第9話 Keep holdin' on.


早朝4時に起きた。

さすがに眠い。

昨夜やり残した店の床の掃除とネタの仕込みをしてる。

弁当も作んなきゃ。今日は俺の当番だから。ふぅ。あらかた終わったな。

キッチンに向かうともう5時半。

空のマンションまで片道30分はかかるから6時半には出なくちゃ。

弁当。何にしようかな…。

そうだ。あおいの好きな炒飯弁当にしてやろう。

おかずはあおいの好きな獅子唐の肉詰めと、肉団子の甘酢。よし。

炒飯の上にデコペンにソース詰めて文字を……。


「蒼音?早いねー。どした?」

突然かかる母ちゃんの声に、心臓が飛び出るかと思った。

「びっくりさせんなよ母ちゃん!今日は友だち迎えに行くから早いんだよ。」

「…友だち?……あぁぁ。万由ちゃん?」

ニタニタしながら俺をつつく母ちゃん。

「違うよ?! …女の子だけど。」

「ほらジゴロ。また葵が泣くよー。ほどほどにしといてやんなよ?」

母ちゃんの顔はすでにいじめっ子モードに入ってる。まともに相手したらボコボコにされる。

「あおいは大丈夫だよ。ちゃんと昨日話したし。もう大丈夫。」

「ほんとにー?…あら?炒飯弁当………ふふ。…あんたそういうとこも、あの人に似てきたねー。そりゃ葵も喜ぶわ。芸が細かくなったな息子よ。」

弁当のぞきこんでニヤニヤする母ちゃんに思いっきり頭を撫でられる。ふん。あおいは別格なんだよ。

「もうとっとと出るからな。あおいに余計なこと言わないでよ?」

「I swear♪気をつけてね。」



****************



桜橋の桜があまりにも綺麗に満開だったので、見ながら走ってたらけっこう時間がかかってしまった。まだ7時過ぎ。っていうか早く来すぎたくらいか?

オートロックだからマンションのエントランスでとりあえずインターホンを押す。

203っと。

「……はい。」

か細い声だな。ほんとにあの声の持ち主なのか?

「あー。蒼音だけど…迎えに来たよ。」

しばらく間があって

「……入って。今開けるから。」

エントランスの鍵が開いた。

二階にエレベーターで上がり、203号室に行くとまたインターホン。

すごいセキュリティだな。

高そうなマンションだもんなぁ。ワンフロアに三軒しかないし。家賃いくらだよ?

インターホンを押すと今度はすぐに鍵が開いた。

ドアを開けると、空がまだネグリジェとカーディガンって姿でそこに居た。起きて間が無さそうだ。

「おはよ。迎えに来たよ…ってか、準備まだみたいだね。」

空はとろんとした目で

「…おはよ蒼音。私、朝がすっごい弱いの。起きて一時間はこんな感じ。」

か 可愛い。ちょっと油断してた。

「待ってて。すぐ支度するから。こっち。」

通されたリビングのソファに座る。

広いな。うちの店がすっぽり入りそう。

「今、コーヒーでも入れるから。」

ダルダルな空がリビングの対面キッチンで、エスプレッソマシンに水を入れた。

シュワシュワ音がしてすぐに出来たエスプレッソ。

「蒼音の好みは?まんま?」

「じゃぁ。フラットホワイトで。」

「I gotit♪」

手際よくカップを温めフォームミルクを注ぐ空。

なんだ。わりと小まめなんだな。

そういえば、部屋も綺麗に片付いてるし、インテリアのセンスもいい。

「はいどうぞ。…何?」

あんまりキョロキョロしてたから嫌がられたかな?

「…綺麗にしてんなって思って。」

「一応半分は日本人だからね。お母さんが綺麗好きだったし。私、お料理も得意なのよ?おばあちゃん仕込み。ふふふ。」

へぇ。意外だな。何にも出来ないのかと思ってた。お嬢様って感じで。

ソファに二人で座ってコーヒーを飲んでる。

なんか空気みたいな子だな。他の女の子と違って、気を遣う気がしない。ほんわかした雰囲気が心地いい。落ち着いた時間が流れる。

ってか…


「空?弁当は?自分で作ってるの?」

「…うん?作ってくよ?」

「そうなんだ。でも、時間。大丈夫?」

のろのろと壁掛けの時計に目をやる空。

突然立ち上がる。

「あぁぁ‼ もぅこんな時間?! どうしよう?蒼音?not in time!I'm late!」

……そうだと思った。

「…着替えて支度して来な。俺があるもんで弁当作ってやるから。」

「Really?! ありがと!すぐ支度するね‼」

ったくこの子は。しっかりしてんだかトロいんだか…。

とりあえず、冷蔵庫は…っと。

「…空?Do you have anything you can not eat?」

「Not!……いや!ある!」

ブラウス羽織っただけで出てくる空。ブラとパンツ見えてる!

