第8章 帷面権現(21)

 

 涼香の前を、筋肉質の優丸の裸体が躍動していた。礼韻の体に似ているなと、涼香は追いながらぼんやりと思った。


 地面を覆う黒い絨毯から抜け出た優丸は、速度を緩め、そして止めた。


「ここまでくれば、大丈夫だろう」


 手を膝に、息を切らせながら言う。礼韻も涼香も同じく息を切らせ、返事も覚束ない。


 それぞれ、靴の中や、持っている服に蟻が付いていないかチェックをし、そして着る。


 ここでようやく優丸が視線を合わせてくる。それまでは配慮して、そっぽを向いていたのだ。


「さっそくだけど、小屋に戻ってみる。もしも戻りたくないのなら、この辺りで待っていてくれてもいい」


 断定的な口調だった。涼香は先ほどの黒一色の場面が頭から離れず、小屋に近付く気が起きなかった。しかし優丸の言葉になにか響くものを感じ、付いていくことにした。


 全速で登ってきた道を、今度、蟻がいないか確認しながら下っていく。


 珍しく礼韻が口をつぐんでいた。険しい表情で、涼香のうしろを進んでいる。涼香はときおり振り向いて顔を見つめるが、礼韻は俯き加減で視線を合わせない。


 小屋に辿り着くまで、蟻は消えていた。


 そして……。


 小屋にも、蟻は見当たらなかった。物陰や隙間なども見ていったが、一匹も見つけられなかった。


 3人は、小屋の中央で脱力して立つ。あのすさまじい数の蟻が入り込んだ瞬間が残像で残っていて、とても座る気にならない。


「軍隊蟻ってのは、こうまで徹底して統率が取れているものなのかな?」


 誰にともなく、礼韻が言う。いつもの皮肉な口調が戻ったことで、涼香は少し安心した。


「あれほどまでの大軍だ。取り残されているのがいるのが普通じゃないか?」


 この問いにも、あとの2人は答えない。軍隊蟻の習性など誰も知らないが、たしかに一匹とてはぐれ、置いていかれた者がないというのは不自然に感じた。


 しかし食べ物は跡形もなくなり、段ボールなど少しでも食料になり得るものは食い荒らされていた。蟻たちの通った痕跡は、しっかりと残っていた。


 涼香は、今後もここで寝泊まりしなければならないことを思い、身をすくませた。恐ろしさよりも、気持ち悪さが先に立つ。襲ってくる不審者も怖いには怖いが、おびただしい数の虫には、人を発狂させ得る圧力があった。


 落ち着かないままに日が暮れ、夕飯が届けられた。運んできた老婆にそれとなく、蟻がよく出るのかと聞くが、


「奥深い山奥だから、おらんことはないだろ」


 とぶっきらぼうに返されただけだった。


 食欲がわかずに、涼香は男2人に自分の分を押しやった。食材の黒いものが蟻に見え、とても箸をつける気にならない。


「優丸はどう思う?」


 涼香の分を半分に分け、片方を優丸に押しやりながら、礼韻が質問した。

 

 

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