第13章 エッジ(30)

 

 ―― 馬がほしい。

 

 優丸はそう思いながら、駆けていた。

 

 馬を盗んで向かったときには、武佐宿か、悪くとも鏡の宿で三成一行に追いつくつもりだった。しかし徒歩ではむずかしい。

 

 鉄砲で有名な根来集の住む武佐は、今の三成には危険な場所だった。各地の忍びや、忍びと同様の働きをする実力集団は、勝ち馬に乗ろうとするはずだ。織田が力を伸ばせば織田勢に、豊臣が世を仕切るようになれば豊臣政権に、と。その彼らがしかし、西軍を最終的な勝者と見るかは分からないところだ。この状況が途中経過だと読めば、最終勝利者となり得る人物、あるいはその勢に付くことは想像できる。ましてや、彼ら独立集団はその能力により、情報収集力が大名より長けている。忍びたちは彼らの身体能力によって情報を集められるし、根来集は鉄砲欲しさに根来を訪れる大名衆から勝手に情報が蓄積されていくだろう。

 

 そして、彼らが最終勝利者の一つとして予測するのは、黒田勢とするのではないか。東軍として関ヶ原に出張った息子こそ遁走中だが、父親は九州で地盤を固めている。もし息子の黒田長政が根来に泣きつけば、貸しを作るために助太刀するのではないだろうか。

 

 九州で軍を起こした黒田如水は、あれはどう考えても当初は対家康の動きだった。しかし三成が勝者と情報が伝われば、機敏に動きを変えるにちがいない。三成憎しの加藤清正と組めば九州平定は容易となる。また、薩摩が三成と揉めたと知れば、薩摩も取り入れるだろう。

 

 九州が一枚岩となり、長政がその出先機関として中央で動けば、バラバラな三成政権ごとき充分対応できる。根来も伊賀も甲賀も、黒田勢に付くだろう。

 

 闇の中でうっすらとしか分からないが、村が見えた。優丸は止まって息を整えると、馬を探しに入っていった。

 

 そのころ、礼韻は左近から、最初の質問を受けていた。

 

「おぬし、関ヶ原ではどこにいた?」

 

 左近の目を見ていた礼韻は、知らぬうちに汗が背を伝った。刃のような視線なのだ。それも、鋭い刃物ではなく、重い鉈のような。しかしこれほど強烈な目力は、祖父の願座韻以外に受けたことがなかった。

 

「松尾山の南に位置する、小高い山の上に」

 

 正直に言った。とても出まかせで言い逃れできないと、礼韻は見抜いた。この男に嘘は通らない。逆に、どんな突飛な話でも、それが真実であれば相手を切ることはない。礼韻は左近の性質を的確に見切った。その洞察力が自身と、うしろにいる涼香の命を救った。

 

「なぜ、そんな場所に?」

 

 左近の言葉は歯切れよく、そして短い。視線は重いが、言葉は鋭い懐刀のようだ。

 

「小早川秀秋を見るために」

 

「その動向を探っていたのか?」

 

「いや……。ただ、見るために」

 

 礼韻は正直に言った。ここでスッと肩の力が抜けた。あとはもう、したことをそのまま話すだけだ。実に簡単なこと。話して、あとは相手にゆだねればいい。

 

「見る?」

 

「そう。ただ単に、見ていただけ」

 

「見て、どうする?」

 

「どうもしない」

 

 そこで左近が、微かに首をひねった。

 

「どうもしなくて、なぜ見る?」

 

「面白いから」

 

 正直に言った。礼韻のうしろで、ごくりと唾を飲む音が聞こえた。

 

 左近の目がスッと細くなった。そのまま礼韻を見つめる。礼韻は動きこそないが、幾筋もの汗が背と胸に伝っている。

 

「そうか」

 

 左近が口を開く。

 

「いや、そうだな」

 

 同意の口調に言い換えた。

 

「合戦は、たしかに面白い」

 

 そして、迫力のある笑みを浮かべた。

 

「そして、おぬしの話も面白い。悪いがもうしばらく、正直に話し続けてくれ」

 

 そして飄げた風に、小さく頭を下げた。

 


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