筒六ルート12話 もう私だけの心だから
数分間抱き合ったあと満足したのか、筒六は俺から離れて制服を着る。露わになっていた肌が隠されていくのが、少し名残惜しい。
「んしょ……」
「もう服、着ちゃったのか?」
「この季節に裸でいるのは寒いですから」
「それもそうだ」
俺も筒六に習い、いそいそと服を着る。
「誠さん」
「ん? どうした?」
「……もう1回、してください」
そう言って顔を近づける筒六から、なにをしてほしいかは一目瞭然だった。だから、それに応えようと俺も顔を近づけようとしたとき――
「あ……」
「…………」
静かな部屋で盛大に鳴り響く腹の虫。
「た、たはは……」
「誠さん?」
「なんでしょうか?」
「笑って誤魔化さないでください?」
筒六の目は……笑ってなかった。
「申し訳ございません……」
「わざとじゃないのはわかりますから追求はしませんけど、せめて謝るぐらいはしてください」
「はい、仰るとおりです……」
「お腹、空いたんですか?」
「うん」
「……冷蔵庫の中、見せてもらってもいいですか?」
「え……いいけど?」
「では――」
服を着終えて、俺たちは台所にある冷蔵庫まで移動し、筒六は扉を開け、中を確認する。
「うーん……なんとかイケるかな?」
「どうしたんだ?」
「台所、借りてもいいですか?」
「何する気だ?」
「あり合わせの品でよければ、夕食作ります」
「え、いいよ」
「嫌ですか?」
筒六の手料理が嫌なわけがない。それに今日は紗智も来ないし、万々歳だが――
「嫌というか、むしろ嬉しいくらいだけど、悪いし……」
「そんなこと言ってたら、この先もずっと誠さんのために料理が出来ないじゃないですか」
「そうだけど、家のことは大丈夫なのか? 兄妹の面倒見なくちゃって言ってただろ?」
「今日は家に母がいるので、多少は遅くなっても構いません」
「そうか。じゃあ、お願いしようかな」
「はい、お任せ下さい。誠さんは適当にくつろいでいてください」
「ああ、そうさせてもらう。楽しみにしてるな」
「はい」
筒六は冷蔵庫の中にある食材の残り物で調理を開始する。家でも料理はしてるって言ってたから、味は保証できるんだろうけど、残り物だけで大丈夫だろうか……。リビングから筒六が料理をしている姿をボーッと眺めていると、筒六がひと皿を両手で抱えながら近づいてきた。
「出来ました」
開始から数十分、意外と早かったな。
「パスタ?」
「麺があったので、残り物を具にしました」
「なるほど」
「どうぞ、召し上がってください」
「あれ? 筒六の分は?」
「私はまだお腹空いてませんし、家で母が作ってるので」
「なんだか悪いな」
「気にしないでください。ほら、早く食べないと冷めちゃいますよ?」
「おっと、そうだった。いただきまーす」
フォークを突き刺し、クルクル回転させて麺を絡ませ、口に運ぶ。
「どうですか?」
「うん、美味いぞ」
「よかったです」
「よくあんな残り物から、こんなのが作れたな?」
「家でよくやってることなので」
「そうなのか?」
「はい。兄妹たちが間食を欲しがるときにそう毎度毎度、食材が充実してるわけじゃないので。そうしてる内に自然と身に付いちゃいました」
「筒六はしっかりしたお姉さんなんだな」
「……もっと褒めてくれてもいいんですよ?」
「よしよし、筒六は偉いぞ」
筒六を労いながら、故意に突き出された頭を撫でる。
「えへへ……ありがとうございます、誠さん」
普段は1番年上だから、甘えられることはあっても、甘えることは出来ないんだろうな。俺のほうが筒六よりも年上なんだから、せめて俺の前では甘えさせてやろう。
「誠さん?」
「なんだ?」
「今日は本当にありがとうございました」
「なんだ、薮から棒に?」
「誠さんが私のことを諦めてくれなかったから、私は自分を取り戻すことが出来ました」
「…………」
「私、ダメですね。なんでもないって言っておきながら、そんな態度は見せてなかったんですから」
