紗智ルート19話 壊れた思い出

「楽しかったねー、誠ちゃん」

ペンギンの行進ショーも無事に終わり、俺も紗智も満足感に溢れ、水族館へ行くときに通った道と同じ道で自宅へ向かう。外はもう夕暮れになっていた。

「ああ、本当に久しぶりに行ったけど、色んな発見もあって面白かった」

「お土産もたくさん買っちゃったよ」

「ペンギングッズ多すぎだぞ。しかも、結局俺が持つことになるしよ」

「だってさ、あんなに可愛いんなら仕方ないよー。ふああ、もふもふ~」

「なにぬいぐるみだけはちゃっかり自分の手に確保してるんだよ。堪能するのは家に帰ってからにしろ」

「え~、我慢出来ないよ~」

「はあ、こっちは両手塞がるほど荷物持ってるのに……」

そりゃ彼女のだし、持ってはやるけどさ。

「ん?」

通り道にある空き地を見ると水族館へ行く途中に見かけた子供たちが未だにボール遊びをしていた。

「どうしたの、誠ちゃん?」

「いや、あそこの子供――」

「水族館行く前に見かけた子たちだね」

「ずっとボール遊びしてたのか」

「誠ちゃんも昔はサッカーやってたよね」

「ああ、やってたな」

「体育のときも活躍してたし、かっこよかったよ」

突然、言われると照れるじゃねえか。

「…………」

「誠ちゃん?」

「な、なんでもねえよ」

「あれえ~? もしかして、照れてるの?」

「んなわけねえだろ。荷物重たいから、早く帰るぞ」

「またまた~。本当は照れてるんでしょ?」

「違うって言ってんだろ」

「あたしにはわかるもんね~。たまには可愛いとこあるね~、このこの~」

ぐっ……まさか紗智に弄られる日が来ようとは、不覚……。恥ずかしさのあまり紗智から目を背け、空き地のほうを見る。

「あ……」

「誠ちゃん?」

子供の1人が友達から離れていってるみたいだけど――

「お、おい……」

「!?」

ボールを追っかけて、車道に――く、車が迫ってるぞ!

「――っ!」

「さ、紗智!」

俺が動き出すより、早く紗智は走り出した。数秒遅れて、俺も荷物をその場に落として走り出す。子供も車もお互いに気づいていない。このままじゃ、車が子供にぶつかっちまう!

「だめー!」

車道に飛び出した子供は悠々とボールを拾ったところで、車が向かってきているのに気づいた。でも、ダメだ。急すぎて、なにが起きてるのか理解出来ず、突っ立ったままだ。

「こっち!」

車はまだ気づいていない。でも、車が到達するよりもっと早く紗智は子供の手を取っていた。これなら、なんとか――

「――!?」

なにやってんだ、紗智のやつ! なんで動かないんだよ!

「あ……う……」

「バカヤロー! 早く離れろ!」

聞こえてねえのか!? ちくしょう! 車はまだ気づいていない。このまま俺が走り続けても、手を取って歩道までの避難は間に合わん。こうなったら――!

「紗智ー!」

「!?」

子供を抱えている紗智ごと体当たりをかまし、その場を離れさせる。

「誠ちゃん!!」

「――!?」

まずい、車が――!

