挿話 ある完璧系女子の幸せ。


三限目の休み時間。

私はゆかりと一緒に美術室に向かうため、特別教室棟を歩いていた。


あれからゆかりにもちゃんと本当のことを話して、最近ではこうして連れだって教室移動だってするようになった。

あれほど頑なに思っていた壁は、少しの勇気の前に簡単に崩れるものだった。


ほんと。バカみたい…。


実際、すべての人に話したわけではないが、カミングアウトした人たちの反応はひどくあっけないものだった。

小学時代からの理解者だったゆかりに至っては、“ふーん。そうなの”で終わり。

前日寝れずにドキドキしていた私を返せと、首を絞めてやった。


あのひとが居なかったら…


私は片時も頭を離れることのない彼の顔を浮かべた。

優しい笑顔ばかりが浮かび、とたんに胸が苦しくなる。


しばらく胸を押さえて耐えてから、他のことを考えなきゃと、思いを巡らせていると


「どうしたの?水意。」


顔をのぞき込むゆかり。


「いやっ。別に何もないよ?ちょっと胸が苦しかっただけで…。」


私は焦って適当に取り繕おうとするが、ゆかりは不思議そうに眉間にシワを寄せ、


「…あんた。胸が苦しかったらニヤニヤするの? ずっとニヤニヤしてたよ?」


と言われた。


そうか、彼を想うことは、私にとってはぜんぜん苦しみじゃないんだな。


そう思ったら自然と笑えた。


独りでくすくす笑ってたら、ゆかりが痛そうな目で見守ってくれていた。


****************


「はい。あーん。」

「………ん。」


彼とはずっと今でもお昼を一緒にしている。

もうすっかり暑くなった中庭のすみっこ。

特別教室棟の裏の山ももの木の木陰が、私たちの特等席だ。


お弁当を食べたあと、相変わらず眠そうな彼にひざまくらをして、お昼休み時間いっぱいまで寝かせてあげるのが、私の至福の時間。


彼はいつも照れながらも、すぐに寝息をたて始める。そのなんと可愛いことか!


いつまでも見ていたい。

何度寝顔にキスしようと思ったことか。

私の自制心はそろそろ限界に近い。


もしも私に子供が出来て、それが女の子であるなら迷わず教える。

“歳下の男の子はウエスタンブーツ履いてでも探すように”と。


あぁ。彼と一緒にゴロゴロしたいなぁ…


日曜日の朝。

早く起きなくてもいいから、いつもより少し寝坊をする。

私は彼の腕の中で丸まって、彼の鼓動を聴くんだ。

どっくん。どっくん。

その音と、彼のぬくもりに包まれて、また微睡みに落ちていく……


そして、時々、彼が寝返りをうつと、その手が私の胸へ。

無意識のうちにゆっくりと彼は私の胸を優しく揉みしだいて……


はっ?


だめだめ!

ヤバかった…。


でも……いつか触ってほしいな…。


まぁこんな状況下でも熟睡できちゃうんだもんね…。


葵ちゃんや空ちゃんはもうしてるのかな…?

聞いてみたい。


ふぅ。ほんと。

そろそろ限界よ。

いつか我慢出来なくなって襲っちゃうんだからね?

バカ。


大好きよ。



予鈴だ。

残念だけど、また明日。



****************



「うん…。私はぜんぜんいいけど、葵ちゃんや空ちゃんは?その……大丈夫…?

うん……うん。

おうちは大丈夫。私はわりと自由にさせてもらってるから。うん。

いいよ。わかった。

じゃぁ適当にやっとくね。はい。

いってらっしゃい。がんばってね。」


放課後駅に向かって歩いていたら、彼からの電話。

どうやら急な団体客で今夜はすごく遅くなるらしい。

梅雨が遅れて来たために、最近は雨続きでまともに洗濯も出来ず、着替えも底を尽きたので、申し訳ないが洗濯をしてほしいとのこと。

そして、おそらくごはんを食べる暇もないだろうから、お米だけでも炊いて欲しいと。


葵ちゃんも空ちゃんも、こないだのイベント効果もあってカボ+が凄いことになっているらしく、連日フル回転で彼とおなじくらいバテバテなのだそうだ


彼は何度も申し訳ないと言っていたが、むしろ私は嬉しい。

だって洗濯物よ?普通に、よっぽど気を許してないと触らせたりしないでしょう?

