第168話 戦場、馬上にて S☆3

 戦場へと出立するこの日、私ははじめて乗馬というものを体験することになる。

 私自身は間近で馬を見るのもはじめてだったから、乗馬なんてできるだろうかと思っていたけど、やってみるとすんなりできてしまった。


 対して、メルメルは何度やってもうまく馬に乗ることができなかったみたいだ。

 彼女は今、物資を積んだ馬車の荷台で丸まりながら、悔しそうに唇を嚙んでいる。


 そんなメルメルを見て、タケは馬上から困ったように笑ってフォローを入れていた。


「ほら。ヒサカが乗馬もできたから、サクラにもできるんじゃないかな? 体の記憶的な」

「うるっさいわね! そんなのわかってるわよ! アタシが乗馬下手っていう事実と同じくらいにね!」


 と、仲睦ましい二人を置いて、私は馬を走らせる。


「行こうっ! ローザ!」


 教えてもらった馬の名を呼び、彼女のいななきを耳にしながら心地よく風をきった。


 そうすると、行軍する大隊の先頭集団が見えてくる。

 その中には甲冑に身を包み、真剣な面持ちで行く先を見つめるヤサウェイさんとアイリーンさんがいた。


「ヤサウェイさん! アイリーンさん!」


 馬上の二人に声をかけると、二人は束の間、緊張を解いて笑い返してくれる。


「黝輝石様! ローザはお気に召しましたか?」


 アイリーンの言葉に私は頷いて返した。


「ええ、とても! すごく良い子! アイリーンさん、この子をすすめてくれてありがとう!」


 それから部隊と並走しようとすると私を見て、ヤサウェイさんも口を開く。


「ところでサクラ。君は勝手に先々と行ってくれるなよ?」


 しかし、彼の言う言葉の意味が分からず、私は首を傾げて訊き返した。


「なんの話?」

「いや、君を見ていたら、つい言いたくなっただけだ」


 この時のヤサウェイさんの眼差しは、まるで私に誰かを重ねているようだった。

 となれば、それが誰なのかくらいはすぐに察しが付く。

 私は、にやっと笑いながら彼に答えた。


「ご心配なく! サクラはそんなこといたしませんからっ」


 そうやって二人と何度か言葉を交わしながら、馬を走らせていると――


 ドンッ!


 ――と、いう破裂音が遠くから聞えた。


 その瞬間、兵やヤサウェイさん達の表情から笑みが消える。


「見えてきたな……」


 そんな言葉が聞こえてくると、急に私の目の前へ『戦場』というものが現れた。

 無数の黒煙が天に昇り、大きな石造りの城が遠くに見える。

 城の傍では、蠢く影のような塊が存在していた。


「あの、ざわざわ蠢いているものは……なに?」


 私の質問に、アイリーンさんが答える。

 それは、これまでにない、とても冷たい言葉だった。


「敵です」

「敵?」

「はい。サクラさん……命の優先順位を覚えておられますね?」


 ごくりと唾を飲み込む。

 私は、真剣な目で私を見据えるアイリーンさんにハッキリと頷き――


「はい」


 ――馬を方向転換させ、持ち場へと戻った。

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