鈴ルート25話 向き合う心
「…………」
鈴は緊張した面持ちで椅子に腰掛けていた。
「そろそろ時間だが、大丈夫か?」
「……うん、大丈夫」
今朝、鈴のことで鈴太郎さんに電話を掛けた。鈴太郎さんは鈴の無事に喜び、話がしたいという鈴のことを告げるといつもより声が明るくなっていた。昼頃に俺の家へ来てくれるそうだから、鈴ほどでないにしろ俺も少し緊張している。
「ちゃんと”アレ”の用意も出来てるか?」
「うん、でも――」
「大丈夫だ、俺を信じろ」
「うん。あの、そういえば――」
「!?」
家のチャイムが鳴る。多分、鈴太郎さんだ。
「…………」
「準備はいいか?」
「……うん、大丈夫」
「俺が迎えに行ってくる」
「お願い……」
今まさに玄関先で待っているであろう鈴太郎さんのもとへ歩いていく。
「やあ、鷲宮君」
玄関の扉を開けると、そこには少し笑顔の鈴太郎さんが立っていた。
「こんにちは、鈴太郎さん」
「遅くなってすまないね」
「いえ、わざわざ来てもらってありがとうございます」
「鈴は……中にいるのかな?」
「はい。鈴太郎さんを待っています」
「では、お邪魔させてもらうよ」
鈴太郎さんは俺の後ろにつき、リビングへ向かった。
「鈴……」
「…………」
鈴は鈴太郎さんの呼びかけに拒否の意こそ示さなかったが、対応の仕方がわからない様子でチラチラと目配せするだけだった。
「ほら、鈴……」
「うん……」
俺は鈴の近くへ行き、肩に手を置きながら挨拶するよう促す。
「こんにちは……」
「こんにちは、鈴。話があると聞いたが、なにかな?」
「…………」
鈴は俯いている。心は決まっているんだ。でも、いざそれを口に出すとなると胸の中がモヤモヤして、喉奥に重い蓋でもあるかのように言葉が出てこないんだ。
「…………」
そんな鈴を焦らせることなく、鈴太郎さんはただ黙って鈴を見つめている。
「あ、あの……」
「うん……?」
「……!」
鈴は意を決して、鈴太郎さんを見つめる。
「ごめんなさい!」
「……!?」
「わたし、今まで迷惑ばかりかけてきて……ずっとわがまま言って、きつく当たって、本当にごめんなさい」
「鈴……」
「自分ではなにも出来ないのに、自分が出来ないのをあなたのせいにして……本当にごめんなさい」
「…………」
「許してもらえないかもしれないけど……でも、ごめんなさい」
「……謝るのは私のほうだ」
「え……」
「私は君のためを思えばと手を尽くした。しかし、逆にそれは君を追い詰めてしまっていた。私は結局、自分のことを優先していただけなんだ」
「…………」
「母さんが亡くなって、あの人が残してくれた君だけは大事にしなければと決意したのに、本当に情けないよ。君の気持ち一つ気づいてやることが出来なかったんだから」
「それは……わたしがわがままだったから」
「君は決してわがままなんかじゃないよ」
「え……」
「君がわがままであれば、とうの昔に私は君の気持ちに気づいてあげられたんだから」
「…………」
「君は本当に優しく、思いやりのある子だ。だから、私が連れてきた女性のことも我慢したのだろう?」
「…………」
「だから、今まで言えなかったのだろう?」
「…………」
「今回のことはその気持ちに気付けなかった私に落ち度があるんだ。だから、君はなにも悪くないよ」
「…………」
「今までずっと我慢させてきたね」
「うう……」
「今までずっと辛かっただろう」
「ううう……」
「償いではないが、私は決めたんだ」
「なにを……?」
「昨日、鷲宮君に言おうとしていたことはだね――」
そういえば、昨日は鈴のことがあって、鈴太郎さんとの話を中断していたのを思い出した。
「あの女性との結婚を辞めようと思う、と言いたかったんだ」
「え……?」
「な……?」
「最後まで言えずに、君に結婚とだけ伝わってしまったから、誤解が解けてよかったよ」
「え、じゃあその女性とは?」
「もちろん関係がなかったわけではない。婚約を考えていたのも事実だ」
「…………」
「しかし、私が1番に愛しているのは娘の鈴だ。その鈴が嫌と知れば、自ずと答えは出される」
「じゃあ、本当に?」
俺は思わず聞き返してしまう。
「ああ、結婚はしない」
「いいの?」
「もちろんだ」
「わたしのわがままなのに……」
「鈴……子供のわがままを聞くのも親の役目なんだよ」
「…………」
「君の思いに応えられるのなら、これ以上の幸せはない」
「ありがと……」
「そうだ。君に渡さなければならないものがあるんだ」
「わたしに?」
「これだ」
「こ、これ!?」
鈴太郎さんは昨日、俺が渡した鈴のネックレスを取り出した。
「どこにあったの?」
