第41話 122回111日目〈29〉S★3
もはや、ヒサカの攻撃を防いでいるだけでは埒が明かない。
しかし、彼女を足止めし、ヤサウェイに加勢して元凶を叩くことができれば――。
だからこそ、俺はヒサカとの間に障害物がほしかった。
一瞬でも、彼女と間合いを離す手段が。
しかし!
蹴りつけた木が枝葉と幹をうならせ倒れていく中、ヒサカは木の幹に手を付いて倒立した直後、腕をバネのようにたたみ跳躍してみせた。
その軽業師のような芸当に、俺は思わず言葉を失う。
もはや、灰褐色の体に支配されつつある彼女を足止めするのは容易ではない。
俺は手近な墓石を倒しながらヒサカの足元へと投げつけた。
だが、少しもヒサカとの距離がひらかない。
それどころか守りをおろそかにした分、彼女の薄刃が身をかすめることすらあった。
「くそっ」
そして、ついに――
「ごめん。もう、だめみたい」
――何度目かわからぬ墓石を倒して振り向いた瞬間、ヒサカの脚が地面を踏み込むのが見えた。
それは、跳躍の予備動作に他ならない。
次の瞬間。彼女は地面を蹴って跳躍し、伸ばした灰色の腕が、俺の胸倉を掴んでいた。
「足も、動かせないっ」
俺は体勢を崩し、ヒサカに馬乗りになられる形で押し倒される。
灰色の腕は攻撃を緩めず、俺の喉元に短刀をあてがうとようやく静止した。
「ごめん……ごめんね、タケ。ごめんっ……」
顔をうつむけて謝り続けるヒサカの表情は、前髪で隠れて見えない。
けど、彼女の頬から俺の顔へと零れ落ちる涙と、力のない声で泣き顔が容易に想像できた。
その途端、俺は思わず体の力を抜いてしまう。
その後、荒くなった呼吸を整えるため、静かな呼吸を繰り返した。
……少し離れた所から、ヤサウェイ達のものと思われる剣戟が聞こえてくる。
まだ、彼が生きているなら……なんとかなるかもしれない。
そんな予感があった。
しかし、そのためには覚悟を決めなくては……今この瞬間、ヒサカを傷つける覚悟を。
「ヒサカ……」
唇を重たく感じながら、俺は声を吐いた。
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