麻衣ルート13話 空白の事情
「思わぬハプニングがあったけど、結果的にはよかったよ」
職員室へ書類を運び終わり、麻衣と一緒に下校する。
「なぜですか?」
「麻衣とこうやって喋ることが出来たからさ」
「…………」
「……なあ、麻衣?」
「なんでしょう?」
「教えてくれないか?なんであんな態度を取っていたのか、なにをそんなに思いつめているのか」
「…………」
「さっきのことがあって、俺、わかったんだ」
「なにをですか?」
「俺、麻衣のことすごく好きだ」
「――っ!」
「ここ数日距離が離れて、それだけでも苦しかった。でも、離れていたからこそ俺にとって如何に麻衣の存在が大きいかがわかったんだ。今日接してみて、それがよくわかった」
「…………」
「もう嫌なんだ。麻衣が近くにいないのも、麻衣の不安そうな顔を見るのも」
「…………」
「だから――」
「……わかりました。誠さんには全てお話します」
「ああ」
「しかし、ここでは――」
「どこがいい?」
「公園でもいいですか?」
「ああ、行こうぜ」
「はい」
公園に着くまで俺たちの間に会話はなく、空いてるベンチに腰かけ、無言のまま数分が過ぎた。麻衣は勇気が出ないのか、ずっと俯いたまま。俺から切り出してみるか。
「麻衣は……もう俺のこと、どうでもよくなったのか?」
「そんなことありません!」
「麻衣……」
「あ……すみません。突然、大声出してしまって……」
「……俺のこと、まだ好きでいてくれてるのか?」
「……当たり前です」
「…………」
「私は1日たりとも、誠さんのことを考えなかった日はありません。私にとって誠さんは特別で大切で、かけがえのない男性です。私が愛しているのは誠さんただ1人です」
「なら、どうして――」
「私だって、こんなこと嫌です!」
「!」
「すごく苦しいです。同じ空間に誠さんがいるのにまるで赤の他人みたいな……もう嫌です」
「なにか理由があるのか?」
「……はい」
「まさかこの前、泊まりに来たことが原因なのか?」
「原因ではありませんが、関連はあります」
「関連?」
「…………」
「麻衣?」
「誠さん……!」
「――っ!?」
座ったまま、俺に抱きつく麻衣。背中に回された手には今まで感じたことがないほど力が込められていた。
「どうしたんだよ?」
「誠さん……お願い……お願いします」
「なんだよ? それだけじゃわかんねえって」
「怒らないでください……許してください……」
「なにをだよ――麻衣?」
「私……婚約者がいるんです」
「え……」
婚約者……?
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「ちょっと待てって。え、は……婚約者?」
「……はい」
「すまん、状況が理解できない。突然そんなこと言われても――」
「う、うう……」
「説明になってないって。どういうことなんだよ?」
「すみません……取り乱して。一から説明します。婚約者のことも、私がここに来たことも全て」
「ああ、わかった」
麻衣はゆっくりと俺から離れて、姿勢を整えた。
「私の家――三原家は、生まれ育った地元では知らぬ者なしと言われるほどの名家なのです」
雰囲気からなんとなく想像ついてたけど。
「なので、幼い頃より周りから特別視され、ずっと孤立していました。友人と呼べる存在は1人もおらず、私に近づいてくる人はいませんでした。私から交流を持とうとしても、どこか避けているような反応で……あ、いじめられていたわけではありませんよ。無視されていたわけでもありませんし。関わりを持ちたくないような反応をされていただけです。前の学園でもそうでした……」
「…………」
「私は変えたかったんです。あの閉鎖的な状況を、自分の存在自体も。だから、ずっと普通の生活に憧れていました。普通に友達が出来て、お喋りしたり、ご飯食べたり、遊んだり……普通に恋をしたり」
「…………」
「でも、それはあそこでは成し得ないことでした。どうやっても無理でした」
「それでここへ?」
「誰も私のことを知らない土地に行けば変われると思い、お父様に相談しました。最初は断られましたけど……」
「よく説得出来たな?」
「自分の本心を話しました。自分の思いの丈の全てお父様に言いました。それでようやく条件付きではありましたが、許可が下りました」
「条件付き?」
「……学園を卒業するまでが期限だと」
「それって――」
「学園を卒業したら、私は地元へ帰らなければなりません」
「そ、そんな……」
そんなこと聞きたくなかった。どう転ぼうが麻衣とはいずれ……。
「それは婚約者がいるからってことか?」
「いえ、そういうわけではありません」
「なら、どうして?」
「三原家の後継は私しかいません。ですから、学園を卒業したら即、そのための技術や知識を会得しなければならず、そのためには宗家のある地元でなければなりません。私がここへ来る以前、ゆくゆくはといった具合で婚約者は決まっておりませんでした」
「その婚約者っていうのが最近決まったってことか?」
「簡単に言えばそうなのですが、色々と事情がありまして――」
「事情?」
「それは――」
「お嬢」
「うわっ、ビックリした!」
く、黒瀬さん、突然後ろから現れるなよ……。
「黒瀬……」
「それ以上はいけません」
「……わかっています」
「?」
「申し訳ありません、誠さん。内容については控えさせていただきます」
「あ、ああ」
秘密にしないといけないようなことなのか……って、あれ?
