十傑の罠 龍一視点

 フランの一件から一週間以上の時が過ぎた。

 オレとフランは任務を受け、大勢の特忍学生のA・Bランクと一緒に、大規模テロを企ていると噂のある闇忍のアジトへ襲撃をかける。

 古い工場にカムフラージュしてあるが、それでも見つけ出すのが特忍だ。


「なんか勇太も創真達もいないって久しぶりだな」


「そうね。この短期間で随分仲良くなったわ。いないと寂しいくらいにね」


「任務が終わったら、またみんなで修行して、新しい術でも作るとするか」


「悪くないわね」


 そんな話をしていた。もちろん、どんな任務でも危険はつきまとう。

 けれど、オレもフランも強くなっていた。

 仲間もプロの中忍もいる。だから早く終わらせて、また修行に戻ろうとか考えていた。






「嘆かわしいな。学生とはいえ、特忍のレベルがこんなものとは」


 特忍は全滅した。

 中忍と新十傑のうち二人が待ち構えていたからだ。

 仲間が次々に倒れていき、オレとフランだけがかろうじて持ちこたえていた。

 この場にいるのはオレとフランと十傑二人。絶望的だな。


「あれが忘れ形見か」


 真超人、織部。

 薄紫の長髪に、一見細く見える体の男。

 身体能力だけで十傑に選ばれた闇忍。

 この黒い特殊プロテクターで覆われた男だけでも厄介なのに。


「間違いない。鍵としてほぼ完成しておる」


 賢者、蛇眼。

 白髪の老人だ。長い髭をはやし、あらゆる忍術を使いこなすスペシャリスト。

 蛇のような目と長い舌が薄気味悪い。

 どう見ても戦闘向きじゃない和服のくせに強い面倒なやつ。


「質の悪い中忍を連れてきてしまったと後悔したが、なるほど鍵がいれば倒せもするか」


「鍵ってなんのことだ?」


「知る必要はないわい。ただ儂らと共に来い、フランよ」


 狙いはフランか。フランが何かの鍵だってのは、勇太に聞いた。

 ならやることは一つ。オレが意地でもフランを守る。


「フラン、逃げられそうなら逃げろ」


「バカにしないで。この程度のピンチくらい乗り切ってみせるわ」


 救難信号は出した。状況報告なんて時間がなかったから、簡単なものだけれど。

 それでも上忍が複数来てくれたら、なんとか逃げ切れるかも知れない。

 今は少しでも時間を稼ぎたい。悔しいが勝てる気がしねえ。


「ならば絶望に染め上げるまで」


 織部が消えた。

 まだ呼吸も整っていないのによ。やるしかねえのか。


「スーパー旋風脚!!」


 真正面へと必殺蹴りを打ち込んでやった。

 こいつもかなり速いが、攻撃する瞬間だけを見切れば攻撃くらいはできる。

 勇太とのトレーニングが役立った。


「ぬるいな」


 それでも軽く右腕で防がれてしまう。

 あたっても倒せねえのは、さっきまでの戦闘で身に沁みたぜ。


「龍一から離れなさい!」


 フランが霊力を込めた弾丸でも、織部の肉体を傷つけることができない。

 見た目は薄いガードスーツなのに、闇忍の技術もあなどれないな。


「鍵はどうする?」


「痛めつけても良い。回復なら儂がしよう」


「させるか!」


 もう一発入れてやろうとした瞬間、捌ききれない拳打の嵐。

 急所を防ぐため、前に出した両腕が悲鳴を上げ、自慢の手甲が砕けていく。


「うっ、がっ!?」


「龍一!!」


「次はお前だ」


 織部の意識がオレから離れた。雑な連打なら腕を取るくらいできる。

 多少のダメージは覚悟の上で腕に組み付き、腕ひしぎの耐性へ。


「関節技など通用しない」


「だろうな。ダブル旋風脚!!」


 技を解こうとして力の入った腕を離し、顔面に両足で旋風脚を叩き込む。


「ぬうぅっ!?」


 顔だけはプロテクターがない。

 狙うとすればそこだけだった。直撃もした。

 遠くまでふっとばすこともできたが。


「油断が過ぎるのう」


「学生ごときと思ってなめていた」


 その顔に焦げ目すらついていない。

