第13章 エッジ(2)
「エッジ?」
まるで暗号かのような優丸の一言に、涼香は混乱が深まる。こんな状況のなか、混乱をより深めるようなことはやめてほしかった。
「そうだ」
優丸が、小さく、低く、返す。
「なんなの、エッジって?」
「そうか。そうなのか」
「あぁ。おそらくな」
「それは、極めて厄介なことになったな」
礼韻が苦渋に満ちた顔で首を振った。
「なんなの?」
こういうときの礼韻は口が重い。それを知る涼香は、優丸に説明を求めた。
「エッジ。次元断層だ」
「じげん、だんそう?」
「そうだ」
礼韻も一緒に頷く。
涼香も次元断層については知っていた。SF小説やマンガなどには、ときおり出てくる言葉だからだ。この世界は一つではなく、それこそ星の数ほどのパラレルワールドが同時に存在している。並行する、それぞれが少しずつ違っている他世界が存在するという考えだ。自分たちが済んでいるこの世界も、けっして中心ではなく、他世界のうちの一つにすぎないのだ。
「次元断層という言葉は分かるけど、それがここだというの?」
「あぁ」
涼香はぐるりと辺りを見回す。ここが別次元の世界だなんて、いきなり言われて信じられるわけがなかった。
「信じられない……」
「だろうけど、でも合戦の進行は、おれたちの住んでいる世界のものとは極端に違っていた。次元断層に落ち、他のパラレルワールドに迷い込んでしまったということでなければ、あの進行はまったく説明できなくなる」
「この世界では、西軍が勝ったということなのね」
「あぁ。実際に目の前でそれが起こったわけだからな」
涼香は言葉が出てこなかった。説明自体は呑み込めたが、それを
「とにかく今は時間がない。次元断層なんて信じられないだろうが、それなら「時渡り」だって信じられないことなんだ。時を渡れるのなら、次元断層があったってなんら不思議ではない。『次元断層』という考えがこの状況を最も合理的に説明できるのであれば、それに沿って行動するしかない。この時点では、西軍勝利後のこの世界でどうやって生き延びるかを……」
「私たち、帰れるの?」
どうしても気になり、涼香が優丸の言葉を遮って聞いた。
「分からない」
これは礼韻が答えた。
「分からないって……」
「こんなことが起きた以上、先のことはまったく分からない」
「そんな……」
「こんなときに気休めを言っても仕方がない。優丸の言うとおり、まずは今現在の状況を乗り切らなければならない」
涼香は崩れていきそうだった。帰れないうえに、未知の世界に放り込まれてしまった。わぁと叫びたかったし、やみくもに走り出したかった。内にこもった自分の感情を、何でもいいから外に放出したかった。しかし、そんなやぶれかぶれの行為がいかに無駄でマイナスなのかということも分かっていた。その
礼韻が、その顔色を失った涼香を強く抱いた。そして首を深く折り、頬を擦りつけ、付いて来いと、暗示にかけるように低音で何度もささやいた。
礼韻はしばらくその状態を維持した。急がなければならないし、見られれば危険を招く行為でもあった。しかし涼香を落ち着かせるにはこうせざるを得なかった。だから優丸も黙って見つめていた。ここはどうあっても涼香に立ち直ってもらい、ともに行動してもらわなくてはならないのだ。
「すず、付いて来い。付いて来るんだ」
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