第105話 123回11日目〈15〉S★4

「私はね、タケとメルメルが好きなの」


 雪が降り積もるように、静かで重さなんて感じさせない軽やかな触れ方。

 この瞬間。俺は、サクラの手が今にも溶けてなくなってしまうのではないかと感じた。


 肌というにはあまりに白いサクラの肌色に、そんな度が過ぎた錯覚を抱いたのかもしれない。

 だが、度の過ぎる幻を見る者に抱かせるほど、彼女の笑顔は儚く、壊れやすいものに思えた。


 いや、もしかしたら既に――


「だから、その二人に嫌われるのだけは、絶対に嫌。だって、二人は私にとっての全部なの」


 ――完璧な人の形を得ながら、サクラはその人格の与えられ方が歪だったために……。

 彼女はもう……いや、初めから、壊されていたのかもしれない。


 あまりに狭い世界を俺達に晒すサクラに、メルクオーテは表情を曇らせる。

 しかし、この直後。彼女はすぐ雲や靄のかかった浮かない顔を捨て去った。


 キッと目つきをきつくして、メルクオーテはサクラの傍まで近寄る。

 そして、メルクオーテは背丈もさほど違わないサクラの肩をがっちりとつかみ――


「サクラ……それはね」


 ――おそらく、彼女は初めて本気でサクラに怒った。


「あんたが、まだ何にも知らないから言えることなのよっ!」


 さっきまで曇っていた顔が一転、メルクオーテは雷と言って相違ない怒声を喉から吐き出す。


「アタシとタケが全部だなんてっ、そんなの! この狭い工房で、一週間やそこらしか生きていないから吐ける台詞なの!」


 バチンッと、火花が散りそうな程熱く声を爆ぜさせ、メルクオーテはサクラに聞かせた。


「大切なものなんて、気付けば知らない内にどんどん増えていくんだからっ、自制なんてしようとしたって、上手くいきっこないんだからっ! 今や今日は平気な顔していられても、明日や――あんたがその体を返さなきゃって時に、アタシやタケなんかよりもずっと大事で、何をしてでも手放したくないものがきっとできてるんだからっ!」


 けど。


「だからっ――」

「ねぇ、メルメル?」


 メルクオーテの怒気は――


「その、ずっと大事で、何をしてでも手放したくないものって……例えば、メルメルにとっての私みたいなもの?」


 ――サクラのそんな一言で、驚くほど簡単に抜かれてしまった。

 険しかったメルクオーテの表情に、恥ずかし気な朱色が差す。


「ば、ばかじゃないの……」


 涙を染ませたような、ふやけてしまった声で返すメルクオーテに、サクラが「うぬぼれかな?」と、こぼすように訊ねた。

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