「黒瀬さんは?」
「またどこかへ潜んだのでしょう。いつものことです」
「そ、そうか……」
忍者かよ。
「1つ聞いていいか?」
「はい」
「麻衣が俺のことを避けるような態度を取ったことと、俺の家に泊まりに来たことが関連してるって言ってたけど、それはなんなんだ?」
「…………」
「それも言えないことなのか?」
「いえ……少し待ってください」
「ああ」
「すうー……はあー……」
麻衣は一度、深呼吸してから俺の目を見て口を開く。
「まず、なぜ私が誠さんの家に泊まりたいと言ったか、それをお話します」
「ああ、それはあのときから気になってたんだ」
「……お父様、誠さんのこと認めてませんよね?」
「ああ」
「あれは……決して冗談ではないのです」
「…………」
「さきほど言ったように私は三原家を継がねばならぬ身。継がせるお父様からすれば、あまり接したことのない誠さんを私のパートナーとして選びたくないのでしょう」
「さ、刺さるなあ……」
「誤解しないでいただきたいのは、私は誠さんしかいないと思ってますよ。心配事はあるのですが……」
「心配事?」
「私と結婚するということは三原家へ婿養子になっていただくと同時に、私と一緒に家業を営まねばならぬということです。ですから、もし誠さんが私と婚約が確定したならば、誠さんも学園を卒業次第、家業の勉強をしていただくことになります」
「それが心配ってことか?」
「はい。私は三原家の者なので、多少の事前知識はありますが、全くの素人である誠さんでは相当辛いかもしれません」
「そうかもな。でもさ、勘違いしてほしくないな」
「なにをですか?」
「俺がその程度のことで、麻衣への気持ちが薄くなるわけないだろ」
「誠さん……」
「麻衣と一緒にいられるのなら、どんな辛いことだって耐えられるよ」
「誠さんのこと、軽んじてしまってすみません」
「いや、麻衣は俺のことを心配してくれただけだ。謝ることはないよ。で、俺のことを認めてない親父さんがどうかしたのか?」
「お父様は……私に誠さんとの関係を断て、と……」
「…………」
「私は一生懸命、誠さんのことを説得しようと試みましたが……結果は変わらず……」
「…………」
「それで私も頭にきてしまい、そのときはお父様の顔も見たくありませんでした」
「だから、俺の家に来たと?」
「決して、誠さんを利用したわけじゃないのです。行為としてはそのように取られても仕方ありませんが、お父様にそんなこと言われて悲しくて……あの時は誠さんを傍で感じていたかったのです」
「悪いようには思ってないって。どんな理由にせよ、来てくれたことは素直に嬉しかったから。でも、親父さんにはバレてたんだろ?」
「帰宅してないことは当然ですが、私の居場所までは本当に黒瀬が迎えに来る少し前までは知らなかったようです」
「それは黒瀬さんがそう仕向けたからだよな?」
「はい。黒瀬には本当に感謝しております。私の知らぬところでお父様の叱責を受けたはずなのに、そんなことは一言も言わずに……」
黒瀬さん、本当に麻衣のことを大事に思ってるんだな。
「帰ってから、親父さんに怒られなかったか?」
「黒瀬が仲介に入ってくれましたが、それでもひどく叱られてしまいました。私の責任ですから、仕方ありません。問題はその次に言われたことです」
「俺と別れろとか、そういうことか?」
「……はい。それと同時に婚約者のことも聞かされました。その事情も全て……」
「その事情っていうのが、俺を避けていた理由なんだな?」
「はい……。だから、誠さんを避けるような真似をして、自分を偽って……でも、誠さんがいつも通りに接してきてくれるのが嬉しいと同時に辛くて……」
だから、泣いてたんだな。
「本当はちゃんと断らなければいけないのに……そうしないと誠さんは不安になるとわかっていたのに……。出来なくて……怖くて……それを言ってしまったら、本当に誠さんとは終わりになってしまうから……」
会長が言っていた迷いや不安というのは、このことなんだろうな。
「ごめんなさい……誠さん……。こんな優柔不断な真似……」
「ありがとう、麻衣」
「え……?」
「俺のためにそこまで悩んでくれてたんだろ? ごめんな、俺のせいで辛い思いさせちゃって」
「違います! 私が……私が……!」
「もう気負わなくていいんだ」
俺は麻衣を抱きしめる。苦しいほどに、痛くないように、力強く抱きしめる。
「誠、さん……」
「ごめんな」
「……っ……」
「麻衣1人に背負わせてしまって」
「……っう、うう……」
「俺が傍にいるから」
「……うあっう、ふっぅう……」
「もう安心していい」
「誠、さん……誠さん……!」
「麻衣には俺がいる。だから、もう悩まなくていい」
「誠さん……! う、ううっ……誠さん……!」
