13話 遠く待ち焦がれる日
「ふああ……」
翌日、紗智と三原と一緒に登校しながら、俺はあくびの連続だった。
「眠そうですね?」
「んー、まあな……」
昨日、寝ようとしたがどうも筒六のことばかり考えて、なかなか寝付けなかった。浮かれてるのかな、俺。
「考え事ですか?」
「……筒六ちゃんのこと?」
「な、なぜ筒六が出てくる……!?」
「あ……」
「ほらね……」
「なんだ? なんで2人とも、なにかを察したような雰囲気なんだ?」
「気づいてないのですか?」
「なにがだよ?」
「誠ちゃん、筒六ちゃんのこと、『仲野』って呼んでたじゃん」
「あ……」
そうだった。名前で呼び出したのは、付き合ってからだったのをすっかり忘れていた。
「こんなことを聞くのは野暮かもしれませんが――」
「言いたいことはわかってるから、先に答えておく」
「…………」
紗智と三原は固唾を呑んで、俺の言葉を待つ。
「実は昨日から、筒六と恋人になってな」
「そうだったの」
「まあ……」
予想していたよりも、2人の反応は淡白だった。
「別に隠すつもりはなかったんだぜ?」
「責めているわけではありません。興味本位で聞いてしまい、すみませんでした」
「いや……」
「なんとなくそーかなって、思ってたよ」
「なんでだ?」
「昨日の夜、誠ちゃんの家から筒六ちゃんが出てくるの見えたからさ」
「見てたのか?」
「ずっと見てたわけじゃないよ? なんとなく誠ちゃんの家を見たときに、ちょうど筒六ちゃんが出てくるのが見えただけ」
「そうか」
「でえ、誠ちゃん? 初めて出来た彼女のことを考えてて、寝れなかったってわけだ?」
紗智は不敵な笑みを浮かべながら、手で口を押さえて、聞いてくる。
「な……!?」
「ほっほっほ、誠ちゃんもお年頃よのお」
「お前な……」
「でも、筒六ちゃんは大丈夫かな?」
「どうかしたのですか?」
「いやあ、誠ちゃんが相手だから、色々と苦労してないかヒヤヒヤするよ」
「おい」
「ふふふ、紗智さんってば、なんだか保護者みたいです」
「うーん、半分そんなもんだし」
「冗談じゃねえ。お前が勝手に保護者面してるだけだろがい」
「あはは、そうだね」
「……?」
あれ? いつもならこんなこと言うと反撃してくるはずなんだけどな。
「誠ちゃんにはもう筒六ちゃんがいるんだし、あたしの出る幕は終わったかな」
「紗智さん……」
「でも、誠ちゃん? おじさんとおばさんに約束してるから、2人が帰ってくるまではお世話させてもらうからね?」
「あ、ああ」
「あ、そうだ。筒六ちゃんに誠ちゃんのこと、色々教えといてあげなきゃ」
「それはせんでいい」
俺を弄ぶための材料になりかねん。
「ダメだよ。筒六ちゃんに誠ちゃんのことで苦労かけちゃったら、あたしが筒六ちゃんに申し訳ないよ」
「もう好きにしろ……」
「おっけー。というわけで、早く学園に行こ! 麻衣ちゃん!」
「え、あの、ちょっと、えええ!?」
「お、おい!」
紗智は三原の手を取って、走り去っていった。あの調子だと教室に着いた頃には、三原は沈没してるであろう……南無三。
「はーい、誠ちゃん!」
昼休みになった途端、紗智は後ろから大きな声で俺を呼ぶ。その声に応えるように振り返ると――
「うおっと!」
突然、投げられた弁当箱をすんでのところでキャッチする。
「筒六ちゃんのところに行くんでしょ? なら、持っていって」
「おう、さんきゅ」
渡し方はどうかと思うが、まあよしとしよう。
「ごゆっくりどうぞ」
紗智と三原に見送られながら、俺は教室から出て行った。
すぐに中庭へ――っといきたいところだが、その前に寄るところがある。ちょっと待っててくれよ、筒六。
「おーい、鈴下」
屋上へ行くと予想通り、鈴下はいた。
「なに?」
「ここにいると思ったぜ」
「なにか用?」
「お礼言おうと思ってな」
「なんのお礼よ?」
「鈴下のおかげで、筒六と仲直り出来たからな」
「仲直り以上にまで発展してるんでしょ?」
「知ってるのか?」
「今朝、筒六に聞いたわ」
「そうか。なんにせよ、鈴下の助力がなかったら、こうならなかったかもしれない。だから、そのお礼だ」
