麻衣ルート12話 支え

「あー……」

「誠ちゃん、大丈夫?」

「平気だよ……」

「その割には沈んでるように見えるけど?」

「それは気のせいだと思うから、気のせいだ」

実際は紗智の言う通り、気分は沈み気味だ。麻衣の様子がおかしくなってから、もう3日経過しているが未だ進展なし。俺が話かけても、逃げるようにどこかへ行ってしまう。

この3日間その繰り返しで今もそうだ。放課後HRが終わった瞬間、麻衣は走って教室から出て行った。ここまで拒否されるとさすがに凹むぞ。

「うーん、なにかきっかけがあればいいんだろうけどね」

「きっかけって言っても、麻衣があんな調子じゃそれすらないと思うんだけど……」

「そうだよね……」

「……明日またチャレンジしてみるよ。お前はもう帰れ」

「誠ちゃんはどうするの?」

「俺はもう少し残る。1人にさせてくれ」

「……わかった。じゃあ、また明日ね?」

「ああ、またな」

紗智が教室から出て行ったのを見計らって、力なく机に向かって倒れる。

「はあ~あ……」

なんでこんなことに……。

「もしかして、麻衣……俺のこと――」

いや……いやいや! なに考えてるんだ! 麻衣に限って、そんなことあるわけないだろ! もしそうだとしても、麻衣ならきちんと断りをいれるはずだ。こんな曖昧な状態で自然消滅みたいな真似はしない。なら、なんでこんな状態に……。

「帰ろ……」

こんなところにいても、いつまでも答えは出てこない。家に帰れば出てくるってわけでもないが……。

「本当だったら今頃、麻衣と一緒に下校してるはずなんだけどな……」

夕焼けのオレンジ色をした日差しに包まれている廊下を歩きながら、やはり出てくる言葉はネガティヴだ。どうして恋人同士なのにこんな距離になっちゃったんだろう。

「早く前みたいに――ん?」

とある教室の前を差し掛かったとき、その窓から見覚えのある後ろ姿が見えたと同時に俺は考えることもせず、その教室の扉を開く。

「麻衣!」

「せ、誠さん!?」

麻衣は中腰で俺のほうを振り向いた。

「どうして、ここへ?」

「それは俺のセリフだ。こんなところでなにやってたんだ?」

「あ、いえ、その……」

「ん?」

麻衣の後ろに目をやると重たそうな書類の山があった。今の麻衣の体勢から、状況を察するのは容易かった。

「それ、どこかに運ぶのか?」

「…………」

「俺も手伝うよ」

「いえ……大丈夫です」

「いや、その量はさすがに――」

「1人で平気です。誠さんにご迷惑かけたくありません」

「麻衣……」

「私1人でも――んっしょ……と、とっと、わ、わわっ!」

麻衣は持ち上げたはいいものの、中腰のまま立つことが出来ず、足元がふらつき、今にも倒れそうだ。

「麻衣、やっぱり――」

「こ、これぐらいのこと――きゃああっ!」

「麻衣――!」

ふらついていた足元がついに重点を崩され、床に向かってダイブする麻衣。

「う、うう……」

「う、うう~ん……」

床との接触を阻止するために飛び出したのがなんとか間に合い、麻衣は俺を下敷きにすることで事なきを得た……が――

「うぅ、む……」

「せ、誠さん!? 誠さん!」

ダメだ、意識が遠のいて――

「しっかして、誠さん!」

ああ、そうやってちゃんと俺の名前呼んでくれるの久しぶりだな。嬉しい……な……。


「…………」

ん?