「くっ――!」

なにも考えず、俺は紗智と反対側の歩道へ飛び退いた。

「うっ!」

咄嗟のことで受け身を取れず、地面に叩きつけられてしまう。

「あててて……」

「誠ちゃん! 誠ちゃん!」

車が走り去った後、紗智は俺に駆け寄ってくる。

「さ、紗智……」

「大丈夫!? どこか怪我してない!?」

「ああ、だいじょう――いっつ!」

「あ、足が腫れてる……」

「大したことねえって。それより、あの子供は?」

「無事だよ。ほら……」

紗智の見た方に視線をやると、腰の抜けた子供の存在を確認できた。

「お前と子供が無事でよかったよ。体当たりしてしまったからな」

「よくないよ! 誠ちゃんが怪我しちゃってるのに……」

「あの車はどうした?」

「どっか行っちゃった……」

「最後まで俺たちには気付かなかったのか……」

よそ見でもしてたのか。車通りが少ないからって、油断してるんじゃねえよ。

「紗智、なんであのとき動かなかったんだ? あのまま動いてれば――」

「あ――」

なにかを思い出したかのように、紗智は車道へ走っていく。

「お、おい、紗智!」

車が走ってる様子がないからとはいえ、危ない。

「あ……あ……」

さきほど車が通った場所で座り込む紗智。

「あのバカ、なにやってんだ……」

痛む足首を引きずりながら、紗智の元へ向かう。

「おい、紗智! 危ねえって――」

「ごめん……誠ちゃん……」

「なに言ってんだよ……?」

「ごめんなさい……」

座り込んだまま、地面に手をつき、うつむいている。

「う……うう……」

「ど、どうしたんだよ?」

地面についてる両手の中央付近にぽたぽたと水滴が落ちている。泣いてるのか。でも、なんで――

「そ、それ……」

「うああ……誠ちゃんが……せっかく、うう……」

涙が落ちているところを見ると、バッグにぶら下げていた天使猫がバラバラの状態で落ちていた。もしかして、これに気を取られて動けなかったのか。でも、なんでこんなものに――

「大事なものなのに……う、ううう……誠ちゃんに、もらった……大事な……」

「――!?」

俺がやった? これを紗智にやったのか?

『……覚えてないの?』

「!?」

不意に三原が転校してきた朝にした紗智との会話が思い出される。

『思い出した?』

『それはそうなんだけど……』

そうだ、これ。子供のとき、紗智が両親からもらった誕生日プレゼントをなくして、泣いてたときに俺が泣き止ませようと代わりにあげたんだ。あのときはただ泣き止ませようとしてただけで、適当に自宅にあった天使猫のキーホルダーを持ってきたんだ。ほんの軽い気持ちであげたものだったし、気持ちなんて込めてなかったから忘れてた。

