十年前の真実 龍一視点

 霊装術の意地がきつい。さっさと蛇眼を倒し、フランと逃げよう。


「織部が負けるなど……闇忍が特忍に、学生なんぞに遅れを取るはずがない!」


「悪は不滅じゃない。オレが倒れても、創真もゼクスもエリゼも勇太もいる。この世界には、まだまだ知らねえ英雄が溢れている」


「認めん! 鍵の小娘だけでも頂くぞ!」


 斬られた腕から緑色の液体を吹き出し、新しい腕を作っている。

 悪の幹部らしい不気味な技だぜ。


「悪忍秘伝・七龍烈破!!」


 火・水・風など七種類の忍術を龍に変えて撃ち出す奥義か。


「掴まれ!」


 フランを左腕で抱えて飛ぶ。

 天井付近にワイヤーを引っ掛け、銃を構えるフランを見届けたら、もう一度足に霊力を満たす。


「無駄じゃ! どこまでも追い続けるぞ!」


 両手で結んだ印によって龍は操作されているのだろう。

 それを見抜き、次の印に入る僅かな時間。


「終わりよ。龍一じゃないけど、悪が栄えたためし無し。おとなしくお縄を頂戴しなさい!」


 蛇眼の両手の間に縦断を撃ち込んでいく。

 フランの正確無比な技術あってのことだ。


「ぬあぁっ!?」


 闇忍トップなら、銃弾では傷つかないだろう。

 だが指の間に挟まる銃弾は、確実に印を崩した。


「閃光爆砕脚!!」


 確実にあたっている。なのに、なんだこの手応えは。

 織部のように飛んでいく蛇眼からは、人の気配が感じられない。


「分身か!」


 気づくのが遅かった。龍すらも囮だったんだ。

 着地したオレの両腕を、氷の柱が封じてきた。


「龍一!?」


 オレのもとへと駆け寄るフランを、分厚い氷の壁が阻む。

 フランの銃弾でも破壊できない。それほどの術ということは。


「キヒヒヒヒヒヒヒ!!」


 気味の悪い爺さんの笑い声が、室内に響く。


「蛇眼!? どこだ!!」


 まずい、霊装が薄くなっていく。やっぱ必殺技二回は無茶したかな。

 やつの位置を特定して、消える前に倒さなければ。

 なのに膝まで氷の中へと埋まっていく。


「ここじゃよ」


 胸のあたりまで上って来ていた氷から、人間の手が生える。

 どうすることもできずに顔を掴まれ、霊力を流し込まれた。


「忍法・心深想起」


 その瞬間、世界が変わった。

 だだっ広い研究所のような場所から、懐かしい風景へと。


「ここは……甲賀の里?」


 オレの育った場所だ。忘れるはずがない。


「何よこれ……龍一!」


 フランが何もない場所に銃弾を打ち込み、弾かれている。

 オレも身動きがとれないままだ。

 どうやら風景を別の映像に差し替える術らしい。


「おぬしの心の奥底に眠る、継承の義の記憶を見せてもらうぞ」


 想像より遥かに最悪だな。


『やったー! 変身ベルトだ!!』


 ガキの頃のオレと両親がいる。

 日が沈み、我が家でパーティーが開かれていたあの日だ。

 一番色濃く残る思い出だからな。ああ覚えているよ。


「さあもっと思い出せ!」


 この日はオレの誕生日で、両親からの誕生日プレゼントで、今巻いているベルトを買ってもらったんだ。

 もちろん厳密には違う。あの日もらったのはオモチャで。

 今巻いているのは、それに似せた忍具だ。


「小憎らしいガキだ。幸せに浸りおって」


 霊力が吸い取られ、霊装も維持できない。

 声が出せず、意識が朦朧として、現実なのか夢なのか区別がつかなくなってきた。


「龍一! しっかりして!」


「喚くな。どうせもうここは使えぬ。一足早く学院へ行くがいい小娘」


 一瞬でフランが誰かに気絶させられ、連れて行かれる。

 必死に声を出そうとしても、脳みそは動いちゃくれない。

 もう今自分がどうなっているのかさえ曖昧だ。


