9、海の空・空の海

 七年に一度だけ、海は空になって空は海になる。僕は、その日を一度だけ迎えたことがあるけれど、その日の外の様子は見ていない。僕の記憶には、コンクリートのドアしかない殺風景な部屋に、布団を敷いて、家族とトランプに興じて記憶しかなかった。その日の間、全世界の人間は安全のため、地下シェルターに逃げ込む。そうしなかった人は、皆消えた。

 昨日の夜中、腕時計の時間を1秒のズレもないよう時間を揃えて、家族にバレないようそっと抜け出して来た私は、いま、海の見える小高い丘の上に居た。

 —————午後11時58分。

 家族は私のことを今、必死に探しているだろうか。それとも、ただ心配だけをしているだろうか。もう、諦めてしまったのだろうか。私個人としては、もう諦めてくれて居た方が気が楽だ。親不孝ものでごめんなさい。お父さん、おかあさん。

 空には満点の星空が浮かんでいる。星は地球を外殻としてそこにあり、宇宙は地球の中に無限に存在する。地球は宇宙を守る球としてあり、その裏、外側は誰も知らない。地球の範囲は限りがあるけれど、その中にある宇宙は無限。可笑しな話なのだけれど。

 —————午前0時。

 けたたましい電子音のアラームは、起きている私を目覚めさせて、その目は自然に空を向く。空の星が放つ光を割って、虚無が開く。やがて空は星とともに落ちて来て、漆黒を背景に無数の光を放つ。その破片はまず山の屋根に突き刺さって、何も壊すことなく、個体であるはずなのに、まるで液体のように世界の上を流れていく。海は海のまま持ち上がって、海のない場所を埋め尽くしていく。海は私を飲み込んで、私の中に入って私を通り抜けて空へ向かう。私の体はあなそらだらけ。案山子のように立ち尽くす。無数の光を放つ山は、やがて虚無に現れた太陽に、照らされて、水色の空にある。空のかけらは無数に太陽を内包していて、流れ続ける。

 破片はやがて私の高さまで落ちて来て、私に突き刺さって、やはり私を通り抜けて、そして流れていく。私の私は傷だらけ。私の体は、世界にさらされた私の体はもう、素粒子より細くて、辛うじて体はそこにある。やがて、空は海になって、海は空になった。

 —————正午12時。

 気がつくとそんな時間で、空が海になって、海が空になってすぐに、また海は空に戻ろうとして、空は海の戻ろうとする。その一瞬は無為ではなくて、私は私の形を保てなくなって地面を構成する原子の中をすり抜けて染み込んで広がっていく。もう、時計も服も何もなくて、私の形もなくなって、意識は別れて、地球の裏側に潜り込んでいく。

 —————たぶんおそらく、午前0時。そんな気がする。

 地球は無に内包されていて、無は無限の無限に産み落とされる無限である。無限は無限に増え続けるから、私たちはどんどん拡散していく。たぶんおそらく、私が見ているものは無為ではない。これからずっと、私は見つめる。無限の中に、ある世界を。


 これからもせかいをどうかよろしく、これからも世界むげんをどうぞよろしく、これからはすべてわたしたちをきっとよろしく。私たちは、私たちの別れた私たちすべては、きっとあなたを見守っている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます