17話 ガールズショッピング

店を出ると、俺を待っていたであろう紗智と三原が気づく。

「お待たせ」

「ごちです、誠ちゃーん」

「なんだか私のほうが心苦しいです」

「さっきも言ったけど気にすんなって。それより、買い出し行くんだろ?」

「はい」

「でも、材料ってどこで買えばいいんだろ?」

「私もわかりません」

「夏休みとかで自由工作ってやったことあるけど、材料は親に任せてたからな」

「うーん――あっ!」

「どうした、紗智?」

「あれ、筒六ちゃんじゃない?」

「え?」

紗智の視線の先を見る。少し離れた場所にいるあの女の子は確かに仲野だな。本の立ち読みか?

「紗智さんの言う通り、筒六さんですね」

「おーい、筒六ちゃーん!」

「待てって、紗智」

仲野のところへ走り出した紗智を追いかける。ったく、いつも行動が突発的なんだからよ。

「あ、上坂先輩」

「こんにちは、筒六ちゃん」

「こんにちはです」

「こんにちは、筒六さん」

「こんにちはです、三原先輩」

「よお、仲野」

「よおです、その他先輩」

「おい、その他先輩ってなんだよ」

「冗談です」

真顔だと冗談なのかどうか区別がつかんぞ。

「皆さんお揃いで、こんな場所になにか用ですか?」

「ちょっとお買い物を――筒六ちゃんはどうしたの?」

「私も同じようなものです」

「そうなんだ」

「なにを読んでらしたのですか?」

「これです」

仲野はズイっと読んでた本を突き出した。

「ファッション誌か?」

「はい」

「興味あるの?」

「今まで水泳ばかりでしたから、そろそろ気を遣わなければと思いまして」

へえ、そういう年頃なんだな。仲野ぐらいの容姿だと特に気にすることもないと思うんだけど。

「それは良いことですね」

「うんうん。オシャレすると可愛さもアップするからね」

「別に今のままでも、いいんじゃねえの?」

「どういう意味ですか?」

今の声色――若干だが仲野の声が低かった気がする。まずいこと言っちゃったかな。フォロー入れておかないと。

「そのままでも十分可愛いって意味だけど?」

「――っ!」

「あ? どうした?」

なに驚いてるんだ?

「な、なんでもありません……!」

「そっか」

「誠ちゃん?」

「な、なんだ?」

下から舐めるように見るな、気持ち悪い。

「あたし、今まで一度もそんなこと言われたことないよ?」

「そりゃ思ってねーこと言わねえよ」

「えーー、あたしだって頑張ってるのにー!」

「知らねーっての」

なぜそこで絡んでくる。

「ま、まあまあ。それより、早くお買い物に行きましょう」

「あ、そうだった」

三原の仲裁で紗智は本来の目的を思い出したようだ。

「そうだ! 筒六ちゃんも一緒に来ない?」

「え? 私もですか?」

紗智の突然の誘いに仲野は驚きを隠せずにいた。

「もしかして、忙しい?」

「そういうわけでは……」

「一緒にお洋服とか見に行こうよ」

「あ、いいですね」

三原まで賛同して……お前ら何しに来たかわかってるのか。

「おい、買い出しはどうするんだよ」

「それもちゃんとやるって。せっかく筒六ちゃんとも会えたんだし、そっちのほうが楽しいでしょ」

仲野が一緒にいれば、そりゃ楽しいかもしれんが。

「どうかな、筒六ちゃん?」

「……そうですね、私も暇してたところですし、よろしければ同行したいです」

「やったー、決まりだね」

「楽しくなりそうですね」

「よろしくお願いします、上坂先輩、三原先輩」

「紗智でいいって」

「私も名前で呼んでいただいてけっこうですよ」

「それでは――紗智先輩、麻衣先輩。改めてよろしくお願いします」

やれやれ、俺の居場所が狭くなりそうだな。

「…………」

仲野はジッと俺を見つめてくる。嫌な予感しかしない。

「……なんだよ?」

「……呼びませんよ?」

「なにも言ってねえだろうが」


「これ! これとかどう?」

「もう少し落ち着いた色のほうが良いのではないでしょうか?」

「しかし麻衣先輩、これだと上に合いますか?」

「…………」

なんとなく予想はしていたが、やはりな。予定の買い出しなんてまったく手も付けず、服屋を見つけてはファッション談義に試着と1軒見るたびに30分以上は店から出ない。挙句に俺が外で待ってていいかと聞くと「どうぞどうぞ」といった感じだ。

「ぬわあー、疲れたなあ」

こんなことなら、さっきの喫茶店のバイトが終わるまで鈴下を待って、一緒にゲーセンに行ってたほうが楽しかったかもしれん。もしくは学園で会長と話してたほうが良かったかな。ともかく、必要のないことに付き合わされているのは非常につまらん。俺だけでも買い出しに行くか?

