紗智ルート5話 誰が為の謝罪

「はあ、はあ、はあ……」

教室を出ると扉の前で息切れしてる紗智がいた。

「良かった。ちゃんと出口に出てたんだな」

「急に紗智だけ出てきたから、ビックリしたわよ」

「悪いな、鈴下、仲野」

「いえ」

2人には迷惑かけちまったな。

「…………」

「大丈夫か、紗智?」

紗智の背中に気遣いの言葉をかける。

「……のせいだ」

「どうしたって?」

「誠ちゃんのせいだ」

ちょっとやりすぎたな。とりあえず、謝らないと。

「悪かったって、今回は確かにやりすぎた――」

「なにが今回はだよ! あたし、あんなに嫌だって言ったのに!」

「お、おい、そんな怒るなって。俺が悪かったよ」

「いつもいつもあたしの言ってること、なんで聞いてくれないの!」

「だから、謝ってるだろ」

「そんなの謝ってないよ! いつもその場限りで言ってるだけじゃん!」

何言ってんだ、ちゃんと謝ってるだろ。

「はあ? どういう意味だよ?」

「言葉通りだよ」

「ちょ、ちょっと2人共――」

「少し落ち着いて――」

後輩2人を差し置いて、言葉を続ける紗智。

「さっきご飯食べたとこだって、誠ちゃんがあんなこと言うから、雰囲気悪くなったんでしょ」

「それと今は関係ねえだろ」

「関係あるよ。あたしがどれだけ我慢してるか知らないくせに!」

「ああ? 俺だって、お前のこと色々我慢してるんだぞ?」

「なにさ! 全然気持ち込めてないくせに、口先だけでいつもテキトーなことばっかり言って!」

「なんだよ、それ」

「それで振り回される人の気持ち、考えたことあるの?!」

「意味わかんねえよ」

「ほらね? やっぱりそうじゃん」

「なんのことだよ?」

「あたしが……あたしがいつもどんな気持ちでいたか、考えてくれないじゃん! 嬉しかったり、がっかりしたり、バカみたい!」

「だから、どういう――」

「あたし、期待してたのに……もう知らない! 誠ちゃんなんて――だいっキライッ!」

「あ、おい! 紗智!」

紗智はあっという間に走り去っていった。

「くそ! なんだよ、あいつ!」

「紗智、泣いてた」

「は?」

「すごく悲しそうでしたよ」

そうは見えなかったが……。

「あの、すみません、鷲宮先輩」

「なんで仲野が謝るんだよ?」

「こんなことになるなんて思わなかったので……」

「…………」

「紗智先輩が嫌がってたのも、てっきりお二人のいつものコミュニケーションだと思っていたので」

「わ、わたしも一応、謝っておくわ」

「いや、鈴下と仲野は悪くねえから、気にするな」

「しかし――」

「お化け屋敷に誘ったのは俺だし、俺もまさかあんなに嫌だったとは思わなくてな」

「中でなにがあったのよ?」

「端的に言えば、少しからかって怖がらせたんだ」

「最低ね、あんた」

「それはわかってるよ。でも、それだけであんなに怒らなくてもいいだろ」

「あんたにとってはそれだけでも、紗智にとってはそれですまなかったんじゃない?」

「でもさ、鈴下と仲野がいるのにあの態度はねえだろ? 2人だけのときならまだしも」

「それは、まあ……」

「本当にそれだけでしょうか?」

口元に人差し指を当て、考え込むような表情をしていた仲野が口を開く。

「どういうことだ?」

「あ、いえ、口を挟んでしまってすみません」

「構わんから、言ってくれ」

「さきほどの紗智先輩の言葉、どこか変じゃありませんでした?」

「変?」

「なんだか、怒りの矛先が違うというか」

「そうか? だとしても、今言わなくてもいいだろうよ」

「そうなんですけど……あの優しくて周囲に気を配れる紗智先輩が、お化け屋敷で驚かされただけであそこまで怒るでしょうか?」

「考えにくいわね」

「だがよ、現に俺が無理やり連れ込んだのに怒ってた様子だったぞ?」

「あ、鷲宮君!」

「鷲宮さん!」

会長と三原が俺たちのほうへ駆け寄ってくる。なにかあったのか?

