第36話

「ああ、もちろん釣ってみせるさ!」


 俺はスゥーに返事をする。間違いない! ここには、神の魚がいるはずだ。俺の人生をもてあそんだ、あの神の魚が……


「もう、ルシカ様ったら。釣りにはすぐに夢中になるんだから……」


 スゥーはちょっとふくれた顔をして見せた。俺は、おかまいなしに餌をつけて竿を振る。転生前に神の魚を釣ったときはルアーという疑似餌だった。こんな時のために、それとそっくりなルアーを俺は準備していたのだ。


「さあ、来い! 神の魚よ!」


 心臓の高鳴りが分かる。戻れるかもしれない! 元の世界に! 妻と娘がいて、仕事はキツイけど幸せだったあの日常に。


 ピクン!


 その時、手元に伝わる引きの感触。


「来たッ!」


 俺は竿を上に振り上げ、合わせをした。グイグイと釣り糸を伝わって、獲物がかかった事が分かる。かなりの大きいヒキだ。


「すごい! 釣れたんですか、ルシカ様!」


「ああ、スゥーは離れてろ! こいつは危険な魚なんだ!」


 転生前に神の魚を釣り上げた時は、一瞬の閃光とともに命を奪われた。神の魚とは、そういう魚である。


「強化魔法! 糸と竿を強化せよ!」


 俺は、強化魔法を使い釣り糸と竿を魔法で強化した。かなりの大物らしく、なかなか釣り上げられない。俺は慎重に糸をたぐり寄せていく。

 そして、30分ぐらい経っただろうか…… 水面に影が見えてくる。あと少しだ。


「い、痛いいいいいいいいッ!」


 バシャッと水面から顔を出したのは、神の魚ではなかった。綺麗なロングの髪の似合う人間の美女の顔だった……


「痛いですわ! 痛いですわ! 痛い言うとるじゃろがー! ごるあああッ!」


 ロングの似合う美女は、口にルアーと針をひっかけて陸に上がってくる。その姿は…… 上半身が人間の美女、下半身が魚という絵に描いたような人魚であった。


「神の魚じゃない…… 人魚だ!」


 俺は、開いた口が塞がらない。


「痛いですわ! 早くこれ取って! あんた!」


 人魚は俺に向かって声をかけてくる。俺は、しばらく呆然としていたが、慌てて人魚のもとに向かい、ルアーを外す作業をした。


「まったくもう! 何てことをしてくださるのッ! 人間ごとき下等生物の分際で!」


 ルアーの残した傷を口で押えながら、人魚はブツブツと文句を垂れる。


「あ、すみません…… まさか、人魚様がおられるとは知らずに……」


 俺は、とりあえず謝ることにした。


「ここが人魚のほこらだってご存じなかったのッ! ちゃんと結界だって張ってあったはずですわよ!」


 人魚は丁寧な口調だが、かなり怒っている。


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