「見えてきた見えてきた……キヒヒヒヒヒヒ」


 オレの誕生日に、里は襲撃された。

 突然里全体が結界に覆われ、現れたのは当時の十傑。


「キヒャヒャヒャヒャ!! この小僧、本当に十傑に出会っておったか!」


 よく覚えている。

 和服の侍みたいなやつや、ライオンの怪人みたいなやつまでいたからな。

 そんなふざけた連中に、里のみんなは殺されていった。


『贄は揃った。これより継承の儀を始める』


『父さん! 母さん!!』


 忌まわしい記憶が、ご丁寧に声付きで再生される。

 最後まで抵抗していた父さんも倒された。

 母さんはオレを逃がそうとして、やつらに見つかった。


『生き残りがいるぞ』


 何か怪しい儀式、こいつらは継承の儀と呼んでいたそれを進めていた連中だ。

 地面に霊力と血で陣が描かれている場所へと連れて行かれる。


『消し残しだ』


『どうするの? 儀式が始まるわ』


『構わん。贄は多い方がいい』


 怖かった。里のみんなが勝てないような悪が、オレを殺そうとしている。

 その事実と、何より死に直面したことで動けなかった。


『あなたは逃げなさい』


『……母さんはどうするの?』


『後から行くわ』


 こんなのはガキでもわかる嘘だ。

 それに気づいても、足がすくんで動けなかった。


『泣かせるね。だが逃げられると思っているのかい?』


 一方的だった。母さんも特忍だけど、十傑を複数相手にできるほどじゃない。

 里のように血に染まっていく母さんを見ていられず、下を向いて涙を流す。

 その目が、買ってもらったばかりのベルトを映す。

 その涙が、ヒーローの証であるベルトに落ちる。


『うあああぁぁぁ!!』


 自然と、母さんに背を向け、十傑の前に立っていた。


『駄目よ……逃げて……』


『いやだ! オレが母さんを守る!!』


 オレの大好きなヒーローは、家族を見捨てて逃げたりしない。

 変身できないことくらい、子供でもわかる。

 ベルトがオレに力を与えてくれたら。そう願いながら震える足で立っていた。


『陣が発動しない? そのガキだ。ガキの目に希望が見える。潰せ』


『オレが……オレが守るんだ!』


『やかましい! さっさと死にやがれ!!』


 大男に、たった一度蹴られただけで、オレの体は動かなくなった。

 ゴロゴロと転がり、血と土で体が汚れていく。


『うっ……母さんから……離れろ』


 目がかすみ、体のあちこちが燃えるように痛い。

 骨だって当然折れている。頭からも血が流れ、耳まで遠くなる。

 それでも、オレは母さんを死なせたくなかった。


『しぶといねえ。それとも、あんたがガキも殺せないほど弱いのかしら』


『んだとクソが! ガキのせいでなめられてたまるか!』


『母さんを……オレが……』


 ベルトが壊れたのか、衝撃でスイッチが入ったのか変身音が鳴る。

 これが鳴る時は、変身して悪い奴らを倒す時だ。


『ヒーローのつもりか。哀れな子ね。いもしないヒーローに憧れて、痛めつけられながら死んでいくなんて』


 オレは無力なガキのまま。変身なんてできやしない。

 助けてくれるヒーローもいない。

 自分の力の無さに涙が溢れて止まらなかった。


『いい顔だ。親子仲良く殺してやる』


 ただ少しでも母さんを守れたらと、敵に向かって一歩踏み出す。

 それでなにかが変わることもない。

 目の前まで来ている炎の渦を消す術もない。


『ごめん、母さん』




 そいつは突然現れた。




『なんだ?』


 目の前に立った誰かが、オレの代わりに炎を受けた。

 そして炎だけが消えた。起きたことはそれだけ。


『何奴……生き残りはいないはず』


「顔が見えんな。所詮は小僧の記憶か」


