旅立ちにむけて-条件-

第108話 123回12日目S★2

 一夜明け……。

 落ち着きを取り戻したメルクオーテは、赤みのひいた瞳を俺達に向けた。


「連れて行ってあげるわ。あんた達の行きたい世界」


 彼女がそう明言するなり、サクラはぴょんと跳ねてメルクオーテに抱き着く。


「メルメルッ! ありがとう! ありがとう許してくれて!」


 すると、メルクオーテは結んだ口元を緩めて答えた。


「ありがとうって言われるのは、変な感じね……」


 彼女は複雑そうに微笑んでサクラの髪を撫で、それからちらりと俺に視線を向け直す。


「あんたは謝らなくていい。お礼も言わないで。あと、間違っても『いいのか?』なんて確認もなしよ」


 俺が言うまいか迷い、押し止めていた言葉の数々を、彼女は真っ先に牽制した。


「わかった……」


 言わなくて良かったと内心安堵する俺に、メルクオーテは頷き続けて口を開く。


「それと、あんた達を転移させる上で、一つ条件があるわ」

「条件……?」

「そう。条件。もちろん、無理言うつもりはない」


 彼女の瞳に見据えられ、俺は思わず唾を飲み込む。

 しかし、そんな俺達をよそに、サクラはきょとっとした瞳をメルクオーテに送っていた。


「……もしかして、お金?」


 次の瞬間、ぺちんとサクラのおでこに軽い平手が放たれる。


「あうっ」

「ばか。そんな訳ないでしょ……第一、そこの貧乏人からお金を取れるなんて思ってないわよ」


 ほんの一瞬、メルクオーテの口調が和らいだ。

 だが、彼女はすぐに真剣な眼差しを取り戻す。


「あたしも、あんた達の行き先に連れて行きなさい」


 直後、ぱあっとサクラは満面の笑みを浮かべるが、俺は驚きを隠すことができなかった。


「いいのっ?」


 喜びが溢れるサクラに対して、俺の胸中は困惑で満たされていく。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 気付けば俺は、溢れこぼれるままに疑問を口にしていた。


「俺の転移じゃ生きてる人間は連れて行けないだろ。君は、どうやってついて来る気なんだっ?」


 その途端、メルクオーテは呆れたとばかりにため息を吐く。

 彼女は眉をひそめ「ばっかじゃないの?」と、俺を一蹴した。


「アタシが今まで、何のためにあんたの転移を解析してたと思ってんのよ?」


 と、言われても……俺は、適切だと思われる返答が浮かばない。

 口をつぐみ、眉間にしわが寄っていく俺を見ると、メルクオーテは再びため息を吐いた。


「あのね。解析が終わったんだから、術式に手を加えることだってできるようになるのよ?」

「つまり?」


 未だ要領を得ず俺が訊ね返すと、彼女は一度視線を伏せ、やれやれと肩をすくめる。


「つまりね。これからあんたの力は、行きたい場所へ、行きたい人と、行きたい時に行ける。そんな便利なモノになるってこと」


 メルクオーテは俺に告げると、ニカッと、出会った直後のような自信に満ちた笑顔を見せた。


「アタシのおかげでね!」

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