麻衣は俺の胸の中で思いっきり泣いた。時間にして数分間だが、今まで溜め込んでいた毒を全て吐き出すように、大粒の涙を何度も零した。
「ごめんなさい、誠さん。お恥ずかしいところをお見せして……」
「そんなことない。俺にとって麻衣に恥ずかしいところなんてないよ」
「……誠さんは本当に広い心をお持ちですね」
「そうか?」
「はい。……私が誠さんに惹かれているのは、きっとそこなんです」
「なんだか照れるな」
「事実ですよ」
「――麻衣」
「はい?」
「俺、麻衣とずっと一緒にいたい」
「…………」
「どうにかならないのか?」
「……無理です。事情が事情なだけに……」
「その事情っていうのは教えてもらえないのか?」
「……はい」
「…………」
「……私、決めたんです」
「なにを?」
「学園を卒業するまではこの土地にいます。だから、それまで誠さんと一緒にいようって」
「…………」
「誠さんと一緒に色んな場所に行って、色んなモノを見て、素敵な思い出を作ろうって」
「…………」
「そうすれば、たとえ誠さんと離れ離れになったとしても、きっと――」
「いやだ!」
「――っ!」
「なんだよそれ。勝手なこと言うなよ」
「…………」
「麻衣の自己満だろ。そこに俺の気持ちなんてないじゃないか」
「…………」
「素敵な思い出は俺だって作りたい。でもその思い出を共に語り合える人がいなかったら、意味ないじゃないか」
「…………」
「俺は麻衣の思い出だけの存在になりたくない」
「しかし……もうどうすることも……」
「行こうぜ?」
「え、どこへ――」
「黒瀬さん、近くにいるんだろ? 出てきてくれよ」
俺の呼びかけに応えてくれたのか、どこからともなく黒瀬さんは現れた。
「何か用か?」
「誠さん、なにを――」
「麻衣の親父さんに会わせてくれ」
「!?」
「まさかとは思ったが、本気か?」
「本気だ。手段はこれしかない」
「誠さん、もしかして――」
「親父さんに直談判する」
「そんな無茶ですよ! お父様に直接だなんて――」
「どうなんですか、黒瀬さん? 会わせてもらえないですか?」
「無意味だ」
「無意味?」
「貴様1人が駄々をこねて解決するのなら、そもそもお嬢に問題は絡みつかん」
「…………」
「有権者であれば可能性は無きにしも非ずだが、小僧1人でなにが出来る?」
「…………」
「貴様とお嬢のやり取りをずっと見ていたが、自分のしていることがお嬢を苦しめているのに気がつかないのか?」
「…………」
「黒瀬、私は――」
「お嬢が悩んだ末に出した苦しい結論を否定し、さらに苦しめる気か?」
「…………」
「貴様はさきほど、お嬢の結論を自己満と言ったが、それは貴様のほうだ」
「……違う」
「なにが違うと言うのだ?」
「麻衣のことを自己満と言ったのは、俺の気持ちを無視しているからだ」
「それは貴様も――」
「違う!」
「…………」
「俺は――俺と麻衣が最も望む結末にしたい」
「誠さん……」
「俺も麻衣もずっと一緒にいたい。俺はそのために自分の意見を主張しているんだ。俺の自己満じゃない」
「…………」
「もし麻衣が俺のことを嫌っていて、もう一緒にいたくないのなら、これは俺の自己満になってしまう。でも、そうじゃないだろ。麻衣だって、俺と一緒にいたいって思ってくれてる」
「それは貴様がそう思いたいだけじゃないのか?」
「ならどうして、麻衣は苦しんでいるんだ?」
「…………」
「麻衣の気持ちを俺が勝手にいいように言ってるだけなら、麻衣は苦しんでいないはずだ。麻衣も俺と一緒にいたいって思ってくれてるから、辛い思いをしているんだろ」
「誠さん……」
「だったら、それは俺の自己満なんかじゃねえ。俺と麻衣の2人で叶えたい願いなんだ!」
「…………」
「…………」
俺と黒瀬さんは真っ向から、お互いの目を見る。
「会わせるだけだ」
「黒瀬?」
「旦那様を説得するのは貴様の役目だぞ」
「ありがとう、黒瀬さん」
「黒瀬、あなた――」
「お嬢、私の役目を覚えておいでですか?」
「…………」
「私は、自らの仕事に従事しているにすぎません」
「ありがとう、黒瀬」
「黒瀬さん――」
「生半可な覚悟じゃないだろうな?」
「もちろんです」
「旦那様は手強いぞ?」
「承知の上ですよ」
「では、行くぞ」
黒瀬さんの背中を追いながら、俺と麻衣も歩き出す。
「誠さん……」
「心配するな、麻衣。きっと大丈夫だ。俺がなんとかするから」
「……ごめんなさい」
「言ったろ? 2人の願いだって。それを叶えるためだ。謝ることない」
「……はい」
どんな問題を抱えているのかは知らないが、とにかく俺は自分の麻衣への気持ちを訴えるしかない。それなら誰にだって負けはしない。
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