「誠さん……うう、誠さん……」

なんだこれ? 目の前に、こんなに近くに麻衣がいる。

「ごめんなさい……誠さん。ごめんなさい……うう、ううぅ……」

麻衣、泣いてるのか? 涙が俺の顔に落ちてきて――そうか、麻衣が膝を枕にしてくれてるんだな。

「私が……私が……ぐすっ、ううあ……」

なんでそんなに泣いてるんだ? 別に泣くことなんてないのに……。

「誠さん……誠さあん……」

理由はどうでもいいか。麻衣のどんな顔でも好きだけど、泣いてる顔はあんまり見たくないな。早く泣き止ませないと。

「麻衣……」

「誠さん!? 誠さん!?」

「そんなに驚くことないだろ? 毎日会ってるじゃないか?」

「誠さん……あうう、うううっくぅう……」

「だから泣くなって。俺の顔だけ土砂降りだよ」

「ごめんな、さい……うああ、ごめんなさい……」

「なんで謝るんだ?」

「わた、私が……ぐす、身勝手なことをしたせいで、誠さんが……」

思い出した。転倒した麻衣を受け止めようとして下敷きになって、気絶してたんだな。

「俺はなんともないよ。その証拠に今、麻衣とこうやって普通に喋ってるじゃないか」

「うう、で、でも……」

「それと謝るのは俺のほうだ」

「え……?」

「麻衣にみっともないところ、見せちゃったから」

「どういうことですか?」

「自分の恋人1人も支えきれないばかりか、こうやって介抱されてるなんて情けないだろ?」

「そんなことありません。私が……私がしっかりしてなかったせいで……」

「でも、嬉しくもある」

「え?」

「久しぶりに麻衣とちゃんと話せた」

「……う、うう……誠さん……」

「それにこの体勢も悪くないしな」

「うう、ぐす……うっぅう……」

「だからさ、麻衣が謝ることも泣くこともないんだ」

「はい……はい……」

「麻衣はいやだったか?」

「私は――私も嬉しいです。誠さんと普通に話すのも、こうやって近くに感じることも」

「ならよかった」

「ありがとうございます、誠さん」

「やっと笑ってくれたな」

「え?」

「麻衣の泣き顔はあまり見たくないし、この間から麻衣の笑顔、見てないからさ」

「誠さん……」

「麻衣には笑顔が1番似合うぞ」

「誠さん……本当に、ぐす……ありがとうございます」

たった数日なのにこの雰囲気が随分前に感じる。ずっとこの瞬間を待ち焦がれていたんだ。麻衣と接することが出来たこの瞬間を。俺、こんなにも麻衣のこと好きだったんだ。自覚がなかったわけじゃない。でも、その想いがより一層強くなったことは確信できる。

「誠さん?」

「ん?」

「本当に大丈夫ですか? 頭とか打っていませんか?」

「ああ、平気だよ」

「揺れを感じたりもしてませんか?」

「大丈夫だって」

「どこか痛むところ、ありませんか?」

「そうだな――いつつ……」

「ど、どうされました?」

「あ、いや――」

麻衣のことで頭いっぱいだったから今気づいたが、ところどころ体が痛むな。ちゃんと受け身をとらなかったせいで床に全身を叩きつけたんだろう。

「体のあちこちが少し痛いだけで、とくに支障はないよ」

「本当にそれだけですか?」

「ああ。だから、少し休めば良くなると思う」

俺の言葉を聞いて、麻衣は安堵する。

「はあ……それなら良かったです」

「心配かけてすまんな?」

「無事ならいいんです。頭を打ったように見えたので脳震盪のうしんとうを起こしていたらと、それが最も気がかりでした」

「うーん、気絶してたからあながち間違ってないかも?」

「え、ええー!? た、大変です……誠さん、私がわかりますか? 前後の記憶、しっかりしてますか?」

「大丈夫大丈夫! ――って、麻衣と今、普通に話してるんだから当たり前だろ」

「はあ……ビックリしました。すみません、気が動転して――」

今は心配させるようなこと言わない方が良さそうだ。

「いや、俺のほうこそ変なこと言ってすまん。――足、痛くないか?」

「平気ですよ。まだ体、痛みますか?」

「立てることには立てるけど……もう少しこのままでもいいか?」

「構いませんが、どうしたんですか?」

「こうしていたいだけって言ったら、わがままかな?」

「……いいえ、嬉しいです」

「嬉しい?」

「好きな人にそんな風に思ってもらえて、嬉しいのです」

「なんだか、照れるな」

「ふふ……誠さん?」

「ん?」

「ありがとうございます」

その後、10分ほど膝枕を堪能し、俺は立ち上がった。

「ふう……ありがとう、麻衣。足痺れてないか?」

「はい、この程度なんともありません」

「そりゃよかった」

「あ、誠さん、制服――」

「え?」

麻衣はトトッと俺のほうへ近づいてきて、俺の制服を叩く。

「床で横になっていたせいで、埃がたくさんついてますよ」

「ああ……悪い」

「んしょ、よいしょ……うん、これで大丈夫です」

「ありがとう、麻衣――」

埃を払うために仕方なくだが、俺と麻衣は目の前に顔が来るぐらいかなり近い距離になっていた。

「あ――」

それに気づいた麻衣は赤面し、ズザッとその場を立ち退いた。

「ご、ごめんなさい……」

「いや……」

別に離れることなかったのに。

「忘れてたけど、その書類どこに運ぶんだ?」

「え、あ、これですか? これは職員室に――」

「よいしょっと……けっこう重たいな」

「私、持ちます」

「大丈夫だって。また倒れられて、今度は麻衣が怪我するかもしれないからな。俺に任せとけって」

「しかし、私が頼まれたことですし……」

「遠慮することないって。麻衣のためなら、苦労なんてないよ」

「…………」

「麻衣が1人で抱えきれないことは俺がいつでも支えてやる。だから、安心して任せてくれ」

「わかりました。それではお願いします」

「おう」

俺は山積みの書類を両腕で抱えながら、麻衣と一緒に職員室へと向かった。

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