第27話 122回111日目〈15〉S★4

 刹那、泥の中へとハキの両の手が落ちていく。

 彼女の細腕は身を露出して、断裂面から血を吐き出していたが、その勢いは次第に緩やかになり――


「ああぁ……」


 ――それに伴いハキの悲痛な叫びは小さくなっていった。

 そして、彼女の口から声が聞こえなくなった途端、その身体は静かにぬかるみの中へと横たわる。


 悲鳴の消えた墓地は、本来あるべき静寂を取り戻した。


「ハキ……」


 口にした名に、返答はない。

 動かないハキから視線を外し、俺は死人を睨んだ。

 すると、奴は既にハキから興味を失ったと言わんばかりに、俺を見ていた。

 死人に似つかわしい、無機質な目で。

 その目に睨まれ、俺は歯を食いしばる。


 ヒサカを背に立ち上がり、鉄棒を構えた。

 奴の頭を打ち砕いて、両腕を引きちぎってやると決める。


 だが――


「タケ……」


 ――俺の前に、ヤサウェイが立ち塞がった。

 彼は俺に背を向け、声を震わせながら問う。


「ヒサカは……まだ生きていたか?」


 それは恐怖から震えているのではなかった。

 自らを律しようとするような、鎖を巻かれたように重たい声。


「ヒサカは……」


 その声によって紡がれた言葉に俺は言い淀み、ヒサカへと視線を戻した。

 まだ、わずかに呼吸はしている。

 しかし……。


 俺は、今の彼女に生きているという言葉を使うことがとても酷に思えた。

 ……言葉に詰まる俺に、再びヤサウェイは告げる。


「……まだ生きているなら、せめてこの場から連れ出してやってくれ」


 彼はサーベルを構え、剣先を死人へと向けた。


「その子は、こんな暗く湿って……誰のものかもわからない墓の上で死ぬような、ひどい人生は歩んでいない筈だ」


 その後、ヤサウェイは俺へと振り向き――


「ついでに、君も逃げるといい。僕達と心中することはないだろう?」


 ――こんな時に、笑って見せる。


 彼は、ひどく笑顔だった。

 仮面を張り付けたように。

 自身の心を突き放してヤサウェイは笑っていた。

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