⑧-14人プラス-

 結局ファビルから未練の内容を教わることはできなかった。まだそこまで信用を得ていないのだろうと思い、ユキトはひとまず後回しにしておく。


「じゃあルゥナ、他の霊がいないか探しに行こう。ギルバートさんも、もし何か気づいたことがあったら教えてください」


『頼みました。俺の他にもダイアロン連合国の兵がいるようであれば、奮戦を労ってやってください』


 ルゥナは鷹揚に頷く。それから二人は、離れた位置に居たライラとセイラを呼び寄せた。事情を伝え、馬を使いながらドルニア平原を回り始める。

 ユキトが今までの話を説明していくと、ギルバートの未練のくだりでライラとセイラが似たような反応を示した。


「ははぁ、オーレンが悩みの種ね。なるほど」


「そんなところだろうと思っておりましたわ」


 二人は苦笑いを浮かべ、どこか同情した様子になった。


「でも騎士なんだろ? 心配するほどかな」


「そりゃー叙任を授かるくらいだから剣の腕はそこそこあるっすよ。問題はそこじゃないっていうか」


「極度のあがり症、なんですのよ。ギルバート様のご子息は」


 セイラ曰く、オーレンは本番にめっぽう弱いという。

 技能は劣っていないはずなのに、剣闘大会に出ればいつも初戦敗退する。舞踏会でもドジを踏んで相手の貴婦人を怒らせる。大人数の視線が集まると途端に緊張するらしく、騎士号を授かる叙任式でも盛大にやらかしたそうだ。


『当時、オーレンは父上の前でつまづいて式に使う剣を蹴飛ばしたことがある。頑丈だから傷は付かなかったが、なにせロド家が所有する宝剣なものだから家臣が大慌てになってな。父上の厚意で不問になったが、ギルバートはかんかんになって怒っていたよ』


 ルゥナは思い出を懐かしむようにそう補足した。


「そんなわけでしてオーレン卿は、自分の失敗を恐れてあまり表に出てこないのです。今回のドルニア戦役においても、自ら志願して後方部隊に配置されました。そのほうが足手まといにならないという謙遜のようですが、今はお父上を亡くされたことで深く反省していると聞きます」


「つっても、いくらギルバート様がお叱りになってもオーレンのあがり症は治らなかったんすよね。だからまぁ生来の体質なんかもしれないです」


「なるほど……こりゃ大変そうだ」


 怠け者かと勝手に想像していたが、緊張体質が問題というなら事情が違ってくる。度重なる失態から転じた弱腰というのは本人の心の問題で、ギルバートと話したくらいではトラウマは払拭できないかもしれない。心境を変える何らかのショック療法が必要かとユキトは考えた。

 そのとき、ルゥナが前方を指差す。


『……ユキト、あれを』


 彼女の視線を辿り、ユキトもまたそこにいる存在を確認する。

 草場に座り込む一人の兵士がいた。男は手足をだらりと投げ出すようにしながら空を見上げていた。その表情は虚ろで、まるで感情を吸い取られてしまったかのようでもある。

 兵士の身体は半透明で、背景が透き通っていた。


「……」


 ユキトは無言でライラの肩を叩き、指で方向を指示する。察した彼女はセイラと共に馬を移動させた。その馬上からユキトは兵士を観察する。身にまとう鎧からゼスペリアの兵士だということがわかる。


『ここは前線にも近いし、おそらく歩兵の一人だろう』


 ルゥナの説明に頷いてから、ユキトは合図をして馬を止めた後に平原へと降りた。

 ゆっくりと近づくと死者の表情もよく見える。目に光はなく、何も考えていないかのように呆然としている。

 きっとこの兵士は、自分の死を散々嘆いた後なのだろう。未練が強いから現世に残ってしまったのに、どこにも移動できず誰とも話せず未練解消の方法も持たない。まさに生殺しのような状態で日々を過ごし、絶望と共に気力を失っていった。


