第11話 1985年 ライブ番組「ミュージックウェーブ85」

前回の箸休めで軽く触れましたが「ミュージックウェーブ85」の資料を見つけました。それは図書館のマイクロフィルムで検索した当時の新聞のテレビ欄です。


1980年代、NHKのライブ番組である「ミュージックウェーブ」はほぼ新人ロックバンドを大ホールに迎えるという、太っ腹な且つ豪胆な公開収録番組です。


今回の「ミュージックウェーブ85」に出演したミュージシャンは、テレビ欄のままに書くと、メロン/サンディ・ザ・サンセッズ/ピンク/ボウイ、そしてゲストにバナナラマです。

この「ミュージックウェーブ85」の放映ですが、1985年12月31日の17:05-18:30です。これは実に衝撃的です。お茶の間にロックが映像として克明に焼き映された瞬間とも言えます。



以下、朧げながら思い出しながら書いていきます。間違えていたらすいません。




まずゲストのバナナラマことBananarama。確かに歌ってたなと。今となってはあの『ヴィーナス』のグループですが、『ヴィーナス』は1986年なので知名度は爆発的では有りません。


メロンことMELON。何か衣装がチカチカしてたな位であまり思い出がないかな。ただ放映時のドラムは今や世界の屋敷豪太さんなので、これだけでもプレミアム感たっぷり。シンプリー・レッド聞きたくなってきました。


サンディ・ザ・サンセッズことSandii & The Sunsetz。そういたなと。当時は久保田麻琴さんワークスなどてんで分からず、サンディーよく動くな位の認識です。


ピンクことPINK。衝撃です。今で例えるとラルクの楽曲にファンクのベースがいて、何か凄い事やってるです。初めてでそれかです。

と言うのもPINKのベース:岡野ハジメさんは、ラルク中期のプロデューサー・アレンジを行っていますから「ああこの曲、PINKやん」と思う事暫し。もう自分のiPodのプレイリストはラルクとPINK一緒に入れていますから、全然違和感感じません。

そして放映時のPINKと言えば、MOON RECORDSからの1stアルバム「PINK」を中心に演奏。『Young Genius』『Soul Flight』『Illusion』辺りは印象が今でも強いです。レコードをまだ聞かずともそれ以上の演奏だろうなとひしと。ぐるり見渡しても、超絶な演奏は当時では想像絶しましたからね。


ボウイことBOØWY。前回のミュージックウェーブでレベッカがソフィスティケートされたガールズロックを示した事で台頭、そして1985年10月に『フレンズ』を発売した事で世間のロック熱が上がっていきます。それを経てのBOØWYのテレビお披露目。

まあ想像して見て下さい、年末大晦日12月31日夕方にいきなり、あのBOØWYがシャウトしては縦横無尽に暴れてるのです。初見でしかも予備知識無しの一般大衆に、そのストレートをお見舞いしてくれるかです。その衝撃故に冬休み空けの学校は、ロックとは何ぞやが禅問答の様に更に繰り広げられていきます。

今の様にネットニュースやyoutubeがネタバレの場と化し、新人ミュージシャンに衝撃受ける機会が逸してるので、この辺実に勿体ないなと思う次第です。

放映時のBOØWYの曲は今でこそ定番の『DREAMIN'』『IMAGE DOWN』『NO N.Y.』他にも数曲あったのですがうろ覚えです。初見であっても、もう完成されてるけど、もっと行けるだろうの疾走感が漂ってました。

そう、どのBOØWYも頂点だけど、個人的にはミュージックウェーブ85のBOØWYが一番好きです。




以上「ミュージックウェーブ85」思い出しながら書いていきましたが、改めてこのタイトル凄いなと思う訳で。そう”85”です。この当時、誰一人2000年代のことなど想像にしていないのです。宵越しの金は持たない的な躍動感、多分この先ないだろうなと思います。

また1985年は昭和60年です。今でこそ平成まではもうすぐだったのですが、これも当時の誰一人、いや識者は除きますね、昭和が永遠に続くものだと思っていました。何かしらの目に見えぬ転換点はやはり顕在化するものです。平成の次の新しい元号も早めに発表されると思いますが、平成って何を残したのかなとふと思います。特にBOØWYの躍動を見ると、平成とは昭和の遺産を如何に運用するかの時代だったのではと思います。

ですが油断は禁物、残りの平成の年月で全てを凌駕する凄いスターが誕生するかも知れませんね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー