第8章 帷面権現(23)
この場を逃れようとする礼韻と涼香を、意外なことに、優丸が腕を掴んで止めた。強烈な力だった。
「なにすんの?」
正気の沙汰とも思えない行為に、涼香が青ざめた顔でこれ以上ないほど目を見開く。
「2人ともどう見る! これは帷面の……」
「作り出した幻覚だというのか?」
優丸の言葉に、間髪を入れず礼韻が返す。1秒の時間すらもったいない急場なのだ。
3人のすぐそばに大岩が落ちた。その振動に、涼香はとても幻覚などと思えず悲鳴とともに叫んだ。
「逃げようよ、逃げようよ!」
言葉とは裏腹に足がすくんでぺたりと伏した。
「賭けだ、礼韻!」
優丸の声は、しかしガタガタに震えていた。もしも幻覚でなければ岩につぶされる。恐怖が全身を震わせていた。
小石が当たる。その感触が幻覚の可能性を否定するかのようだった。
「いや、この感触も作り出された幻覚だ!」
優丸が叫ぶように言う。自らにも言い聞かせている声だ。
「来たっ!」
大岩がすさまじい振動とともに落ちてくる。
「いやぁ!」
涼香の叫び声すらも消される轟音。男2人は歯が折れるほどに食いしばり、落ちてくる岩を見つめる。
岩が、3人を覆い、そして映し出された映像のごとく体を通り過ぎてゆく。そして地に落ち、地鳴りを響かせると同時にフッと消え去った。
それと同時に揺れもなくなり、落石もやんだ。瞬時に、周囲が鎮まった。
賭けに勝った優丸が、喜びの声を発しようとしたところでどさりと倒れた。続いて礼韻も緊張の糸を切らし、重なるように倒れた。
3人は横になったまま、苦し気に口をパクパクさせるだけだった。
10分ほど、体が動かなかった。むせる感じにようやく上半身だけ起こした優丸が胃の中の物を岩の隙間に吐き出した。
礼韻は少しだけ動くようになった首を上げた。小屋が、建っていた。
――― やはり、幻覚だったのか。
まとまりをなくした頭の中で、礼韻はぼんやりと思った。
鳥が鳴き、葉がさわさわと小さく揺れていた。平穏すぎる景観が、どうにも恐ろしかった。
――― それにしても、おそろしい帷面の術だ。
礼韻は思うと同時に、それを瞬時に見抜き、とっさの賭けに出た優丸の卓越した頭脳に敬服した。味方など必要ないという生き方をしてきた礼韻だが、ここで初めて、心強い味方を得たと思った。
立ち上がれないままに半刻が経った。礼韻は上半身を起こしてうしろに手を付き、上半身を反らしてまだあえいでいた。優丸は戻したあと伏して、今は肩ひじを付いて頭だけ起こしていた。涼香はピクリとも動かず臥せっていた。
そこに3人の男がやってきた。いずれも見知らぬ人間で、かなりの年配だった。
再び緊張の糸が張った礼韻と優丸はよたよたと立ち上がり、男3人と対峙した。
睨み合いが数分、続いた。
「よく幻覚と見破ったな」
右端の男が、低く言った。そして、
「合格だ。おぬしら3人に、近く時を渡らせる」
中央の、長く髭を生やした老人が、陽光を背に言った。
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