第13章 エッジ(31)

 

「おぬしは、どこから来た?」

 

 左近が聞く。聞きたい内容を、なんの飾りもつけず、短い言葉で伝える。島左近という男らしい、礼韻はそう思った。

 

「単刀直入ですね」

 

「単刀直入? なるほど宋の言葉か。おぬしは学もあるな。野武士のような姿は、目を眩ませるためか」

 

 再び笑う。そして、どこから来たと質問を繰り返した。

 

 もはやこの場はなにもかもストレートに言うしかないと判断していた礼韻だが、突拍子もない返答に信ぴょう性を持たせるため、いくぶんの間を作った。そして、

 

「この世の、遥か先の世から」

 

 声を静めて言った。

 

 島左近が信じようが信じまいが、しょうがない。実物の島左近に切られるのであれば、歴史学を志す者にとってはむしろ本望という気分だった。

 

 腕組みした左近は、なにか呆けたような、虚ろな目で礼韻を見ていた。その愚鈍に取れる表情が、むしろ頭の中の高速回転を語っていた。体中の全神経が脳に集中し、表情を作ることすら疎かになっているのだ。それを見抜いた礼韻は、射るような強い視線以上に、その虚ろな目におそろしさを感じた。

 

 混乱が収まり、左近が表情を引き締めた。そして、

 

「時を超えて来たということか?」

 

 礼韻の返答を容認する質問をした。

 

「はい」

 

 礼韻は安堵し、肩ごしの奥でも、安堵のため息が聞こえた。

 

「では遥か先の世とは、具体的に何年後の世ということか?」

 

「およそ、400年後」

 

「この関ヶ原の合戦は、400年後の世界に知られているのか?」

 

「日本史上、最も有名な合戦です。切りよく400年後ということで、『大関ヶ原展という催し物が開かれました」

 

 大関ヶ原展の開催時には礼韻は生まれていなかったが、願座韻から話は聞いていた。

 

「ということは、わしも殿ものちの人々に知られているのか?」

 

「島左近殿も石田殿も、とてもよく知られております」

 

「それはうれしいな」

 

 口の端に笑みを浮かべた。

 

「それで、時を渡ることは誰もができるのか?」

 

 すぐ、質問に戻った。

 

「いえ。おそらくは我々くらいかと……」

 

「なるほど。で、この世に来た目的は?」

 

「関ケ原の合戦を見物すること」

 

「それだけで来たのか?」

 

「はい」

 

「それで、面白かったか?」

 

「とても!」

 

「そうか。面白いと思ってもらえて、こちらもやった甲斐があるというものだ」

 

 左近が笑いながら言う。そしてその言葉に、礼韻も笑ってしまった。400年後の人間を気楽に笑わせるなんて、すごい男だ。礼韻は感心し、一方で驚愕した。

 

「では最後の問いだ。なぜこんな混乱が起こるまで、時を渡って帰らなかった? 手違いで帰れなくなったのか、それとも意識してこの世界に残ってやろうと思ったのか?」

 

「手違いで、帰れなくなりました」

 

「ほう」

 

 左近は肉厚の手であごをさする。

 

「で、その手違いとは?」

 

「400年後の人間たちが知っている合戦の筋書きと違っていたため」

 

「ほう」

 

 同じ相槌だが、さっきより声音を上げた。

 

「どう違っていた?」

 

 礼韻はまた、間を取った。そして、

 

「東軍勝利の筋書きが、西軍勝利に……」

 

 言った。

 

 行燈に照らされた左近の目が光った。

 

 

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