第13章 エッジ(32)
「400年後に伝わる関ヶ原の合戦は、東軍が勝ったと?」
左近が言う。勝った自分たちが負けたと言われては、気色ばんでもおかしくない。しかし左近は声のトーンを乱すことすらなかった。
「はい」
礼韻は短く返答した。
左近はそこで、スッと目を閉じた。そして顔を天井に向ける。
礼韻は待つしかない。これは長く続くかと思った。
しかし左近はすぐに、カッと目を開いた。
「先ほどワシは最後の問いをしたが、そのあとも問いを続けてしまっている。正直に言うと興味が抑えられんのじゃ。すまぬが、もう少し付き合ってくれ」
礼韻は黙って頷いた。
「ありがたい。して徳川の天下となったわけか?」
「そうです」
「その天下は長く続いたのか?」
その問いに礼韻は思わず目を細めた。そして、
「歴史上、最も長く」
と言った。息が詰まるような緊張感を覚えた。
再び左近が瞑目した。今度は、なかなか目を開けなかった。礼韻はそのしわ深い顔をじっと見つめながら、待った。礼韻のうしろで固唾を呑む音が聞こえた。
左近の顔には玉の汗が浮かんでいた。それが身体の痛みから来るものなのか、深い深い思考から来るものなのか、礼韻は区別がつかなかった。
やがて左近が目を開けた。ゆっくりと、だった。開けてすぐには、礼韻と視線を絡めなかった。
「長く続くのか、徳川殿の天下が」
絞り出すような声だった。
「はい」
「それは、何代続く?」
「15代です」
「15代!?」
「はい」
「足利の世と同じ、か……」
「足利の世よりは、混乱の度合いは少ないです」
徳川を持ち上げる発言は危険だったが、礼韻は曲げずに言った。
「たしかに。足利の世は義政以降、混乱の際だったからな」
そんな発言の些末なさじ加減で取り乱す左近ではなかった。礼韻の発言など構わず、呟いた。
そこで左近が、腕組みを解いた。そして両の手を腰に充て、むぅという唸り声と共に背を逸らせた。
「付き合ってくれてありがたかった。面白い話に、身体の痛みも忘れたわ」
やはり痛みは相当ひどいのだな、と礼韻は思った。島左近でなければ気を失っているほどの強い痛みなのかもしれない。目の前の苦し気な表情を見て、そう思った。
ゆっくり時間をかけて立ち上がった左近は、足を摺らせるように小幅で歩き、障子に手をかけた。
そして振り向いた。
「もう一つ、問いを」
185センチの礼韻は見上げながら、了承の頷きをした。
「おぬしから徳川殿の治世を聞いて、それをなぞれば、石田政権も15代続くということだな」
笑いながら、左近が言う。
「はい。たしかに」
礼韻は頷いた。
「しかし石田殿が、なぞるでしょうか?」
再び目を細め、礼韻が付け加えた。
その言葉に、左近は逆に目を見開いた。呑み込まれそうな目だった。しかしそれも一瞬で、すぐ、破顔一笑となった。
「たしかにな。殿は人の言など聞かんだろうな」
そして、笑い顔を消すことなく去っていった。
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