「でも、そのおかげでもあるんだぜ?」
「どういうことですか?」
「悩んでいるのに、態度にまで出されなかったら、俺は筒六が悩んでいることにすら気付けなかったかもしれない」
「…………」
「もしそうだったら、こうして筒六と一緒にいるどころか、筒六の名前を呼ぶことすら出来なかったんだ」
「…………」
「そう考えたら、筒六をどう説得しようと考えたことや、筒六がどこにいるのか探したことは微塵も辛くないぞ」
「ごめんなさい、誠さん……」
「どうして謝る?」
「今日、誠さんが私を探していたの知ってました」
「なぜ?」
「昼休み、屋上に来ましたよね?」
「ああ、鈴下に会ったぞ」
「あのとき、実は私も屋上にいました」
「…………」
「誠さんがいきなり屋上に来たから、慌てて隠れちゃって……」
「なんで隠れたんだ?」
「その……あのときは会う勇気がなかったんです」
「…………」
「誠さんと話をしようという決心はついてましたが、あのときはまだ勇気がなかったんです。それで咄嗟に隠れてしまって、鈴ちゃんに取り繕ってもらいました」
いや、めちゃくちゃ怪しかったけど。
「あれ、取り繕えてたか?」
「鈴ちゃんは……正直者なんですよ」
なんだか間があったような。
「完全に今、言葉選んだろ?」
「いえ、そんなことは……」
「まあいいけどさ」
「誠さんが屋上から去った後、鈴ちゃんの後押しもあって、放課後はちゃんと会おうって思いました」
「それで校門で待ってたんだな?」
「はい」
「なら、謝る必要なんてねえじゃん」
「え?」
「確かに筒六を探すために、俺は昼休みも心当たりのある場所に出向いたけど、最終的には筒六に会えた。しかも、筒六から会おうと思ってだ。それでいいじゃねえか」
「しかし――」
「俺がいいって言ってんだから、それでよしとしとけって。それともなにか? 自分がダメだと思っているところを責められたいマゾなのか?」
「誠さんと一緒にしないでください」
「そうそう、筒六はその調子でいてくれたほうが気が楽だ」
「やはり、マゾですね」
「かもな」
「ふ、ふふふ……」
「ははは」
「誠さん?」
「ん?」
「ありがとうございます」
「ああ」
俺は再び、筒六の頭を撫でる。俺のと違って、サラサラで柔らかな髪の毛がなんとも良い手触りだ。その感触を充分堪能した俺は、筒六の手料理を食べ終え、筒六を送るために一緒に自宅を出る。
「本当に送ってもらってもいいんですか?」
「外も暗くなってるし、1人で帰すわけにはいかないよ」
「ありがとうございます。お願いします」
「行くか」
俺の言葉を聞いた筒六は前触れなく、自分の手を俺のほうへ差し出してくる。
「……どうぞ」
「なんだ、その手は?」
「誠さん、さすがにこれはわかってくれないと困ります」
「?」
「……今回だけですからね」
筒六は俺の手を取り、差し出していた自分の手の上に乗せる。
「あ、そういうことか」
「本当にわからなかったんですか?」
「……すみません」
「マイナス10点です」
「え、なにその点数?!」
「これで誠さんの持ち点は残り90点です」
「それは0になると、どうなるんだ?」
「きついお仕置きが待っています」
「筒六が相手だと楽観視できないな……。俺、女の子と付き合いのなんて初めてなんだから、お手柔らかに頼むよ」
「そうですねえ……」
「ほら、裏を返せば筒六色に染められるってことだぞ?」
「私色に……」
「そうそう。なにも知らない俺を筒六が独占出来るってことだ」
「誠さんを……独占……」
「だから、初回のミスは見逃してくれよ?」
なんだ、俺はけっこうテキトーにごまかしているだけなんだが、妙に考え込んでいるぞ。
「……わかりました」
「ほっ、ありがとう」
「では、持ち点を100点に戻します」
「これで一安心だ」
「そこから、加点して持ち点を200点にします」
「なんの加点だ?」
「今日の行動による加点です」
「なにかしたっけ?」
「はい、今日は嬉しいことだらけでしたので点数多めです」