「そ、別にそこまでされるほどのことでもないけどね。というか、そんなこと言うためにわざわざここまで来たの?」
「そうだけど?」
「あんたねえ、そんなことする暇あるんなら、さっさと筒六のとこに行ってあげなさいよ」
「でも――」
「下、見てみなさい」
「下?」
屋上の金網越しに中庭を覗く。筒六はいつもの場所で弁当をつついていた。
「あんたのこと、待ってるんじゃないの?」
「そうだな……」
「なら、こんなところで油売ってないで、早く行きなさいよ」
「ああ、ありがとう鈴下」
「そんなのいいから」
俺は鈴下の厚意を無駄にしないために、筒六の待つ中庭へと急いだ。
「筒六、待たせてすまん」
俺は小走りで筒六に駆け寄る。
「誠さん? 待ち合わせしてましたっけ?」
「いやしてないけど、会えるときには会いたいからさ」
「そうですか」
「筒六はそうじゃないのか?」
「いえ、私も同じです。誠さんが来ることを期待してました」
「それを聞いて安心したよ」
「で、誠さん。昼休みが始まって、もう15分は経ちますが、それまでなにを?」
「えーっとだな……」
「手にお弁当箱を持っていることから察するに、食事をしていたからというわけではないですよね? ……まさかとは思いますが、他の女の子と会っていたんですか?」
「うっ……」
相変わらず、なんて勘の鋭さなんだ。下手に嘘ついて誤解されるのも嫌だし、正直に言っておこう。
「実は鈴下に会っていたんだ」
「鈴ちゃん?」
「ああ」
「付き合い始めて、まだ24時間も経ってないのに、もう二股ですか?」
「違う違う! そういう誤解をされたくないから、正直に言ったのに」
「では、なにか用事でも?」
「昨日のお礼を言っておこうと思ってさ」
「お礼?」
「昼休みに筒六のことで勇気づけてくれたから、そのお礼」
「そういうことでしたか」
「ま、逆に追い返されたんだけどな」
「スケベな目で見てたからですか?」
「ちげーよ! てか、その絡みはまだ続くのか!?」
「はい。そっちのほうが楽しいですから」
「勘弁してくれ……」
「コホン……話を戻しまして、追い返された本当の理由はなんですか?」
「え、ああ……自分のところに来る暇があるなら、筒六のところに行ってやれって」
「鈴ちゃんがそんなことを……」
「2人とも、本当に仲が良いんだな」
「はい、1番の親友ですから」
「とまあ、そんなわけで、ここに来るのが遅くなった」
「わかりました。見逃しましょう」
「理解してくれたようでよかったよ。隣いいか? 腹ペコな上に階段の上り下りのせいで疲れちまった」
「どうぞ。私から1cm以内の間隔でなら、いいですよ?」
「なら、くっつけば問題ねえな」
筒六に多少当たるぐらいの位置に腰を下ろす。
「大胆ですね」
「筒六の指定通りなんだが?」
「まさか本当にするとは思いませんでした。てっきり、恥ずかしがるかと」
「筒六が望むのなら、これぐらいへっちゃらさ」
「私たちの周りからの視線を感じても、それが言えますか?」
「う……」
周囲を見渡すと、俺と筒六のほうを横目で伺う者ばかりだった。そりゃそうか。仮にも校内で男女が密着して座って喋っていれば、気にしないほうが無理ってもんだ。
「つ、筒六が望むならこれぐらいへっちゃらさ、あ、あはは……」
「そうですか」
「で、でもよ? 筒六は気にならないか? もしそうなら――」
「いえ、気になりません」
「し、しかしだね――」
「むしろ、誠さんとの仲を見せつけているようで心地よいです」
「さいですか……」
周囲の目が気にならないくらい、俺のことが好きってことなんだろうけど……いや、ここは俺も筒六に見習って開き直ろう。
「筒六はいつもここで食べるよな?」
「はい、そうですけど?」
「部活の集まりはないのか?」
「というと?」
「体育系の部活って、団結力を高めるために食事も一緒! とかってあるじゃん」
「そういうのはしてないようです」
「そうなんだ」
「先輩方の中には部室に集まって、ランチしている人もいるみたいですけど」
「案外、ここの水泳部って緩いんだな?」
「自由な部分が多いためか、練習は全員、自主性を持って真面目に取り組んでいますよ」
