第18話 122回111日目〈6〉S★1

 俺は鉄棒を振り払い、自身の鹿でひっついた肉片を力任せに落とす。

 その傍らで、ヤサウェイの軽口になんと答えてやろうかと考え……すぐにやめた。


「冗談言ってる場合じゃないみたいだぜヤサウェイ」


 俺の視界に、二匹目のゾンビが這い出て来る様が映る。

 肉の削げ落ちた腕で地面を這う奴らは、自身の身体を引きずるのがひどく億劫そうだ。

 だが、生きた肉である俺達がいることに気付くと、ゾンビは口からウジを放ちながら叫んだ。


 腐りきった声帯から絞り出された叫びは、死者の渇きそのものだ。


「タケ! ヤサウェイ! 奥! 更に三匹!」


 そう知らせたのはヒサカだった。

 彼女は先頭を走っていた俺達に追いつくなり目を凝らし、視線だけを動かして標的を数える。

 その姿に、普段の天真爛漫な少女の面影はなかった。

 弓兵然と振る舞う少女は、弓を短刀に持ち替えて接近戦の構えを取る。

 しかし――


「わっ!」


 ――毅然と戦いに望もうとした彼女は、素っとん狂な声をあげてその場にすっ転んだ。


「ヒサカ!」


 起き上がろうとするヒサカの足元を見ると腐った腕。

 爪が剥がれ落ち、枯れ枝に泥をまとわせたような手が地面から伸び、彼女の足を引っ張っていた。


「こいつぅ!」


 ヒサカは振り向きざまにその細腕を切りつけ、体を引きずって後ずさる。


「大丈夫かっ?」


 俺が近づき彼女をひっぱり上げると、ヒサカは「大丈夫、ちょっと焦った」と口にし、冷や汗を流して笑って見せた。

 だが、すぐに彼女の顔から笑顔が消える。

 まだヒサカが立ち上がらない内から、足元のゾンビは再び彼女に手を伸ばした。

 奴は切りつけられた腕を鞭のように振るう。

 痛覚などとうにないだろうに、俺達に痛みを訴えるみたいに大きな口を開けて見せた。

 でも――


「ふんぬぅっ!」


 ――醜い訴えは長くは続かない。

 大口開けていたゾンビに、駆け付けたズグゥが斧を振り下ろす。

 厚い刃を持つ彼の斧に、ゾンビの頭蓋はスイカのように簡単に両断された。

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