18、「虚」を刺し、殺す。

 ナイフは、包丁は刀はカッターナイフは剃刀は、時として人の「実」を傷つける。又は殺す。存在がはっきりとした、鋭い痛みは、「実」、人の魂のイレモノを壊す。そこには当然、壊れたイレモノの構成物が飛び散った、スプラッタな現場が出来上がる。後天的に突発的に欠損したイレモノからは、その中身、「虚」が抜け出している。「虚」はイレモノを動かす事で、表の世界に存在する。イレモノは、アンカーである。自らに強く結びついたアンカーが壊れれば、その崩壊に引っ張られて魂、即ち「虚」の部分も崩れていく。アンカーは、「虚」をイレモノに入れておく為のものだが、些か強く出来すぎていた。

 イレモノが新しく欲しいなら、「虚」の部分だけ刺し殺せばいい。「虚」で構成された刃物で殺せばいい。残ったアンカーに、自分の魂を結びつければ、乗っ取り成功だ。「虚」で出来た刃物は、確かにそこにある事を手に持って実感出来ると感じるけれど、実際はそんなものは無くて、ただそこにあると錯覚しているものだ。それは私の「虚」を分けて私を増やして共有する為にあると感じるだけだ。衝動、衝動だ。私の効率を上げる為に、私だけのために、私は私の手に「虚」の刃物を掴み取って魂を無残に刺し殺して、捨てて、残りカスを世界という大海に漂流させる。

 刺し殺した魂のうち、偶然現世にもう一度流れ着いた、腐った物は醜悪で美しい。それだけ現世に未練があった、死んでまで生き続けたその魂は、「実」の刃で刺し殺して、現世に縫い付けるのが良い。きっとそこまでの執念があれば、醜くも私を殺すだろう。正確には、私が乗っ取ったその魂のアンカーがあるイレモノの中の私の「虚」を刺し殺す。そうしてもう一度この世界に戻ってくる事で、醜く汚く生きる事をするだろう。現世に縫い付けてしまえば、そのうち魂を保てなくなって、この世から消える。

 私はこれを知っている。「虚」の刃を見つけた私は、またあの海を延々延々流れていくのは勘弁なのだ。ならば、私のアンカーを増やしてしまえばいい。一個切れても、現世に残り。二個切れても醜く這い寄り。三個切れても、しぶとく生きる。美しくて醜い私は、私の魂を刺し殺して、もうどれが私の本体で、生きているのかそうでないかがさっぱりわからない、幻想の私は、保険となるものをいつも探して殺して刺して刺して刺して殺して、私をこの世に残す為だけに生きる。


 私の未練は、「生きる事」である。なんとまぁ、醜いのだろう。手に持った刃物は、私を突き刺そうとした。突き刺せたかは、ご想像にお任せします。またね。

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