「あ、練習で思い出したけど、この前の大丈夫だったか?」
「この前の?」
「部活、休んでたろ? それについて、なにか言われなかったかなって」
「無断欠席していたわけじゃありませんから、心配はされましたが大丈夫ですよ」
「そうか」
「それに自分で言うのもなんですが、普段の行いがいいので責められることはないと思います」
「そういうことは主観が入ったら、価値を失うんだぞ?」
「状況が客観性を物語っています」
「うーむ……」
「ぐうの音も出ない状態をリアルで見たのは初めてです」
「これからしょっちゅう見ることになるかもしれんぞ?」
「なぜです?」
「筒六に口で勝てる気がせんからだ」
「なるほど。それはいいことを聞きました」
「いいこと?」
「だって、もし誠さんが浮気しても、すぐに見抜けるってことじゃないですか」
「そうかもしれないが、そんなことするわけないだろ」
「バレるのが怖いからですか?」
「筒六のことが好きだからに決まってるだろ」
筒六は表情を変えずに、頬をポッと染める。
「……不覚です」
「ん?」
「誠さんはたまに隙を突いてくるから侮れません」
「なんのことだ?」
「いえ……。では、私のことが好きという証明をください」
「え、今か?」
「はい、今です」
「今って……」
こんな周囲の目がある中でそんな証明しろって言われても……。キスなんて出来るわけねえし、手を繋ぐのも少し気が引けるし……。
「…………」
うー、筒六め……じっと見つめてきやがる。なにかないか……なにか……。
「あ、そうだ」
「思いつきましたか?」
「デート行こう、デート」
「デート?」
「おう、そうだ。これも立派な証明になるはずだろ?」
「はい」
「よし、てなわけで明日は休日だ。どっか出かけようぜ?」
「…………」
「なんだ、ダメなのか?」
「気持ちはあるんですけど、実は来週に他校との練習試合を控えてまして、それで今週の休日は1日中練習なんです」
「そうなのか」
筒六と出かけられると思ったけど、残念だな。
「そこで誠さんの予定が空いているのであれば、来週の休日にしませんか?」
「その日は練習試合じゃないのか?」
「午前中で終わるので、その後からでよければなんですが……」
「うーん、そうだなあ……」
これから学園行事もないし、部活が丸一日休みになる日もないだろうから、時間は短いかもしれないけどそういうときでしかデート出来ないよな。
「うん、俺は構わないぞ」
「では、決まりですね。どこに行きましょうか?」
「それは今度にしようぜ? 今日はもう時間ないし」
俺が時計に視線をやると、筒六も合わせて視線を向ける。
「そうですね。なんなら、当日に決めてもいいですし」
「それじゃ行き当たりばったりにならないか?」
「私は誠さんと一緒なら、どこでも構いませんから」
「そ、そうか。まあ、それは俺も一緒だけど」
「決めるにしても、まだ時間はあります。場所を探すのであれば、気長にいきましょう」
「そうだな」
「じゃあ、私は教室に戻ります。放課後はもう会えないと思いますので、また週明けに」
「ああ、部活頑張れよ?」
「はい」
そっか、改めて思ったけど部活があるから放課後はほぼ会えないし、休日も頻繁には無理だよな。となると、この昼休みぐらいしか気軽に会える時間はないってことだ。次に会えるのは休日明けのこの時間帯か。そんなに会えないのを想像するだけで、少し胸が痛むな。これが寂しいってことなのか……。こうなれば、この気持ちを来週のデートでぶつけるしかあるまいよ。
「くああ……」
俺は自室の布団で、背伸びをしつつ、あくびをする。デートか……。
「次にゆっくりふたりっきりで会えるのは、来週の休日なんだよな」
さすがに長いな……。いやいや! 筒六だって俺と同じ気持ちのはずだ! それなのに部活を一生懸命頑張っているんだ。なにもやってない俺が我慢しないでどうする。辛いのはお互い様だ。ここはぐっと堪えなきゃ、恋人として男として!
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