6、狭い狭い一本道、正しくは通路。

 私は狭い狭い一本道を歩いている。いや、壁と天井があるから正しくは通路か。

 それの広さは私の両腕が壁にそれぞれ擦れるくらいで、先は見えない。たまに小さい起伏や、突然の落とし穴、階段などがある。他にもあるのだけれど、一本道なのは変わらないし、先はやっぱり見えない。

 私は気がつくとここに居た。そして、本能的にずうっと歩いてきた。前は全く見えないけれど、後ろははっきりくっきり見える。何故か。一寸先は闇、だけど後ろはまばゆい光。意味がわからない。スパイ気分で進んで行くけど、私を見つける人はいなくて、私が見つけるものもない。私はとことこ歩いて行くけど、何の変哲もありゃしない、先ほど行った、ギミック以外は。

 あああ、さぞかしこの外の世界は楽しいだろうなぁ。私は長い退屈を経験しているから、きっと外は、楽しいだろうなぁと思う。されど進むべき道は一つ、後ろに下がるのは恐ろしくて、結局僕は前に進むだけなのだ。

 運命とは初めから決まったものであって、私達は呼吸の一つから人生の一大決断まで、全て運命が決めている。それは覆されることではなく、横道に逸れても軌道修正を行う。道具は倉庫へ、電車は車庫へ、ゴミはゴミ箱へ、人は運命へ。当たり前のように一つの集束点にものは向かって行く。道具は倉庫に行くけれど、壊れて道具ゴミになったなら、次の行き先はゴミ箱である。世界は収束している。何がどこに収束するかはわからないけど、私はこの道の終わりには、きっと死に収束しているのだろう。もうすぐいなくなるだろう。

 それでも歩みは止まらない。きっと私は、強制的に動かされている。過去の私は私の中で、若者のまま、永遠に時を止めている。私達が選べるのはエラーで収束から枝分かれした時、その選択は、最終的には死に至る。きっと何も変わらない。

 私は悲しい。この道を歩くのが、このゲーム、クソゲーといっても差し支えない道は、戻ることを知らない。今の世界は選択すら許さないから、どうせどうせ一本道。得ることも、失うことも、不可能だ。悲しいかな、それがこの一本道の世界に見た、残念な現実である。

 今思うに、人とは結局歯車の一つでしかなく、きっと外しても問題はない。私の立つ道は間違っていて、正しい。

 この道は、私にこれを教える為に、現れた。そうかもしれない。ただ、報酬に要求される死は、若者にはまだ早く、辛すぎた。目の前に壁と針が出て、私はその針をとって、私の胸に突き立てた。


 私は嫌だといったのに、それは私に強制した。

 私の旅は幕を閉じる。けれど、これは無限である。道はきっと次もあるし、きっと退屈なゲームである。それでも私は笑い飛ばす。これからも、道をよろしく、神様曰く、それは義務。


 だから私は今日も狭い通路を歩くのです。終わる事はあり得ないから。

 GMゲームマスターが神様であれば、それは多分きっと意地悪だから。神の創造物の、義務だから。


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