第86話

 久しぶり隣にスゥーがいない状況で寝た。スゥーがいないせいか、ファンドラが今度は積極的に抱きついてくる。俺は、前の世界の嫁の言葉を思い出しながら朝を迎えた。


「ルシカ殿。さあ、朝食の準備ができておりますぞ。ゆっくり召し上がってくだされ」


 村長が、朝食を俺たちに振る舞ってくれる。


「ところで、村長。スゥーに別れの挨拶をちゃんとしたいのだが……」


 俺がそう言うと、村長は顔を曇らせた。


「火の巫女様は、今から大事な儀式にとりかかってもらわなければならんので…… それより、ゆっくり朝飯を食べてくだされ」


 俺の中で、嫌な予感が脳裏をよぎる。


「大事な儀式とは? どういう儀式なんだ?」


「いや、それは…… その、大事な儀式じゃ」


 俺は、腰から剣を抜いて村長の首に突き付けた。この村長は、何かを隠している。俺の本能が、そう告げている。


「言えッ! 儀式とは何だ? スゥーをどうするつもりだ!?」


「ひ、ひぃッ! い、生贄いけにえの儀式でございます。我ら火の民は、火の山に棲む竜に火の巫女を差し出さなければならないのです!」


「い、生贄だと…… まさか?」


 竜の生贄…… 信じられない言葉に俺は表情を怒りに燃やす。


「し、仕方ないんじゃ…… 生贄を出さなければ、竜は村を襲う。スゥーの父と母は、生贄を出すのを拒み村から逃亡した。じゃが、お前さんたちが連れ戻してくれたんじゃ」


「俺たちは、スゥーを生贄にするためにこの村へ来たんじゃないッ! ふざけるな!」


 俺は、朝食の乗ったテーブルを蹴り上げる。村長はビクリと震えた。


「言えッ! 今、スゥーはどこにいる!?」


「今朝早くに、竜の棲む火の山へと向かったわい……」


 俺は、ファンドラとフィーナに目配せする。2人とも俺の顔を見てうなずいた。


「行くぞッ! スゥーを助け出すんだ」


「正気か? お前さんたち。竜は神に等しい高等生物じゃ! 人間が敵うはずがない」


「黙れッ! スゥーは必ず助け出す! 行くぞ! ファンドラ! フィーナ!」


 俺たちは村長の家を飛び出し、火の山への方向へと向かった。しかし、俺たちの行く手に独特なマントを羽織った火の民の若者たちが立ちふさがる。


「よそ者め! 儀式の邪魔はさせん! ファイアストーム!」


 若者のリーダー格が、火の魔法を唱える。俺も咄嗟に炎の魔法を使った。


「邪魔をするなッ! ストームファイア!」


 俺の魔法は、火の民を上回り巻き起こる嵐のような炎は火の民の若者を包んだ。俺は、剣を抜刀し他の火の民の若者を殴り倒す。


「つ、強い…… だが、人間がレッドドラゴンに勝てるわけがない! あの子も、事情を知って生贄になることを受け入れてくれたんだ!」


 火の民の若者が、俺に訴えた。俺は、それをはねのける。


「スゥーは、ただの15歳の少女だ! 例え火の巫女だろうとも、そんな運命は俺が許さない!」


 俺の怒鳴り声に、火の民の若者たちは沈黙した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます