第37話 122回111日目〈25〉S★3

 サーベルがずぶりと肉を突き抜けると銀の刃は血の赤にまみれる。

 刀身に鮮血が伝う中、ヤサウェイは苦悶の声を漏らして膝を着いた。

 すると、灰色の腕は脚からサーベルを引き抜き、すぐさま剣先をヤサウェイの喉元に突き付ける。

 その様子にヤシャルリアは満足気に口を開いた。


「ふふっ。見事な剣さばきだ。流石に私の屍を倒しただけのことはある」


 奴はそのままゆっくりとヤサウェイへと歩み寄り、彼の頬にそっと指先で触れる。

 このヤシャルリアの行動にヤサウェイは体を強張らせ、わずかに身を退いた。

 その瞬間、灰色の腕が彼の喉元にサーベルを浅く突き立てる。

 それは、意思の所在すら曖昧な灰色の腕からの、はっきりとした警告だった。


「良い腕だ……」


 奴は犬でも褒めるような口ぶりで灰色の腕をうっとりと見つめた後、ヤサウェイに勝ち誇ったような顔を向ける。


「少しの間、そうしてじっとしておけ。今は脚が痛むだろうが私の加護が体になじめば痛覚は消える。お前は良い屍になるぞ」


 だが、ヤシャルリアの下手糞なこの勧誘を、彼は鼻で笑って返した。


「冗談じゃない。今すぐこの腕を斬り落とした方がずいぶんとマシだ」


 しかし、直後にヤシャルリアは涼しげな笑みを浮かべ、余裕しゃくしゃくと言う具合に答える。


「強がるな。いっそ今すぐにその首を突いて殺してやることもできるのだぞ?」


 そして、奴はヤサウェイの頬に触れていた指先をあごへと移し、彼の視線を自分へと注がせた。


「ふふっ。いやなにそう死に急ぐこともない。お前もこの状況でまだ生きている部下を残して逝くのは心苦しかろう?」


 彼女がヤサウェイへと向ける眼差しは、摘んだ花を愛でるような慈しみとむごさで混沌としている。


「片腕にしか加護を受けていないお前では、完全な屍となるのに時間がかかる。今は人間でいるという贅沢を存分に楽しめ」


 対して、奴がヒサカへと向けた視線は――


「それは、あの女には許されないものだ」


 ――ひどく冷たいものだった。

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