「会長に三原。どうしたんですか?」

「どうしたではない」

「紗智さんとなにかあったのですか?」

「なんでそれを――」

「私は麻衣さんと一緒にいたのだが、そこに紗智さんが通りかかってな」

「声をかけたら、すごく泣いていて、私たちに気づいてどこかへ……」

「そうか……」

鈴下の言う通り、紗智泣いてたのか。

「麻衣さんが、紗智さんは今日、君と一緒に学園祭を回っていると言ったのでな」

「きぬさんと2人で鷲宮さんを探していたんです」

「すまんな、心配かけて」

「ところでなぜ、鈴さんと筒六さんも共に?」

「私たちはクラスの出し物の当番で」

「そこにこいつと紗智が来たってわけ」

会長は目の前の教室に目をやる。

「これはお化け屋敷だったかな?」

「そ。これにこいつと紗智が2人で入ったのよ」

「お二人になにかあったのですか?」

「鷲宮先輩が紗智先輩を怖がらせたらしいです」

「わ、鷲宮さ~ん……」

「すまん……」

これに関しては俺に非があるから責められて当然だな。

「で、どうなったのだ?」

「先に紗智だけ出てきたかと思ったら、こいつも出てきて、その後ケンカになって」

「ケンカ?」

「紗智先輩が怒り出して、そのまま――」

「妙だな」

「なにが妙なんですか?」

「紗智さんがそれぐらいで、しかも鈴さんと筒六さんのいる前で怒ったりするだろうか」

「きぬ先輩もそう思いますか?」

「紗智さん、普段はきちんと周囲の状況を見てから行動しますよね」

「ああ、そのおかげで私も助けられたのだ」

やっぱり、そこが不思議だよな。

「だったら、なにが原因なんですかね?」

「紗智さんは怒ってたとき、なにを言ってた?」

なんて言ってたかな……。

「すみません、俺も頭に血が上ってて……」

「鈴さんと筒六さんは覚えてないかい?」

「わたしはあまり……」

「私は少しだけなら。あの時は唖然としてて、あまり参考にならないかもしれませんが――」

「構わない。聞かせてくれ」

「えーっと……『あたしの言うこと聞いてくれない』、『いつもテキトーなことしか言わない』、『期待してたのに』ぐらいしか」

「ふむ……」

会長は腕を組み、考えを巡らせているようだ。

「なにかわかりますか?」

「鷲宮君、なにか心当たりはないか?」

「心当たり?」

「そうだ、紗智さんの気に障るようなことを言ったり、しなかったか?」

「気に障るかどうかはわかりませんが、紗智をからかいはしますよ」

「しかし、それはいつもやってることではないか?」

「そうなんですよね」

「他にはなにかないか?」

「他にですか……」

俺が紗智になにかしたこと……。

「そういえば――」

「うん?」

「ここに来る前に昼飯食べました」

「どこで?」

「どっかの教室でやってる模擬店です」

「そこでなにかあったか?」

「そこの焼きそばが1個600円だったんですよ」

「なにその焼きそば、たかっ」

鈴下が即座に反応する。

「だろ? 俺もそう思って、言っちゃったんだよ」

「なんで言っちゃうんですか」

仲野はため息交じりにそう言う。

「言っちゃったもんは仕方ねえだろ。そしたら、紗智が雰囲気を楽しめとかで昔の話を持ってきて。キレイな話じゃないから、教室中から冷たい視線受けちゃったんですけど」

「それあんたが発端じゃない」

「でも、そんときはそんなに怒ってなかったんだぜ?」

「紗智さんが気を遣って、我慢してただけかもしれませんよ」

「そうだが――」

「なんにせよ、2人の問題のようだし、あまり我々が介入しないほうがいいかもしれないな」

「そんな! 俺だけでどうにかできそうにないんですけど……」

「鷲宮君、私は君が困っているのなら助力は惜しまない。だが、君自身が解決しなければならない問題では、私の助けは逆に君の成長を阻害してしまう」

「そんなこと――」

「いいかい、鷲宮君。最後は自分で決心しなければならない。それはどんなことにでも言える。人に助けを乞うことは悪ではない。しかし、自らで決意を固めないのは悪なんだ」

「…………」

「まして、紗智さんとの問題だ。君にとって大事な人だろう?」

「それは……」

「いや、すまない。君の気持ちを見透かしてるわけではないんだ。ただ、紗智さんと君は決して赤の他人という関係ではないだろう?」

「はい……」

「少し冷静に紗智さんのことを考えてみてくれ。自ずとなにか見つかるかもしれないよ。時間はかかるかもしれないがね」

「わかりました」

「さっきと言うことが異なるかもしれないが、助けないわけではないから安心してくれ。私はいつでも君の味方だ」

「私も微力ながら」

「私もお力になります。先輩方をけしかけてしまった私にも責任がありますから」

「あんたたちがいつもの調子じゃないと、こっちも調子狂うっての」

「ありがとう、みんな」

「私のほうでもなにかわからないか、紗智さんと接触してみるよ」

「ありがとうございます、会長」

「うむ。さあ、ひとまず鷲宮君を1人にしてあげよう。色々と考えることもあるだろうしね」

「俺がここから移動しますよ。鈴下と仲野はここから動けませんからね」

「そうか」

「それじゃ――」

「鷲宮君」

立ち去ろうとしたとき、俺の背後から会長が声をかける。それに反応して、後ろを振り返った。

「なんでしょう?」

「君なら出来る。紗智さんをよろしくな」

「はい」

俺はその場をゆっくり立ち去った。ああは言ったけど、どうすればいいんだ。正直、俺にはさっぱりわからん。とりあえず、どこか腰を下ろせるところに行くとしよう。


「ふう……」

俺の足は自然と御守桜に向いていた。来るのは一苦労だけど、誰もいない分考え事をするにはうってつけだな。

「…………」

俺は御守桜の根元に腰を下ろし学園を見渡す。学園祭、賑わってるな。ここからじゃあまり見えないけど、活気は充分に伝わってくる。せっかくこんな楽しい雰囲気なのに紗智のやつ、なにもあそこまで怒ることねえだろうよ。確かに飯のときに余計なこと言ったし、お化け屋敷でからかいすぎたかもしれないけどさ。大体なんだよ、いつもテキトーなことしか言わないとか、期待してたとか。勝手なことばっか言いやがって。期待してたって学園祭か? 飯とお化け屋敷以外、俺も紗智も楽しんでたじゃねえか。

