5、諦観階層・午前ニ時

 午前二時、それは人々の空想が繋がる時間である。

 丑の刻、我々の頭の中には魑魅魍魎が跋扈し、一斉に空想から空想まで駆け抜ける。我々人にとって、この時間ときは得難いものである。我々の観る風景は、午前二時という人々の空想が魑魅魍魎によって繋がる、大人数による空想の同調が起こりやすく、その時間において我々は、我々を交換する。

 我々が他の我々や赤の他人と同時多発的に思考を共有する時間を、「時間階層」と呼ぶ。「時間階層」は午前二時以外にも、午後一時五十七分や、午後七時二十八分なども存在する。しかし、その多くは空想の同調が不鮮明である。アダプタとなる魑魅魍魎が居ないから、うまく繋がらないのである。

 しかし、午前二時は、魑魅魍魎というアダプタが我々の観る風景を媒介する。彼らは我々の本質についてを好んで送る。そうして知識の完全な同調が行われる。

 我々はこの「時間階層」を、特別に「諦観階層」と名付けた。

 ここで、私は「諦観階層」に私を存在させる手段を見つけた。私自身が魑魅魍魎に似た存在になるのである。「諦観階層」に存在し続けるには、まず、私の体は不要、いや、邪魔である。体は安定した概念である。「諦観階層」はとても不安定であり、安定したものは崩れ去る。(外部から接続した、我々がいつも見ている状態では、影響は無い。)その時、体と共に、「諦観階層」に存在すべき意識は徐々に崩れ去ってしまうから、体を捨てる必要がある。

 しかし、体を捨てると私は不安定な存在に早変わりする。不安定な存在は、この世界では漂流してしまう。そこで、私をつなぎとめる「錨」が必要である。これは、魑魅魍魎が取る方法と同じである。「錨」とは、私の最も重要な意識である。私の意識と意識は鎖で繋がっており、最も重要な意識は多くの意識と繋がっている。それを私から分離し(忘れさせ)、意識の重みによって固定する。これにより、漂流を防ぐ。

 そこからは魑魅魍魎と同じ、「諦観階層」で情報を媒介するだけである。


 我々の目的は、人類の進化と発展である。「諦観階層」に留まり続ける為にはは、生物的に死ぬことになる。しかし、我々はこの共有の可能性を知った。この可能性も共有されたものである。私が、全ての時間に存在し続けることで、「諦観階層」を永久に継続する。この役目に一番適任、最も深い意識を持って居たのが私である。私は人類の進化のため深層へ潜る。人々全ての意識を繋げ、可視化する。それこそが、人類の発展に繋がる事は明白なのだから。

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