第102話 123回11日目〈12〉S★4

 直後、俺は胸に穴が空いたような感覚に襲われる。

 メルクオーテの放った言葉が、自身の心を撃ち抜いたように感じた。

 胸の奥から、血の代りだと言わんばかりに罪悪感が溢れてくる。


 それでも、俺は――


「それでも俺は、言葉を選ばない。けど代りに、これ以上、サクラに言葉を飾ることもしないし、本心も隠さないつもりだ」


 ――溺れる程の罪悪感に呑まれようとも、今、揺らぐことは許されなかった。


「俺は、どうしたってヒサカを見捨てることができないし、サクラを選べない」


 天秤は既に傾いたのだ。


「だから、その場その時を取り繕うためだけに……サクラに、嘘を聞かせる気になれないんだ」


 俺は、二度とヒサカとサクラの命を量り比べない。

 でなければ……。

 そうでなければ俺は、この先、あと何度二人の命を量り比べ、迷うことになるかわからない。


 今、揺らぐこと。それは、この先とこれまでの、誰をも裏切ることになると思った。


 俺が身勝手な告白を終えると、メルクオーテが声を震わせる。


「どうして……あんたは、そんな話になるのよ」


 彼女の細い両の手は、ぎゅっと握りしめられていた。

 固められた拳が、今すぐにでも俺を殴りたいと言っている。

 けれどその一方で、それは今、メルクオーテが何か――怒りを通り越した感情を堪えている証のようにも思えた。


「言葉を選ぶって……そういうの、嘘とかとは違うじゃない……」


 向けられた彼女の瞳が、消え入る寸前の小さな火のように揺れる。


「だって、あんまりじゃない。サクラは、あんたをすごく、すごく大切に思ってるのに……そんなの。あんまりにも、むごいじゃない」


「ああ。俺も、そう思う」


 罪悪感にまみれた胸中で、安堵と諦めが混ざる。

 笑いたい訳でもないのに、気付けば俺は、表情が崩れていた。

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