女神界の秘密 カレン視点

 先生と暮らした寮にあるシェルター。

 広く空気の綺麗なここは、隠れているには絶好の場所でした。


「先生の資料を見る限り、女神界には何か秘密があるようです」


「女神界を管理する立場である女王神はそれを知っており、世界を管理しているのもその一因である可能性あり」


 とにかく資料を読み漁り、途中で自分たちの成長に必要な訓練や加護の伸ばし方まで見つけた。

 本当にこういうところはマメな人ですわ。


「能力の応用については参考になりました。トレーニングルームもありましたし」


「快適な空間ですわね。一度凝りだして止まらなくなったのでしょう」


「これ何のデータかしら?」


 サファイアが大画面モニターの横にあるスイッチをいじっていて何か見つけた。

 押してみると画面いっぱいに『パスワード』の文字。


「パスワード? プロテクトが掛かっていますね。無理矢理は開けません」


『この先は女神界と今までの異世界を探索をしてわかったことをまとめる』


「ボイスデータ? 先生の声ですね」


 画面から先生の声が聞こえる。

 おそらく前のように録音しておいたものでしょう。


『これは世界そのものの根幹に関わることだ。軽々には話せない。俺しか知らないパスワードか、駄女神三人組全員。無理なら誰か一人と……クラリスや美由希のように俺とかかわった女神を連れてこい。そしてこの端末に魔力を送れ。三人分だ』


「やってみましょう」


「ええ、今は手がかりが欲しいですわ」


 ためらいは無い。けれど同時に不安が芽生える。

 先生がここまで言うことは滅多にない。

 あの人は無敵。解決できない問題も無いから。

 悲観的になる必要がないはず。


『魔力を感知。さてどこから話すかな。まず世界誕生からか』


「……は?」


『まず世界は二つだった。根幹の世界と女神界だ。それ以外には異世界すら存在しなかった。どちらが先かは定かじゃないが、すべての世界の起点となった世界には、宇宙があり、空があり、星があって大地と海があった』


「なんか壮大な話になってきたわね」


『だがその世界には一切の生物がいなかった。女神界はその世界を触れてはならぬ、見守る世界として厳重に存在ごと隔離した』


「聞いたことがありませんね」


 これは女神界ですら知るものは極僅かでしょう。

 本当に上層部か、先生のような特別な人だけが知ること。

 そんな気がしますわ。


『そして女神界は起点世界に何かの可能性が秘められていることを知り、監視を続けた。いざという時に復元できるよう、データを取りながら』


「歴史の授業でも聞いたことないわね」


「大抵は世界は無数にある。という所からスタートしますからね」


『どんなきっかけか知らないが、やがて起点の世界にひとつ、平行世界が生まれた。そこには生物が生まれ、神が生まれた。あの世界はコピーするには基礎が全て揃っていて最適だったのだろう。平行世界は数個作られた』


「難しい話してるわねえ」


 正直一気に言われてもついていけませんわね。

 後でちゃんとまとめておきましょう。


『まあキャラクリできるゲームで、チュートリアルを終わらせてセーブしたデータとかそんな感じだよ。面倒を全カットできる』


「台無しですわ」


『ちなみに大抵の異世界の神々より女神が強いのは、これが由来だったりする。起点の世界を除けば、唯一の最上位世界だ。下位世界の物理法則や神の誕生より早く生まれた存在だから、インフレにリミッターがかけられていない。下位世界には縛られない。だから異常な速度で際限なく成長し続ける』


 意外な所で女神の秘密が明らかになりましたわね。

 本当にどういう経路で調べたのでしょう。気になりますわ。


『話を戻そう。起点世界の平行世界にあらゆる神々や生物が発生し、派生した世界が増え、さらに平行世界が生まれていった。だがそれが失敗だった』


 少し声のトーンが落ちた。

 あまり伝えたくないような、なにか葛藤している声ですわね。


『世界は二個でぎっちり詰まっていた。そうなるように作られていたんだ。起点世界が埋めていることで、女神界がどう膨らんでも問題ないように。イレギュラーな世界が生まれないような仕組み。二つで一つの構成だったんだ』


「そこがもうよくわかんないわね」


「今はおとなしく聞きましょう」


『世界と世界の狭間、空きスペースができてしまった。無理に世界が増えたせいでな。その結果、その隙間を埋めるための力と、世界をもとに戻すための力が生まれてしまった。不要な世界を消してでもな』


 完全に不穏な空気ですわ。

 もう嫌な予感しかしませんわよ。


『不要な世界を飲み込み、悪に染まった……バッドエンドの世界を喰らって大きくなり、さらに強くなって世界を飲み込む。全異世界が消え、起点の世界と女神界だけになるまで。そいつはそんなことを続ける『虚無』そのものだった』