 あの日、オレを助けてくれた人。

 まだ七歳だったオレは、その人の顔を覚えていない。

 けれど、その頼もしい背中は、圧倒的な強さは覚えている。


『大丈夫……じゃなかったか。でももう大丈夫だ』


 敵に背を向け、オレの頭を優しく撫でる。

 体の痛みが消え、服も綺麗に戻っていた。


『母さんが……母さんが!!』


 まだ味方だと決まったわけでもないのに、その男に助けを求めていた。

 明かりが消えた深夜に、はっきりと見えない男の顔が、笑った気がして。


『安心しろ。もう誰も死なせない』


「ええい顔が見えねばつまらぬ。思い出せ。その記憶の深く奥底までも引き出してくれる」


 蛇眼の忍術のせいか、ぼんやりと、でも確実に輪郭が見えてくる。


『まあたヒーロー気取りかよ。わざわざ死にに来るたあ間抜けなやつだ』


『ヒーロー?』


 鳴り止まないオレのヒーローベルトを見て、うしろで傷ついた母を見て。


『この世界にはもう、世界を守る先輩がいたんだな』


 男はそう言った。

 しゃがみこんでオレの顔をまっすぐ見ている。

 まだ顔はよく見えない。涙が止まらなかったから。


『先輩の名前を聞いておこう』


『……光一郎』


『よし、じゃあ光一郎先輩。よくやった。お前の勝ちだ』


『オレの……?』


『そう、ヒーローってのは、悪党ぶっ倒すだけじゃない』


 こんなにボロボロになったのに、誰も倒せていないのに。

 それでもオレの勝ちだと言ってくれた。


『光一郎、お前が自分の命をかけて時間を稼いだから、お前の母さんは死ななかった。お前も生きている。俺だって間に合った』


 なんとなく、心が理解し始めていた。この人が何を言いたいのか。


『お前はもう、母ちゃんにとってのヒーローなのさ』


 絶望に染まっていたオレの心を、はっきりと光が照らした。

 それはヒーローを目指す切っ掛け。オレにヒーローとはなんなのか、その答えを示してくれた。


『偉そうな講釈垂れてくれるじゃねえか、ヒーロー気取り。お前、甲賀の忍じゃねえな?』


『俺は忍者でもないし、ヒーローともちょっと違う』


『ならば、ならばお前は何なのだ!!』


 今度こそはっきりと見えた。

 オレを、母さんを助けてくれた男の顔が。


『勇者だよ』


「勇……太……?」


 そこには、今と変わらない勇太がいた。


「これが十傑を倒した男の顔か。とても強そうには見えんのう」


 今見ると確かにそうだ。なにせ普通の私服なのだから。

 武器も防具もない。本当にふらりとやってきた一般人のようだ。


『こいつ……なんで倒れない! 忍術は使えないようにしているはず!』


『悪い。こっちの忍術は知らん』


 そんな一般人に、闇忍最強と言われる集団が、敵わない。

 パンチ一発で木の葉のように舞い上がり。


『まさか、こいつが予言の男……ふざけるなよ! こんなわけのわからん男に負けてたまるかああぁぁ!!』


『諦めろ。誰一人許す気も、逃がす気もない』


 ただのキックで分厚い装甲も、自慢の武器も、その道を極めた者にしか使えない忍術も、粉々に打ち砕かれていく。


『これが、この世界の最強か……』


 十分にも満たない時間で、闇忍十傑は全滅した。

 そして儀式が行われていた場所を調べている勇太。


『ん……こりゃ根が深いな。この魔方陣っぽいのは消して、発動しないように……』


 里も元通り綺麗になっている。これも勇太の力なのだろう。


『光一郎、悪いけど時間戻すぞ』


『どういうこと?』


『あいつらのやってた儀式ってのが面倒なやつでな。それに殺されたみんなを生き返らせても、辛い記憶が残っちまう。だから十傑だっけ? あいつらが来る前まで時間戻して、襲撃前にぶっ飛ばす』