「ぬあああ! わからん!」

冷静に考えてみろって言われても、わかんねえもんはわかんねえ。なにが悪いかわからんが、こうなったらとにかく紗智に謝るしかないな。俺が悪いのは事実みたいだし、謝って済むのならいくらでも謝ってやる。

よし、早速紗智を――

「お――」

ちょうど屋上に紗智がいるのが見える。どこかに行く前に捕まえないと。俺はすぐさま立ち上がり、屋上に向かって走り出した。


御守桜から屋上までの距離はさすがに体力もってかれるな。

「…………」

よかった、まだいた。ずっと中庭のほう見て、俺には気づいてないのか。

「紗智」

「…………」

紗智がゆっくりと振り返る。

「……なに?」

「探したぞ」

「なんで?」

「なんでって……心配だったから」

「……本当に?」

「ああ。俺だけじゃない、みんな心配してるぞ」

「…………」

「会長と三原にも会ったんだろ? 俺に事情を聞きに来たんだぜ」

「そう。悪いことしちゃったね」

「なあ、紗智」

「なに?」

「さっきは本当に悪かった!」

これまでの人生で初めてかもしれない。紗智に頭を下げて謝るなんて。

「…………」

「飯のときだって、俺が余計なこと言ったせいだし、お化け屋敷もお前があんなに嫌がるとは思わなかった」

「…………」

「そんな嫌がってる紗智を尻目にもっと怖がらせてしまって……本当にすまなかった!」

「…………」

「もし足りないなら、お前の気が済むまで謝る。だから、いつも通りの紗智に戻ってくれよ」

「……わかってない」

「……え?」

「やっぱり……なにもわかってない」

「わかってないって――」

「…………」

「なあ、なにが悪いんだよ? 俺がお前になにしたっていうんだよ?」

「…………」

「飯のことでも、お化け屋敷のことでもなかったら、なんなんだよ」

「…………」

「言ってくれねえと――」

「もう、やめてよ!」

「!?」

「あたし、やだよ。これ以上、苦しくなりたくないよ」

「なに言ってるんだよ……」

「誠ちゃんがそんなこと言ってる声なんて聞きたくない。誠ちゃんがそんな態度とってるの見たくない」

「お、おい……」

「もう悲しくなるの、やだよ」

「さっきから、なにを――」

「こんなことなら、あたし……」

「さ、紗智……?」

「…………」

紗智は一体なにを言ってるんだ。怒ってるのかと思ったら、なんか様子が変だぞ。それになにがわかってないっていうんだ。

「紗智、はっきり言ってくれよ。俺がなにをしたのか、なにが悪かったのか」

「……それを知って、どうするの?」

「どうするって……俺はお前と仲直りを――」

「じゃあ、ダメだね」

「ダメって、なんだよ?」

「誠ちゃん、あたしのこと全然考えてくれてない」

「考えてるだろ。だから、こうやって謝りに――」

「そんなの、誠ちゃんの自己満足じゃん!」

「!?」

「なにさ! さっきから仲直りがしたいとか、自分がなにをしたとか、そんなのばっか!」

「…………」

「いっつも自分のことしか考えてない! あたしの気持ちなんて考えてない!」

「…………」

「そんな誠ちゃんなんて、知らない!」

「あ、おい! 紗智!」

紗智は俺を押しのけて、屋上から出て行った。結局、紗智と和解できなかった……。

「…………」

紗智の言う通りだ。俺、紗智に謝りにきたのに自分の都合を押し付けてるだけだ。自分がなにをしたのか聞きたいのも、紗智と仲直りがしたいのも、全部自分がすっきりしたいだけだ。そうしたいくせにただ謝れば済むなんて……。紗智にその原因を聞こうとするなんて、都合が良いにも程がある。自己満足って言われても仕方ない。

「でも、わかんねえ……」

紗智がなにを思って、あんなこと言うのか。俺のなにが原因で、あんな態度をとるのか。会長が言っていた俺自身が解決するべき問題っていうのは、こういうことだったのか。そうしなければ本当の意味で問題の解決にはならない。問題の解決だけなら、会長や三原に協力してもらえば紗智に直接、事の原因を聞くことも出来る。でも、それじゃダメなんだ。それだと紗智の言った通り、俺は紗智のことなにも考えてないことになるんだ。俺のことだから、また同じ過ちを繰り返しちまう。そうならないためにも、これは俺が自分自身で答えを見つけ出さなくちゃいけない。そうしないと紗智の気持ちに応えられないんだ。

「待っててくれ、紗智……」

時間かかるかもしれないけど、俺ちゃんと見つけてみせる。

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