「お待たせ、誠ちゃん」

「……おう」

「長くなり申し訳ありません」

「でも、紗智先輩と麻衣先輩のおかげで勉強になりました」

「それは……よかったな」

我ながらなんと不機嫌な返事だろうとは思う。だが、抑えきれなかった。

「誠ちゃん……」

「…………」

紗智が呼んだのに対し、俺は素知らぬ顔をする。

「あ、ねえねえ! けっこう見て回ったし、そろそろ本題の材料を買いに行こうよ」

「そうですね。楽しくてつい忘れていました」

「ところで聞いてなかったのですが、なにを買いに来たんですか?」

仲野の疑問はもっともだ。仲野と合流してから、その話題に一言も触れなかったのだから。

「それがね、白紙の厚紙と色んな色のマジックペンを買いたいんだけど、どこで売ってるのかわからなくって」

「学園祭の出し物に使うんですか?」

「はい、創作パズルというものをしようと思いまして」

「なんだか楽しそうですね。それでしたら、ホームセンターや文房具店にありますよ」

「筒六ちゃんが知っててよかったよ。これで一安心だね、誠ちゃん」

「ああ……そうだな」

なんか疲れからかどうでもよくなってきた。

「寄り道いっぱいしちゃったし、今度こそ目的のもの買いに行こう」

「私もついて行っていいんでしょうか?」

「もちろんですよ、筒六さん」

「ほら、誠ちゃんも!」

「うわっ!? 急に手引っ張るなっての!」

危うく転ぶところだったぞ。

「あははは!」

あはははって、誰のせいで疲れてると思ってるんだよ。


「こんなもんで十分だろ」

寄り道したせいで日が暮れ始めている。

「けっこうたくさん買いましたね」

「この量……大丈夫ですか?」

仲野は俺の両手いっぱいに担いでいる荷物を見て心配する。

「平気平気! いっぱいあったほうがなくなる心配もないし」

なくなるかどうかのほうが心配だけどな。

「あ、すみません。そろそろ帰らないといけません」

仲野は商店街に設置してある大きな時計を見ながら言う。

「もうこんな時間だしね」

「付き合わせてしまって、すみません」

「いえ、私も楽しかったですから」

「じゃあ、またね、筒六ちゃん」

「学園でお会いしましょう」

「はい、それでは」

仲野は俺たちの帰る方向とは違う方へ走っていった。

「帰ったか」

「だいぶ連れ回しちゃったけど、大丈夫かな?」

「本人が大丈夫だって言ってんだから、大丈夫だろ」

「そうだね。――ところでさ、2人は明日なにか用事ある?」

「特にありません」

「同じく」

「じゃあさじゃあさ! 明日は学園でパズル作成しない?」

「なんでだよ、せっかくの日曜なのに。それは頼まれてもねえだろ」

「だって、うちのクラスのことだからギリギリまで準備しないと思うし、それになにもないなら暇でしょ?」

「だけどな……」

今日みたいな感じなら、適当に暇つぶしするか、寝てたほうがいいぞ。

「私は構いませんよ」

「ねえ、誠ちゃんもいいでしょ? お願い!」

「わかったよ」

もし今日みたいな状態になったら、即抜けさせてもらうからな。

「ありがとう、誠ちゃん」

「では、明日も同じ時間に校門前でよろしいですか?」

「うん、それで大丈夫だよ」

「わかりました。それじゃ、私もそろそろ帰ります」

「また明日な」

「じゃあね、麻衣ちゃん」

三原はペコリと頭を下げて、自宅に向かっていった。

「あたしたちも帰ろう? ――よいしょっと!」

俺の手にある荷物に手をかける紗智。

「なにやってんだ? 荷物なら俺が持つって」

「気にしないで。あたしが持ってってあげるから」

「あ、おい!」

無理矢理奪い取りやがった。持てんのか?

「…………」

持ったまま、動いてねえじゃねえか。

「はあ……ほら」

「わっ!」

奪われた荷物を奪い返す。

「無理するからだろ」

「ごめんなさい……」

「なんだ、お前らしくねえな」

「え、そ、そうかな? あ、あはは、荷物も重いし早く帰ろうよ」

「ああ」

紗智、変なものでも食ったか?


「どわあー、疲れたー」

自室の布団に飛び込みながら、本日の感想を叫ぶ。今日は一段と疲れたな。晩飯のときも紗智が話しかけてたけど良く聞いてなかった。まあ、あいつのせいでもあるし今日ぐらいは許してくれ。

「誠ちゃ~ん」

「ん?」

開けていた窓の向こう側から紗智の声がする。

「なんか用か?」

「…………」

「おい、話しかけてきたのにだんまりかよ?」

「…………」

「用がないなら、もういいか? 疲れたからさっさと横になりたいんだ」

「……ごめんね、誠ちゃん」

なんだこいつ。なにを謝ってるんだ。

「なにがよ?」

「疲れさせちゃって、ごめんね」

「はあ? 意味わかんねえぞ」

「…………」

「あのな、はっきり言えよ」

「今日、あたしのせいで疲れちゃったよね?」

「え?」

「買い出しするだけだったのに、あたしが麻衣ちゃんや筒六ちゃんに構ってたから……。誠ちゃんのこと、全然考えてなかった」

「…………」

「1人にさせちゃって、退屈させちゃって、ごめんね」

そうか。だから、帰るとき荷物持とうとしてたのか。

「…………」

「考えすぎだって。そんなのいつものことだろ? もう慣れたよ」

「でも……」

「じゃあ、これ以上疲れさせないためにも、この話はもうおしまい。それで許してやる」

「うん……」

「ほら、おしまいだって」

「ありがとう、誠ちゃん」

「明日は作業するんだろ? 俺はもう寝るぞ」

「うん、そうだね。おやすみ、誠ちゃん」

「ああ、おやすみ」

今日の紗智はゆっくりと静かに窓を閉めた。紗智のくせに変な気遣うなっての。

……とはいえ、あいつなりに俺のこと考えてくれてたんだな。

「あんな顔されたら、許すしかねえだろ」

なに考えてるんだ俺は! もう寝よう! 寝ちまおう! 寝れば今日のイライラも忘れるだろう。

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