『そんなことができるの?』


『ああ、みんな怖い思いをした。だからそれを全部無くしちまう』


 辛い記憶なんて忘れてしまった方がいい。それはわかる。

 けれど、辛くても忘れたくなかった。


『ならオレの記憶だけは残して。覚えていたいんだ。この悔しさも、助けてくれた勇者のことも。オレが本当のヒーローになるために!』


『……わかった。またいつか会おうぜ、光一郎』


 そして時間は巻き戻る。里のみんなは知らない。

 オレが出会った勇者のことを。襲われるはずだった前日に戻ったから。

 縛られて能力を失い気絶している十傑が、警視庁の前に放置されていたらしい。


「悪い、勇太……ずっと忘れてて……」


 術が解けたのか、風景が戻り始め、オレの意識も回復してきた。


「これで継承の義の方法がわかったぞ! ようやくたどり着いた!」


「……知らなかったのか?」


「やり方を調べてこい。それが学院長の命令よ」


 女の声だ。聞いたことのない、大人の女の声。

 氷の壁が消え、フランとともに歩いてくるそいつは確か。


「なんじゃ香蘭、こちらに来るとは聞いておらぬぞ」


 闇忍新十傑の香蘭だ。水色の紫の長い髪で、赤と黒の忍装束。

 三十代後半くらいの見た目だ。確か特忍のリストにも乗っていた。


「耄碌したのかしら蛇眼。ここはもう闇忍学院の奥よ」


 さっきまでとは外の風景が違う。

 暗雲に覆われた空。不毛の大地。地面が遥か下だ。

 雲が近い。相当高い場所に転移したな。


「お得意の空間転移術か。それで儀式を台無しにしておらんじゃろうな」


「ご心配なく。鍵もちゃんと無傷よ」


 フランの目に生気がない。一言も発せず、ただ香蘭の横にいる。


「フラ……ン……」


 最悪だ。さっきまでの場所とは違う。

 闇忍のアジトど真ん中じゃあ、助けも来ない。


「蛇眼、そのまま坊やを押さえつけていなさい」


「貴様に指図されるまでもない。このまま凍死してもらおうかのう」


「そうそう、そのままよ……」


 香蘭は懐から出した巻物を、蛇眼の頭に突き刺した。


「な……貴様香蘭!」


「そのまま、ワタシの手駒となりなさい」


「儂は学院長の命令で動いておる! これは重大な裏切り行為じゃ!」


「安心なさい。今の学院長はワタシだもの」


 何が起こっているのかわからない。

 全身を氷が支配している今は、ただ成り行きを見守ることしかできなかった。


「最後に教えてあげるわ蛇眼。本物の学院長は、ワタシの母は、正体を隠して十傑と学院長を兼任していたの」


「まさか……」


「そう、今はただの無能力者よ。あまりにも惨めだから殺してあげたわ」


「おのれ! 始めから貴様の猿芝居か!!」


 氷の束縛を外し、凄まじい霊力の波動を撃ち出す蛇眼。

 爆風がオレまで吹き飛ばそうと襲ってくる。

 なんとか伏せて耐えていると、香蘭の上機嫌な声が響く。


「分かる範囲まで儀式を実行して、鍵の反応を見つつ失伝した儀式の内容を探る。妙な任務だとは思わなかったかしら?」


「許さん! 貴様だけでも道連れにしてくれるわ!!」


 体から妖気を漂わせ、香蘭へと突撃していく。

 それを阻んだのは。


「織部。やっておしまい」


 紫色の肌を持ち、頭に大きな角を持つ妖怪。

 その胸には、織部の顔があった。


「貴様織部までも!!」


「どうせ死んでいたわ。ならばあなたと同じ妖怪にしてあげるの。そうすればワタシのために生きられる」


「おのれ……おのれええええぇぇぇぇ!!」


 蛇眼すらも、織部と同じ妖怪へと変わっていった。


「その巻物……確かフランと勇太が確保した……妖怪を生み出すもんだったはず」


「巻物は霊力と妖気を吸収し、人間を妖怪に変える。でもあまりに力が強すぎて、溢れ出た余波からも妖怪が生まれる。ザコ妖怪が増えるのは、ただの副産物なのよ」


「そうかい。それじゃあこれ以上増えないうちに終わらせようか」


 残り少ない霊力を振り絞り、なんとか霊装術を整えた。

 残り数分だな。意識が保てるかわからんくらいの激痛が集中を乱す。


「無駄よ。継承の儀は間もなく終わる。新しい体が手に入るのよ」


 儀式だかなんだか知らないが、フランを連れて逃げればいいだけだ。


