第13章 エッジ(6)
「落ち武者狩りの彼らは気持ちが逸って襲ってきたのだろうが」
ごろた石をぽんぽんと伝いながら、優丸が言う。
「たしかに襲ってみようとも考えたくなるところだ。足軽にとっては勝ち戦というのは出世と褒美の人生最大のチャンスなのに、こんなところでじっと望遠鏡で見ているんだからな」
「感傷的になった自分が甘かった。以後気を付ける」
優丸の言葉に、素直に礼韻が謝った。
「現代と違って一つのちょっとした失策が死を招く。おれたちは好きで時を渡ってきたから死んだって仕方ないが、涼香はそうではない。一瞬たりとも気を抜かないでいこう」
叱責と同等の、優丸のストレートな物言いだ。しかし礼韻の性格には慰めの言葉も遠慮した物言いも無意味で、この方がよほど的確だ。礼韻はけっして、優丸の言葉に怒ることも打ちのめされることもなく、ただ、同じ失敗を2度としないよう努めるだけだ。そしてこれまでどおりの礼韻であれば、失敗は繰り返さないはずだった。
パラレルワールドで小早川秀秋が討たれて以降、礼韻に多少隙が出たが、優丸がそれを補った。今までじっと影となっていた実力ある黒子が、スッと前面に出てきたように涼香は感じた。もしかしたら礼韻は、こういった、補助を必要とする場面がいずれ訪れると直感して、初対面から優丸を自分の傍に置いたのではないだろうか。だとしたら、直近の優丸の働きが見事なのは当然だが、先を予見した礼韻の超能力的な力の方が凄まじい。
彼ら3人は、盆地にうずまく武人たちの人ごみに紛れた。これでまずは、ひと安心だ。落ち武者狩りにちょっかいを出されることもないし、全体を祝勝ムードが覆っているので他の武人に絡まれることもない。ここでようやく、落ち着いて話ができるようになった。
「パラレルワールドに入って先の予測がまったく分からなくなったが、しかし、帷面が迎えに来ると約束した深夜に、とりあえずあの場所に戻ってみなければならない」
帷面は、翌日の丑三つ時にここに迎えに来るからと言い捨て、暗闇に消えていった。現代に帰る手掛かりは、時渡りの術を駆使する帷面だけなのだ。とにかく、帷面の言ったことにできるだけ合わせる行動を取りたかった。
現代に伝わる東軍勝利の関ヶ原では、家康は一晩戦場に留まり、夕刻から各武将と相対している。黒田長政に福島正則、井伊直政などだ。各武将はこの一戦での勝利を讃し、戦果の報告という名の活躍自慢をした。一方家康は武将一人一人をねぎらい、それとなく恩賞をほのめかした。三成討伐軍という建前の東軍は次代の権力を構築しようとする集団なので、長の家康と、事実上家康の家臣となった各武将とは、キツネとタヌキの化かし合いのようなやり取りを行うのだ。
だから、家康はでんと一つ所に腰を据え、武将たちが訪れるという格好になった。しかし西軍が勝利したこのパラレルワールドでは、三成は家康のような態度は取れない。むしろ立場上、三成の方が各武将の元をまわらなければならなかった。西軍は現体制を維持する集団であり、豊臣家を長として、すでに権力機構が固まっていた。三成はその政権の中で、多くの武将より財力も権力も劣っているのだ。
「でも、やるかな、あの男が」
礼韻が、2人に拈華微笑で伝えてきた。三成などと言葉に出すわけにいかないからだ。
「分からない。でもやらなければ、揉めるな」
礼韻も優丸も、この後の展開が読めなかった。三成という、一人の個人的な動きだからだ。人間はそのときの気分によって、どう動くのか分からない。三成の性格上、この戦は豊臣恩顧であれば戦って当然と、各武将をさしてねぎらわないことが予想される。しかし案外、まとめ役として挨拶回りは当然と、なんのこだわりもなく次々と各武将を訪れるかもしれない。
礼韻たちの願いとしては、まず今日のところは関ヶ原に泊まってもらいたかった。全軍がこの場から引き揚げてしまっては、残った礼韻たちが不自然に映るし、また、落ち武者狩りの危険も増す。
「島左近が、とても動ける状況ではないわ。三成は左近に頼り切ってるから、きっとこの場で一晩過ごすことになると思う」
涼香が拈華微笑で2人の脳内に意見した。すぐに2人から、たしかにそうだと返答が来た。涼香は同調よりも、拈華微笑が通じたことに安堵した。
「ただ、三成には全体の動きを独断で決める力がないだろう。おそらく宇喜田、大谷あたりと協議して決めるんじゃないか」
礼韻が返してきた。その大谷が、輿に乗って三成の元へと向かって行っていた。
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