 今まで見てきた死者と何ら変わらないその姿は、ユキトの胸を軋ませた。

 ギルバートやファビルのように活力を保っているならまだしも、その無気力な様子は否応なく元の世界の霊達を連想させる。

 そこでは救える者もいたし、救えない者もいた。霊視だけでは大したこともできず、悔しい思いをすることもあった。

 しかし今は違う。憑依という力があるなら、彼らのためにできることも多いはずだ。

 微かな自信を握りしめながら、ユキトは元いた世界のように声をかけた。


「ゼスペリアの兵士、ですね」


 呼びかけられた兵士はビクリと体を震わせ、虚ろな目をユキトへ向けた。


 *******


 ドルニア平原をくまなく移動し続け、気づけば空は茜色に染まっていた。

 結果、ギルバートらを含めて十四名の霊がドルニア平原に残っていると判明する。

 ドルニア戦役で散った数百人という戦死者からすれば、十四人は極小だといえた。未練なく消えることができた人間の方が多い、というのはせめてもの救いだろう。


 半数以上がゼスペリア兵で、彼らとの接触は容易かった。当主であるルゥナの姿を確認して慌てふためき、事情を聞いて愕然とするのは共通の反応だった。中にはゼスペリアの敗北やルゥナの死を知って泣き喚いたり、ルゥナと冥府に行けるなら光栄だと喜ぶ者までいた。

 それでも幽霊達が一番反応を示したのは、未練解消の手助けをすると伝えたときだ。


 ほとんどの人間が家族、恋人、親友との離別を悔み、残された者たちのこれからを憂いている。寝たきりの母親、婚約すると誓っていた女性、報奨金を待つ子供たち。誰もが愛する人々にもう一度会って話をしたいと願っていた。

 俺なら手伝うことができる、とユキトから聞いた幽霊達は、涙を流して喜び、礼を言った。それは彼が日本にいたときに接していた幽霊達と、何一つ変わらない姿だった。


 対するライゼルス側の兵士はまったく対応が違った。呆然としていることは変わらないのだが、ルゥナの姿を確認すると警戒心をむき出しにした。ファビルと同じように、いくら死んでいるとはいえ敵国の当主にすぐ心を開く人間はいなかった。

 未練の話をすると多少心が揺らぐようだったが、州長代理と懇意にする導師紛いの人間、という偏見で見られたユキトの言葉は、疑われるだけで終わった。


 だが、最大の目的である黒い霧については、残念ながら何一つ有益な情報は得られなかった。ゼスペリア側の死者は歩兵ばかりで、当時は司令部幕営地と離れた場所に野営している。奇襲の目撃者はおらず、ライゼルス側も進んで情報提供してくれる者はいなかった。


「ユキト殿、そろそろ日が暮れるっす。さすがに夜の行動は危ないっすよ」


「一度宿場に戻り、今後の計画を練り直しましょう」


「もうちょっと待ってくれ。あと少しだけ、他にいないか探したいんだ」


 夜の散策が難しいことはユキトとて理解しているが、ギリギリまで粘りたい気持ちだった。


『ユキト。無理はしないほうがいい』


「わかってるけどさ……」


『黒い霧はともかく、内通者を調べる方法なら他にもあるはずだ……それに死者の願いを叶えるというのも、これ以上は君の負担になりかねない』


 確かに十四名という数は、ユキトが一度に接触した幽霊の数として最大でもある。彼らの願いを順に叶えるとしても、相当の苦労があることは明白だった。

 それでもユキトは、安心させるよう笑った。


「でも、放っておけないから。ルゥナの言葉も、嬉しかったし」


『私の?』


「頑張ったなって言葉。そう言ってくれる人がいるなら、俺もやり甲斐があるっていうか。ルゥナの仲間なら尚更、助けたいし」


 ルゥナは値踏みするようにじっとユキトを見つめる。

 ややあって観念したように小さく笑うと、彼女は言った。


『……好き』


「え?」


『ああああ何でもない! 何でもないから! と、とにかく君の意向はわかった!』


 頬を赤く染めたルゥナは慌てたようにぶんぶんと手を振った。


『で、でもこれ以上はさすがにいないんじゃないか? ドルニア平原はほとんど見て回ったろう』


「まぁそうなんだけど」とユキトが首を巡らせたときだった。

 視界の片隅に人影が映った。

 そこは平原ではなく、幕営地があった丘から少し離れた森の中だった。その木々の間に何者かの姿が見えた気がした。


「止めてくれ!」


 ライラが馬を急停止させると、ユキトは飛び降りて草原を走った。

 森に近づけば近づくほどはっきりと見えてくる。

 胡座をかいて座り込む、半透明な男の姿が。

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