第103話 123回11日目〈13〉S★5

 直後、メルクオーテはやりきれないとばかりに、俺から目を逸らし、サクラの名を呼ぶ。


「サクラ……」


 しかし、その名を口にした途端、彼女はためらうようにきゅっと唇を結んだ。

 束の間、沈黙が訪れる。

 サクラは、名を呼ばれ、しかし言葉が続かない口元に、じっと眼差しを注ぎ――


「なに、メルメル?」


 ――ふとした瞬間、そう優しく訊ね、メルクオーテの言葉を誘った。

 その時、二人の視線が重なり合う。

 メルクオーテはじっとサクラを見つめた後、意を決したように口を開いた。


「サクラ……アタシ、まだサクラの口から聴いてない。あんたが、本当にしたいこと、これからやりたいと思ってること……それを、サクラの口から、アタシに聴かせて」


 それは、決して答えを急かすような訊き方ではなかった。

 サクラの本心をゆっくりと手繰るような、メルクオーテが選んだ、彼女なりの言葉の連なり。


 だが――


「私はね、タケについていくよ」


 ――間髪入れずに、サクラは即答した。


 まるで、これまで考える時間は十分にあったと言わんばかりに。


「だって、これは……必要なことだから」


 サクラは、落ち着いた声色で語った。


「必、要?」


 けど、サクラとは対照的に、メルクオーテには明らかな動揺が見える。

 サクラは、そんなメルクオーテに心の平静を取り戻そうとするみたいに、言葉を紡いだ。


「そう、必要。タケが私と出会ったことを後悔しないために。私を嫌いにならないために、必要なことなの」


 しかし。


「なによそれ……」


 メルクオーテは、サクラの答えを受け入れられない。

 サクラに向けられた瞳の中に、疑問や戸惑いが生まれていく。

 それらは、はっきりと彼女の声に溶け込んでいった。


「どうして、そんな……後悔とか……なんで、タケがあんたを嫌いになるなんて思うのよ」


 それは、メルクオーテがサクラを好いているからこそ、出てきた言葉だった。

 彼女がこれまでずっと、目の前の少女をサクラとして見てきたからこそ、言えた言葉だった。


 だからこそ――


「だって私は、ヒサカさんじゃないから」


 ――それは、メルクオーテの胸に、深く突き刺さる。


 ヒサカという少女の体。

 そこに、サクラというもう一人の存在を見つめながら、メルクオーテは言葉を失った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る