「うう、ううう……」

でも、紗智にとってはすごく大事なものだったんだ。だから、いつも肌身離さず身につけてたんだな。それを俺は忘れてたなんて……。こんなに大切にしてくれてたのに……。

「紗智……」

「誠ちゃん……あたし、あたし……」

「とにかく、ここから離れよう。人が集まってきたし、車の邪魔になる」

「でも……天使猫が……」

「それも持ってくればいい。いいから、いこ――うっ!」

立ち上がろうとしたが、足首の痛みが全身に走り、動けなかった。

「誠ちゃん!? 大丈夫!?」

「ああ、足首が痛むだけだ」

「肩貸すからね」

紗智はバラバラになった天使猫をバッグにしまうと、俺の手を肩に乗せ、歩道まで誘導してくれた。


「よっこいせっと……」

あの後、紗智が自分の両親に連絡をして、おじさんが俺を車で病院へ送り迎えしてくれた。自宅のリビングに戻った俺は足を気がけながら、ゆっくりと椅子に腰掛ける。

「大丈夫、誠ちゃん?」

「ああ、なんとかな。病院でも足の痛みは捻挫って言われたし、すぐに治るさ」

「でも、後遺症になっちゃったら……」

「医者からもその心配はないと言われたって、言っただろ?無茶するなとは言われたけどさ」

「あたしのせいだ……。あたしがあの時、動いてれば……」

「過ぎたこと気にしても仕方ねえだろ。それより、おじさんとおばさんにお礼言っておいてくれ。病院へ送り迎えに来てくれたのは助かったよ」

「うん……」

「あれはお前のせいなんかじゃない。俺が早く気づいてれば、よかったんだ」

「誠ちゃんは悪くないよ。あたしが……誠ちゃんに怪我させて……天使猫まで……」

「天使猫、見せてみな」

「……見せられないよ」

「なんで?」

「だって、誠ちゃんからもらった大事なものなのに……。あんなに壊れたもの、見せられない……」

「気にしなくていいって。もしかしたら、直るかもしれないだろ」

「無理だよ……あんなにバラバラなのに……」

「物は試しだ。そんなのわからねえだろ」

「…………」

「な?」

「……はい」

バッグから取り出した天使猫は文字通りバラバラになっていて、修復はほぼ不可能だとすぐに確信できた。

「ちょっとこれ、借りてていいか?」

「でも……」

「物は試しって言っただろ? 少し見てみるよ」

「…………」

確信したからといって、無理そうだ、なんて簡単に言えるわけねえだろ。これ以上、紗智の悲しむ顔なんて見たくない。

「とりあえず、今日はもう遅いし、家に帰れ。隣とはいえ、あんまり遅いとおじさんたち心配するからな」

「誠ちゃん……」

紗智は座っている俺の前に跪き、俺の手を包む。

「ごめんね、誠ちゃん……。ごめん、なさい……」

「謝る必要ないって。お前のせいじゃないから」

「あたし、ひどいことしちゃって……。誠ちゃんからもらった天使猫も壊して、誠ちゃんにも怪我させて……。本当にごめんなさい……」

「どっちもお前がしたことじゃない。悪いのは前をちゃんと見てなかった車の運転手なんだ。お前は子供を助けようとしただけだ。立派だよ」

「でも、でも……」

「深く考えるのは紗智の悪い癖だぞ。俺の怪我だって、命に別状はないし、天使猫だって、直るかもしれない。悪いほうに考えてたら、本当にそうなってしまうぞ」

「…………」

「今日のことはあまり考えず、家に帰って早く寝ろ。明日も学園があるんだから」

「誠ちゃんはお休みしたほうが――」

「こんな怪我で休めるわけないって。軽い骨折でもギブスつけて、通うだろ」

「じゃ、じゃあ、せめて部屋までは送るよ」

「そのぐらい大丈夫だって」

「お願い……あたしのわがままだけど、そのぐらいはさせて」

「紗智……わかったよ。壁に手をつきながら歩くよりはそっちのほうが楽そうだ」

「ありがとう、誠ちゃん」

「頼む」

「うん――しょっと」

紗智は俺の手を取り、肩を貸して歩いてくれる。普段通りにスタスタ歩けない俺の歩幅に合わせて、ゆっくり歩いてくれる。嬉しい気遣いだが、紗智の顔は依然として暗いままだ。足の怪我よりも、そっちのほうが気がかりだ。


「ありがとう、紗智」

紗智が肩を貸してくれたおかげで楽に自室へたどり着くことが出来た。

「本当に大丈夫? 足の他に痛むとこない?」

「心配しすぎだって。病院でも一応、厳重に検査を受けたけど、なんともないって言ってたしな」

「もしなにかあったら、すぐに呼んでね。窓開けてくれれば、いつでも来るから」

「ああ、そうさせてもらうよ」

「じゃあ、あたし帰るね」

「おう、気をつけてな」

「今日はおしゃべりしないから、すぐに寝てね」

「ああ、わかった」

「おやすみ、誠ちゃん」

「おやすみ」

紗智は後ろ髪を引かれる思いで自分の家に帰っていった。

「はあ……」

紗智のやつ、ありゃ相当気にしてるな。優しいのは紗智の長所であると同時に短所だからな。厳密に言えば、優しすぎるから、自分の関わったことで悪いことが起きたら、いつまでも気にしちまう。俺の怪我は本当に大したことないんだけど、今の紗智にそんなことはどうだっていいんだ。怪我の大小でなく、俺に怪我をさせてしまったことに罪悪感を覚えてるんだ。しかも、大事にしてた天使猫まで壊してしまったと思い込んでる。それがダブルパンチになって、紗智を苦しめてるんだ。

「くそっ……」

俺が――あの時、俺がもっと早く、紗智よりも数秒早く走り出してれば、こんなことにはならなかったのに……。

なにが幼馴染だよ、なにが彼氏だよ。全然、紗智のこと守ってやれてない。紗智が大切にしてるものさえ、わかってやれてない。そんな奴が紗智の隣にいるなんて、許せねえよ。

「……そうだ、天使猫」

紗智が置いていった天使猫を手に取る。

「これは……相当厳しいな」

少し割れてるって程度なら、どうにかなりそうだが、そんなレベルをゆうに超えてる。無闇に接着剤でくっつけても不格好になるだけでなく、すぐにとれる可能性だってある。直すよりも、新しいのを買ったほうが――

「いや待て、これ今でも売ってるのか?」

俺たちが子供の頃に流行ってたものだし、知らぬうちにブームも去ってたしな。それでも直すよりかは可能性があるかもしれない。

「12月20日か……」

ふとカレンダーを見る。紗智の誕生日が近い。それまでになんとか元の紗智に戻っててほしい。あんな状態じゃ、プレゼントを渡しても素直に喜んでくれない。俺の怪我はすぐに治るからいいけど、問題はこの天使猫だ。これさえどうにか出来れば、少しは引きずるかもしれないけど、直に紗智も元通りになってくれるだろ。

「そういえば、紗智と初めてデートしたときに……」

あのとき、店先にキャラもののキーホルダーを置いてた店って、確か――

「あそこなら、あるかもしれない」

明日、商店街にあるあの店に行ってみるか。紗智には適当に理由つけて、先に帰ってもらおう。カバンに壊れた天使猫を入れて、俺は就寝した。

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