 やってらんねえ。これが学生とプロの差かよ。


「ゼクスと創真め、余程特忍の学園が楽しいとみえる」


「結構楽しく教師やってるぜ、あいつら」


 俺達が戦えているのは、ゼクスと創真のおかげだと思っているらしい。

 半分正解。もう半分は勇太だ。


「ならば思い知れ」


 音もなく織部が消え、腹部に気を失いそうになるほどの激痛が走った。


「う……あ……」


 乱暴に髪を捕まれ、天井近くまで投げられる。

 とにかく態勢を立て直そうとするが。


「これがプロとアマチュアの差だ」


 背中を踏みつけられた感触と、地面に叩きつけられる感覚が同時に襲う。

 声を出すこともできず、ただ意識だけを保とうと、襲い続ける激痛に耐える。

 まったく見えなかった。今までどんだけ手加減されてたんだよ。


「龍一!!」


「儂が相手をしよう。鍵の小娘」


 こちらへ駆け寄ろうとしたフランに立ち塞がる蛇眼。

 まずい。各個撃破されることだけは避けないと。


「どきなさい!!」


 火遁で作り上げた龍を放つ。あれはフランが得意とする術の一つ。


「ふぇっふぇっふぇ、ぬるいぬるい」


 火龍の数倍はあるだろうか。

 巨大な氷の龍をぶつけ、フランを追い込んでいく。

 蒸気が広大な室内へと広がっていった。


「今なら……」


 気配が増えた。フランが分身の術でこちらを助けようとしているのだ。

 でもオレがわかるということは。


「来るなフラン!!」


「遅いぞ小僧」


 視界が良好になるにつれ、見えてくる。

 分身をことごとく潰され、首を掴まれているフランの本体が。


「こんな小細工で闇忍をどうこうできると思うてか」


「くうぅ……はな……せ……」


 フランを助けに行こうにも、頭に乗せられた織部の足がびくともしない。


「手心を加え過ぎじゃ、小僧はまだ目に光がある」


 見抜かれましたか。そんじゃ悪あがきといきますかね。


「分身豪炎脚!!」


 分身の足に火遁をかけ、キックの威力と大爆発でダメージを与える技だ。

 どうせダメージはないだろう。だから保険として、地面にも打ち込んでおく。

 小さなクレーターができ、体を捻れば脱出はできる。


「くだらん真似を」


 オレはボロボロ。フランは捕まっている。なのにこいつらは元気ときた。

 さてどうすりゃいいもんかね。


「何故希望が潰えない。何故絶望の淵に沈まない」


「お前らよりずっと強えやつを知ってるからな」


 勇太を間近で見ている。ゼクスだって創真だっているんだ。

 こいつらごときでビビってたまるかよ。


「……報告にあった、妖怪狩りのAランクか」


「妖怪狩り?」


「名だたる妖怪を潰して回っているという小僧か。そやつのせいで計画を早めねばならん。迷惑千万だ」


「へっ、あいつならやりかねねえな」


 妖怪なんぞが勇太を殺せるとは思えない。

 ゼクスと創真が本気出しても息切れ一つ、汗一滴すらかかないバケモンだ。


「知り合いか」


「多分ダチだ。凄えんだぜ。オレはあいつに傷がついたところを見たことがねえ」


「どういう意味だ?」


「そのままだよ。闇忍十傑を相手して、かすり傷も、髪の毛一本焦げたところすら見ちゃいねえ」


「脅しのつもりならば、もっと現実味を持たせるべきだな。小僧」


 オレもそう思う。だが事実だ。勇太に勝てるやつなんて誰もいない。

 あいつみたいに強くはないが、目の前の仲間くらい救ってみせる。


「オレも腹くくったぜ。寄せ集めの偽十傑になんぞ負けてやるかってんだ」


「何も知らん小僧が。たった一人に負けた過去の十傑に、我らが劣るとでも言うのか?」


「ああそうだ。あんたらはあいつらより弱い」


「あいつら?」


「オレは甲賀出身だ。昔の十傑が潰そうとした甲賀のな」


「…………ほう」


 あんまり話したくねえ過去だが、四の五の言ってらんねえか。


「ハッタリだろう」


 こいつらの目的を予想した。これは勘だ。しかもガキの頃の記憶だ。