「今後の参考にしたいから、内訳を教えてくれよ?」
「それはノーです」
「えー、なんでだよ?」
「誠さんが自分で気づいてしてくれる分には嬉しいですが、私が教えてしまっては、誠さんの行動がわざとらしく見えてしまいます」
「でも、これは教えてくれたじゃん?」
繋がれた手を振って、その意思を示す。
「これはこれ、それはそれです」
「わからんぞ」
「それが女心です」
「うーむ……」
「安心してください、誠さん」
「ん?」
「私がこれから手とり足とり、教えてあげますから」
「筒六先生のご指導、快く賜ります」
「はい、誠さんを私色に染めてあげちゃいます」
なにやら楽しげにそのワードを言ってるみたいだが、気に入ったのか? ずっと外で立ち話していたせいか、少し肌寒くなってきた。
「うう、さむっ……」
「夜は一層、冷え込みますね」
「ここでずっと立ち話して風邪引いても洒落にならんし、そろそろ行こうぜ?」
気づけば、俺たちは未だに自宅の玄関先から動いていなかった。
「そうですね」
手を繋いだまま、俺たちは歩き出す。
「本当、寒いな」
「ちょっと前までは過ごしやすい環境でしたけど、寒くなったのは一瞬でしたね?」
「そうだな。夏でも冬でも訪れは急だよな」
「でも、今は温かいです」
繋がった筒六の手がちょっとだけ強く握られる。
「ああ、俺もだ」
「ふふふ……」
こういう時間を”幸せの時”って言うんだろうな。体験して初めてわかる。煌びやかなレストランで豪華なディナーを食べながら、綺麗な夜景を見なくたって、ほんのささやかなことでも幸せっていうのは感じられる。こうやって、2人で手を繋ぎながら、夜道を歩いているだけでも、なんだかすごくいい気分になれる。味わったことのないこの気持ちをまさしく幸せと呼ぶのだろう。ずっと筒六と、こういう時を感じていたいな。
「この辺りでけっこうです」
商店街に到着すると、筒六は繋いでいた手を離し、俺より一歩前へ出る。
「家まで送るぞ?」
「もう近いですし、誠さんの姿を見られたら、言い訳できませんから」
「言い訳?」
「さすがにこの時間まで家に帰らないのは、部活という理由ぐらいでしか許されませんので」
「あ、そっか。悪いな、遅くまで付き合わせて」
「いえ、私も一緒にいたかったので」
「じゃあ、気をつけてな?」
「その前に……もう1回してください」
「なにをだ?」
「んっ……」
筒六は目をつぶり、唇を突き出してくる。いちいち言わせるなということか。俺も言葉は語らず、筒六の思いに応える。
「ちゅっ……んふふ……」
「なにかおかしかったか?」
「いえ、嬉しかっただけです」
「そうか」
「それでは、また明日」
「ああ、おやすみ」
「おやすみなさい」
筒六は手を一度だけ振り、電灯の明かりに照らされながら、去っていった。
「俺も帰るか」
筒六の姿が見えなくなってから、俺も帰路に着く。
「よっこらせっと」
俺は自室の布団に横たわりながら、今日の出来事を振り返る。
まさか俺が筒六と恋人になるなんてな。今更ながら夢みたいだ。最初は少し変な奴とか思ってたけど、けっこう可愛いところあるんだよな。そんなことを考えていると、筒六の唇の感触が鮮明に蘇ってくる。
「柔らかくて、温かかったなあ……」
い、いかん……そんなこと考えてたら、元気になってきた。
「よし、処理して寝るか――あれ?」
いつもの場所にオカズがない……あ……。
「筒六、いつの間に――てか、本当に処分したのか……」
なんと殺生な……健全な男子には辛いでは済まされない。うーむ、処理したかったら筒六と直接するか、筒六をオカズにするしかないってことか……。筒六は束縛するタイプなのか? 俺も筒六が好きだから、裏切るマネはしないけど、これは別ですぜ、姉さん……。
「なんかやる気なくなってきたな」
アホなこと考えないで寝よう。
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