「実は昨日、鷲宮君に渡されてね。こんなにすぐ渡せる日が来るとは思わなかったよ」
「あ……ああ……」
鈴は頭を整理できていないのか、受け取る手が震えていた。
「鈴」
俺はここがベストのタイミングだと思い、鈴に”あること”を促す。
「え……なに?」
「”アレ”、渡したほうがいいんじゃないか?」
「ええ……!? でも、あれは――」
「?」
俺と鈴の会話に鈴太郎さんは首をかしげる。
「大丈夫だって、ほら」
「う、うん……。あの……」
鈴はクリアファイルを足元にあったカバンから取り出す。
「ん?」
「これ……よかったら……」
「こ、これは……!?」
鈴がクリアファイルから取り出した1枚の紙。そこには鈴太郎さんの似顔絵が描かれている。
「これは……鈴が描いたのか?」
「うん」
「……っ、く……」
鈴太郎さんは咄嗟に手で目を押さえる。
「ど、どうしたの!?」
「っ、すまない……。許してくれ」
「…………」
「私が知らない間に、こんなにも成長していたなんて……」
鈴太郎さんが今まで大切にしていた似顔絵からすれば、まるで別人が描いたようだから、驚くのも無理はない。それと同時に、そこまで成長していた鈴を嬉しく思ったのだろう。
「…………」
「私は嬉しいよ、鈴」
「わたしも――」
「ん?」
「ありがとう……!」
「鈴……!」
鈴は鈴太郎さんの胸に飛び込み、抱きついた。
「う、ううう……ごめん! ごめんなさい、お父さん!」
「謝ることないって言っただろう」
「うん、うん……。でも、今まで苦労かけてごめんなさい……」
「鈴……」
「ずっと、ずっと寂しかった。お父さんがわたしから離れていっちゃうって考えたら怖くって……だから、だから……!」
「大丈夫だ、鈴。お父さんはどこにも行かないよ」
「ごめん……ごめんなさい、お父さん。く、う……うううう……!」
「り、鈴……くっう……」
「うわあああん!」
鈴と鈴太郎さんは俺がいるのを忘れ、泣き崩れた。やっと2人の心が繋がったんだ。俺はそのまま数十分間、見守り続けた。
その日は3人で食事をした。鈴と鈴太郎さんは多分、全てが元通りになったわけではないのだろう。でも、確実に1歩づつ前へ進んでいるはずだ。2人のこんな笑顔は、出会って初めて見る。俺もいつか鈴に同じ顔をさせてあげたい。鈴がずっと幸せでいれるように……。
次の日から、鈴はちゃんと学園生活へ復帰した。俺も鈴も、できる限り一緒にいたいから、昼休みは必ず屋上で一緒にご飯を食べ、一緒に下校し、鈴がバイトのときはバイトが終わるまで、俺がゲーセンで待ち、そのまま一緒に遊んでから帰宅する。
そんな日々が続き、俺はある懸念を鈴にぶつけた。仲野のことだ。俺は仲野が鈴のことを心配していると言ったら、鈴はちゃんと謝りたいと俺に言ってきた。鈴と時同じくして、仲野も俺に鈴との会話のきっかけ作りをしてほしいと頼んできた。教室では何度か会っているらしいが、鈴も仲野も互いにどう接触していいのかわからなかったのか、この数日間、会話していないらしい。もちろん俺は了承し、日にちを決め、会話する場を設けることにした。
「緊張するなあ……」
昼休みの中庭は生徒で溢れているが、それでも人のいない空間はあるもので、俺と鈴はそこで仲野を待っていた。
「教室では会ってるんだろ?」
「そうだけど、面と向かって話してないし……」
「なら、尚の事ちゃんとしとけ。鈴のこと、すごく心配してたんだぞ?」
「わかってるって……」
仲野が向こうから歩いてくる姿が見えて、俺たちは口を閉ざす。
「お待たせしました」
「悪いな、来てもらって」
鈴と仲野の間にどことなく気まずい雰囲気が漂う。
「…………」
「……あの」
「筒六……」
「なに?」
「心配かけてごめんね……!」
「鈴ちゃん……」
「本当はもっと早くにこうしなきゃいけなかったのに……わたし……」
「大丈夫だよ」
「筒六……」
「私は鈴ちゃんの親友だよ? 鈴ちゃんがどういう気持ちでいたか、わからないわけないよ」
「…………」
「だから、私から声をかけてあげないといけなかったのに……ごめんね」
「筒六は悪くない! わたしが――」
「ちょっと待った」
俺は一旦、2人の会話を中断する。
「なによ?」
「自分が悪いって、2人で言い合っても仕方ねえだろ?」
「…………」
「…………」
「2人とも、本当に言いたいことだけ言えば……後は互いに通じるだろ?」
「…………」
「…………」
「鈴ちゃん」
「ん?」
「おかえりなさい」
「ただいま、筒六」
仲野の満面の笑みに、鈴も同じ笑顔で返事をした。
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