スカート履いてない‼

「Celery!お父さんに怒られるから買ってちびちび食べてるけど!」

「スカート履けよ‼ ブラウスもちゃんと前をしめて!俺男の子!」

「蒼音ならいーよ。」

「俺がよくねーよ‼」

ったく。どいつもこいつも…。ってあおいくらいか。……でも空もかなりグラマーだな。そんな風には見えないけど…いやいやそんな場合じゃないな。えーっとセロリが無理か。よし。ふふふふふ。



****************



なんとか支度終わってマンション出たのが8時少し前。

ギリギリじゃねーか。

なんのために早起きしたんだよ。俺。

普段はバスで通ってるという道を2ケツしてぶっ飛ばす。

最近バイクの荷台がフルで役に立ってんな。

最初、2ケツを怖がってた空も、今ではたいそうお気に入りな様子。

横座りで片手で俺の腰を抱いて、片手はバッグをぷらぷらしてる。

「気持ちいーね蒼音! 」

「俺はけっこうキツいぜ?! 」

「ふふっ。がんばれー!────♪♪♪」

鼻歌歌ってやがる。ごきげんか。…ん?この曲…

「…なぁ空?鼻歌じゃなくてちゃんと歌えよ。俺大好きなんだアヴリル・ラヴィーン。」

「やだよー。目立っちゃうもん。…私も大好きなんだ。彼女はカナダの誇りよ。」

「じゃぁ耳元で。俺にだけ聴こえたらいいからさ。」

「うーん。じゃぁOK!いくよ?」



****************



あなたはひとりじゃない

私が居る。

私があなたの手を取ってそばにいてあげる。

どんなに酷い状況で

もう世界の終わりだと思っても

どこにも行くあてがなくなっても

私はあきらめない

絶対に諦めないわ。


歩き続けるの

あなたなら乗り越えられる。そうでしょ?

ちゃんと強く立って。

私はここに居るから。


何も言えなくて

何も出来る事がなくて

どこにも道が見えないように見えても

真実は必ず見つかるわ。


だから歩き続けましょう。

戦い続けるの。

あなたなら乗り越えられる

私たちなら絶対に乗り越えられるから。



****************



俺の肩を叩いて3拍のリズムを取りながら、ささやく様に歌う空。

なんて綺麗なハイトーン。

ファルセットやミックスボイスじゃない。地声のフルボイス。

この曲。Avril自身にも高いはずなのに…こんなウィスパーボイスでも 軽々と歌ってやがる…。

どんな声帯してんだ?

8オクターブ出るって謳ってる女性シンガーが世界には居るけど、ひょっとしたら空もそれくらい出来るんじゃないか?

そんな技術的なことはともかく、この声の質だ。

鈴の音のような声って、本当にあるんだ。

ハイトーンでも嫌みが一切なく、耳に無理もない。

自然に聴きたくなる小鳥のさえずりや波の音の様に、空の声はおそらくゆらぎを持ってる。1/fのゆらぎ。

すごい。ずっと聴いていたい。

ひとに聴かせるのはもったいないほど綺麗。


「はいおしまい♪…蒼音?………蒼音ってば。」

「あ?…あぁ。聴き惚れてた。ごめん。」

「……ありがと。アヴリルの曲はね。得意なの。」

「……そうだろうな。なんか…ずっと聴いてたいよ。空の歌。」

「本当?……じゃぁ私のうたでギター弾いてくれる?」

「もちろん。俺からお願いしたいよ?」

「Amazing!! わぉ!最高!Lord!Today is the best day!!」

「…そんなに喜ばなくても…」

「なんで?! 私ずっとずっとずーっと夢だったの!ブルーノートと一緒にステージに立つのが!私のヒーローと一緒にうたえるのが‼ 大好き!蒼音!」

「わゎっ!危ねーよ!」

抱きつかれて背中にすりすりされて、バランスが崩れる。危ねー。

とりあえず校門が見えた。


****************


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