 正しいかもわからんが、なんとなくダブったので言ってみる。


「継承の義」


 今度こそはっきりと表情が変わった。

 忍者のくせに顔に出しやがって。


「まさか、手順を知っているのか?」


 手順か。ま~ったく知らんね。

 だがハッタリきかせてやるよ。これが最後になるかも知れねえしな。


「さあ、どうかな? そんなことより……フランは返してもらうぜ」


 いつも巻いているヒーローベルト。

 そのスイッチを入れると中心が輝きだし、オレの霊力を極限まで引き出してくれる。

 後はイメージだ。憧れたヒーローのように、かっこよくポーズを決めるだけ。

 大切な仲間を助けるために、高まれオレの魂。


「変……身っ!!」


 霊力が体中を駆け巡り、ベルトによって増幅されて鎧となる。

 白く輝く全身装甲は、さながら朝にやっている変身ヒーローだ。


「秘伝甲賀忍法・霊装術」


 極限まで高まった魂と、後先考えずにフル活用する霊力で紡ぐ究極霊装。

 まだベルトの補助がなきゃ五分と保たない最終奥義。

 甲賀のみんなが託してくれたオレの奥の手だ。


「待たせたなフラン」


 蛇眼の背後にまわり、フランを掴んでいる手を斬り裂く。

 霊装はそれ自体が鎧であり武器だ。手刀はどんな刀をも凌ぐ。


「ぐああぁぁぁ!?」


 蛇眼の叫び声を聞きながら、フランを抱きかかえて離れる。

 よかった。命に別状はない。


「龍一?」


「ああ、これがオレのヒーローフォームだ。立てるか?」


「ええ、大丈夫よ。ありがとう」


 まだ戦える余力も、オレに向ける笑顔も消えちゃいない。

 なら守って戦うだけだ。


「小賢しい真似を!」


「その姿になれば我らを超えられると? 図に乗るなよ」


「どうかな? やってみなくちゃわかんねえ!!」


 突っ込んでくる織部を真正面から迎え撃つ。


「見える!」


 お互いの右拳がぶつかり、血が吹き出したのは織部だった。


「馬鹿な!?」


「おおおぉぉぉらあああぁぁぁ!!」


 この姿はただそれだけで消耗する。

 ベルトがあっても長時間維持できない。

 霊装術が消えないうちに決着をつけてやる。


「押されているだと!? 闇忍の我が! こんなガキに!!」


 肉を潰し、骨を砕き、五臓六腑に響かせる。

 パワー・スピード・テクニックで上回っている今だけがチャンスだ。


「落ちろ! 倒れろ! ぶっ潰れろおおぉぉぉ!!」


 片足は砕いた。ハイキックの連打で脳を揺さぶることもできた。

 とどめを決める下準備は完了しつつある。


「ちっ、手を貸せ蛇眼!!」


「小僧相手に無様なものよ」


「行かせないわ。分身!!」


 フランの分身が壁となり、蛇眼が触れたものから爆発していく。


「ぬうぅ! くどいわ!!」


 ろくにダメージは与えていない。だが時間を稼いでくれたらいい。

 ほんの数秒だ。オレがこうして霊力を集中し。

 一筋の光となって悪を討つために。


「閃光爆砕脚!!」


 全霊を賭した必殺キックを当てる時間さえあれば。


「ぎ……ぎぎ……オアアアアァァァァ!!」


 ご自慢の黒いプロテクターを粉々に粉砕し、確かな手応えと共にアジトの遥か外まで蹴り砕く。

 一方の壁を丸々道連れにして夜空の星に変えた。

 これで戻ってくるならお手上げだ。


「はあ……はっ……はぁ……これが、ヒーローの意地だ」


 まだ終わっていない。次は蛇眼だ。

 痛みの走りつつある全身に鞭打って、フランの側まで駆けつける。


「待たせたな。結構善戦してるじゃねえか」


「あんたに負けてらんないもの」


 よし。いつものフランだ。怪我しているのは仕方がない。

 生きて帰れたらそれでいいさ。

 絶対に死なせない。オレがどうなろうとも、フランだけは。

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