第7章 祖父の贈り物 (11)

 気持ちを落ち着けるため、願坐韻は携行バッグから食料の袋を取り出した。


 すでに成人して数年たっていたが、酒は持ってこなかった。日常でほとんど飲まなかったし、また、これほどの貴重な体験を酔った目で見たくなかった。


 コーヒーの入った水筒を開け、カップに注いで飲んだ。


 焦げた香りと熱気が心地よい。この中東発祥の黒い飲み物は、願坐韻がなにより愛する嗜好品なのだ。


 一杯飲み、気持ちがフッと落ち着いた。ところが皮肉なことに、落ち着くと同時に、この状況の異様さがはっきりと感じられるようになった。時を超え、歴史的な大激戦地の真っただ中にいるという状況が。


 コーヒーがこぼれるくらいに震えが襲った。武の心得の一欠けらとしてない自分が、この地で24時間を無事でいられるのだろうか。


 時を渡らせ、また24時間後に帰らせることはできる。黒装束の棟梁はそう言った。そして、渡った先での24時間の行動は関与しないと付け加えた。その24時間は自分自身で凌げ、と。


 願坐韻は恐れに包まれた。太古から続く帷面いづら権現への接触に成功し、行を修し、時渡りの機を得た。そして合戦時の関ヶ原へと舞い降りることができた。歴史を志す者にとって、これほどの狂喜はない。しかし手放しで喜んではいられない。見て、感じて、そして生き伸びなければならないのだ。これから起こることは作り物ではなく、剣も銃も人も、実際のものなのだ。切られれば肉が切れ、血が噴き出す。


「帰れない者は、あなたが考えているよりはるかに多い」


 帷面の棟梁は、願坐韻の目を見つめていった。その言葉と、まなざしが、鮮明に思い出せた。


 間もなく夜が明ける。合戦が始まる。願坐韻は不安を少しでも和らげるため、深い靄の中、ずしりと重い3本の槍を手元に寄せた。

 


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