「逃げ帰ればどうにかなると思っているでしょう。無駄よ。今頃学園でも妖怪が暴れているはず。上忍の体を奪ってね」


「なっ……学園に何をした!!」


「学園に巻物を回収させたのは何のためかしら? あの船以外からも、大量に奪っていったはずよねえ。危険だから、封印しなきゃって」


「始めから特忍に回収させ、学園をまるごと妖怪の巣に変えるつもりだったのか」


 それでも学園が全滅するとは思っていない。

 口論の時間も惜しい。全霊の火炎蹴りを飛ばす。


「爆炎烈空脚!!」


 香蘭に当たる直前、自慢の術は姿を消し。


「うがああぁぁ!?」


 オレの背中へと直撃した。

 霊装越しでも衝撃と熱さが伝わる。


「無駄よ無駄」


「なら直接殴る!!」


 この程度の痛みで悶えている場合じゃない。

 香蘭に近づき、目くらましの閃光を放ってフランを小脇に抱える。


「ふん、小細工を……」


「フラン! 目を覚ませ!!」


 壁の穴から抜け出せるはず。とにかく遠くへ行く。


「あらおかえりなさい」


 なぜか目の前には香蘭。部屋の中央にいるオレ。フランは香蘭の横。


「ワタシの得意忍術は時空間操作。もう逃げ場なんてないのよ」


 目の前に妖怪となった織部の拳だけが現れた。

 咄嗟の回避が間に合わず、壁際まで吹き飛ばされる。

 口から空気と血が吐き出され、呼吸もままならない。


「そのままなぶり殺しなさい」


 織部と蛇眼だったものが繰り出す拳は、どこから来るのかわからない。

 空間をいじっているのだろう。とてつもない速さだ。

 霊装術を使っているオレですらまったく見えない。


「うあああぁぁぁ!?」


 ただ殴られるだけだ。防御すら許してくれない。


「さあ、ワタシの新しい体よ。代々十傑の秘伝を引き継ぐための依代よ。今こそその身を明け渡しなさい」


 香蘭の霊力が、いや魂がフランと重なっていく。


「フラン……逃げてくれフラン!!」


 オレはどうせ助からない。ならせめて、フランだけは、仲間だけは。


「ウオオオオォォォォ!!」


 最後の、オレの人生最後の一撃だ。

 この場が儀式に使われているのなら、床と壁だけでもぶっ壊す。


「あばよフラン。お前だけでも生きてくれ。お前と、勇太と、エリゼと、みんなで過ごした毎日は、楽しかったぜ」


 両腕に集めた霊力を床に叩きつける。

 部屋が震え、床を半分ほど破壊して、崩れかけていた壁から霊波が飛んでいった。


「りゅう……いち……」


 フランの目に、わずかに光が戻った。

 まだ希望は残っている。それだけでもわかればいい。

 安心には遠いが、それでも……あいつらがいれば大丈夫だろう。


「フラン、どうか、生きて……」


 意識が遠のく。この歳で死ぬことになるとはな。

 仰向けに倒れ、薄れゆくオレの意識を目覚めさせるように、世界が大きく揺れた。


「何? 何があったの?」


『香蘭様。侵入者です』


 部屋の隅に設置されている通信機から声がする。


「無粋な……侵入者はどこ? 数は?」


『正門です。数は1』


「適当な上忍と妖怪を向かわせなさい」


『全滅しました』


 しばしの沈黙。その間にも、世界は不規則に揺れ続ける。


「……なんですって?」


『正門に回した妖怪は全滅。上忍も倒され続けています』


「モニターに映しなさい」


 部屋に大きなモニターが現れた。これも空間忍術なのだろう。

 画面に映るは、オレもよく知る男。

 堂々と正面から闇忍本部に乗り込んで、襲いかかる全てを吹き飛ばす。

 散歩でもしているかのように、虫を振り払うように。


「残っている大妖怪をすべてぶつけなさい」


『それが……』


 巨大な妖怪が為す術もなく、軽く振られた右腕によって、この世から消えていた。

 そんな事ができる男はただ一人。


『今ので最後です』


「馬鹿な……」


 その一撃で雲が消え、全身を月明かりが照らす。


「予言の男……」


 まったく、来るのが遅いんだよ。


「悪い、あとは任せるぜ……勇太」


 希望は、確かに繋げたぜ。

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