「それが元凶ってこと?」


『そいつがあらゆる絶望も希望も飲み込む。世界が二つに戻るまで。不要な世界を消すために。だが希望は絶対に残る。やがて女神界は希望を見つけた。それが人間だ』


「ここで人間が生まれたのかしら?」


「かもしれませんね」


 異世界の多くには人間か、それに類する生物がいる。

 それは希望が消えないのと同じらしい。


『人間は弱い。だが進化を重ね、その魂には無限の可能性と奇跡を起こす力がある。そこで女神界は人間に加護を与え、世界を平和にすることを思いつく。応急処置としてな。これが勇者や加護、異世界転移・転生の始まりさ』


「初めて聞いたわこんなの……」


「これが公表されれば、いらぬ混乱を招く。そう考えたのかも知れませんね」


『不要な世界を食う敵がいる。なら話は簡単だ。ハッピーエンドにしちまえばいい。必要で、綺麗な終わりを迎え、平和が続く世界を作るんだ』


 それは今まで先生がやってきたこと。

 わたくしの担当世界も、先生によって救われた。


『俺も勇者として呼ばれ、旅を続け、あらゆる世界をハッピーエンドにし続けた。けど忘れないで欲しい。俺だけが世界を救えばいいってわけじゃない。すべての可能性を模索し、最良の結末になるように、人間の手で奇跡を起こす必要があるんだ』


 先生が言っていたこと。

 現地に勇者がいるなら強くしたい。

 その世界を救うのは本来その世界の人々だ。

 人間はもっと強くなれる。


『俺は嫌々異世界を救っていたわけじゃない。勇者になりたかったし、義務感とかそんなもんじゃない。純粋に楽しかった。冒険も、出会いも、全部俺の胸の中にある』


 先生の声から、本当に楽しかったのだろうと推察できる。

 冒険の話をする時の先生は、とても楽しそうだったから。


『そしてついに根源となる虚無を完全に消滅させた。長いこと共に異世界を巡り、最高と言えるパーティーと共にな』


「倒した? じゃあなんでこれ残したのかしら?」


『女神界は、新しい女王神はこれを知らないのだろう。急に平行世界を統合しては、次元の狭間が増える。似たような存在を作り出す可能性がある。何より人の可能性を阻害する。そこから堕落した世界が生まれる。ハッピーエンドの続編がバッドエンドになるのをイメージしろ』


 結局救ったようで救われていない世界。

 それは何もないのと同じ。次に何か起きた時の希望が養われていない。

 先生はそれを危惧していたようですわ。


『これを聞いている駄女神へ。虚無とは絶対に戦うな。あれは俺たちが戦った存在の中でも上位だ。はっきり言うが俺か勇者パーティー以外じゃまず勝負にならない』


 先生がここまで言う相手とはどんなものなのでしょう。

 戦う前から負けると決められるほどですか。


『当時の俺も百分の一くらい力を出さなきゃいけなかった』


「先生の……百分の一って……」


「間違いなく、全世界を消せるでしょうね。それが神のいる世界でも」


 かなり危険ですわね。

 前回ジンやイヴと戦った時でさえ、本気には程遠かった。

 それであの強さ。これは本当に世界の危機レベルですわ。


『これは相当まずいかも知れない。念の為、サファイア、ローズ、カレンの脳内にのみ、かつての勇者パーティーのデータを送る。本当の本当に最後の手段だ。そいつらの世界に逃げろ。あいつらなら楽勝だろ』


「勇者パーティー?」


「戦士と遊び人と……イヴかジンでしょうか?」


 脳内に異世界の座標とデータが流れ込んでくる。

 本格的に逃がそうとしている?


『忘れるな。自己犠牲や無謀な勇気は称賛されるものじゃない。逃げるのも手段だ』


 そこで警報が鳴り響く。

 この部屋にはそういう機能もあるのですわね。


『侵入者を確認。安全のためこの記録も抹消され、お前らの脳に記録を、アイテム欄にチップを入れておく。どうなるかわからんが、俺はお前たちの先生だ。無事を祈ってるぜ』


 そして次元に裂け目が現れ、女神が侵入してくる。

 この前美由希に倒されたのと同じ個体が複数いますわ。


「見つけたぞ、サファイア」


「うっげ、なんで増えるのよ」


「優秀な同一個体を量産すれば効率がいいからだ」


 なんというか情緒というものがない方々ですわね。


「先生のシェルターにどうやって入ってきたわけ?」


「苦労したよ。テレポートも力技も通用せず、加護も無効化してくれた。厄介な代物だった。だが女神に不可能はない」


 あちこちに空いた裂け目から、十人前後の武装女神が現れる。

 これはちょっと厳しいかもしれませんわね。


「さあ我々と来い。もう逃げ場はないぞ」


「お断りよ! あんたらぶっ飛ばしてここから出てやるわ!」


 とりあえず抵抗して、無理なら逃げ道を探しましょう。

 まず目の前に集中ですわ。

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