ごはんだって、私には何の苦にもならない。


それに、一秒でも長く彼のそばに居たい。出来るものならば、離れたくない。

早くお嫁にもらって欲しい。


……は無理よね…。

でも、彼のためにこの身は在りたい。


駅にくるりと踵を反すと、商店街へと向かった。

彼にとびきりの晩ごはんを作ってあげるために。


****************



「おしょうゆおしょうゆ♪」



洗濯物をしながら、何品かおかずを作る。


アパートの鍵は、葵ちゃんと空ちゃんは合鍵を持っているけど、たまに万由ちゃんやカボ+の涼子ちゃんって子が来た時の為に、電力計の裏に隠してあった。


って

女の子ばっかりじゃない?


もぉ。ライバル多いなぁ。

まぁ仕方ないけれど。


彼じゃしょうがない。

他の男の子じゃ頼まれても絶対に無いだろうけど、彼じゃしょうがない。


よし。一品あがり♪


お。洗濯物もあがりだ。

早く乾燥機かけなくちゃ♪


****************


とまぁこんなもんよね。



晩ごはんも出来たし洗濯物も出来た。

このまま帰るのはやだな………。

顔くらい見たいよ。


他になんかしとくことないかな?


そうじくらいしたって良いよね?

そうだ。そうしよう。


やっぱり男の子ね。こまめなようでいて、部屋はあちこち散らかっている。

まぁ男の子の部屋って初めてなんだけどね。


一応勉強机らしきものはあるのね。

彼が勉強してるのは一度もみたことないけど。


ん? 写真立て…


きゃ!



今、なんだかマズいものを見てしまった……



伏せてあった写真立てを起こしたら……私が居た。


こないだのイベントの最後に記念撮影した一枚。

集合写真とは別に、彼にせがまれて撮ったんだった……なんで?


なんで写真立てに…?


集合写真じゃなく、私の写真?!


頭が混乱して目が回りそう。

落ち着いて水意。これは写真を飾るためのもの。そこに私の写真。


あぁ。入れ間違いかぁ。


なわけないでしょ?!


だから、そう、つまり……


にへぇ。嬉しいなぁ。

ほんとに?

ヤバい!


彼が、私を……うへぇ。嬉しいなぁ。

ダメ。壊れちゃう。


もぅ……もぅ…む…り……。


そして私は気が遠くなった。



****************



「……い?! みいってば!」



蒼音……?


間近に顔が見える。


かっこいいなぁ



蒼音?! えっ



「目が覚めた!よかったぁ!」


えっ いまだに理解してない私…。


なんで? なんで私寝てたの?



「どうしたんだ? どっか具合悪いのか?」


「……私…なんで寝てたの…?」


「……こっちが聞きたいんだけど…ほんとどうしたんだ? 身体、しんどい?」


「ううん。特に平気だと思うけど……」


「帰ってリビング入ってびっくりしたよ。君がばったり倒れてんだもん。机の前で……」


「……つく…え?……」


「そうだよ。机の前で仰向けに倒れてた。」


「…机……。」


「だからとりあえずベッドに運んだんだ。……なんにもしてないぜ?……その…ちょっと胸に触っちゃったけど。運ぶときにだよ?」


「机………。あっ!」


「何?! えっ? 大丈夫か?」


思い出した!

写真!

写真があんまり嬉しくて、過呼吸になって…そうか。


「…ふふふふ。」


「えぇぇっ?! なんで?! 」



分かったもんね。


蒼音がちゃんと私を見てくれてたこと。


「ね。蒼音? 私のこと、好き?」


「へっ? えっ?! いきなりなんだよ? 大丈夫か?」


真ーっ赤になっちゃって。ふふ。


「まぁいいわ。許したげる。さぁごはんしましょ!」



今はそれだけで充分幸せ。



私。意外と単純よ?



あなたが好き。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る