勇者の心構えとアフターサービス

 リリカがやってきて三日。

 修行も順調に進み、必殺技も一緒に考えてやった。

 やっぱりこいつ素質あるなあ。


「はい二十分経過。休憩だよお二人さん」


「ありがとうございました」


「おう、今のはいい感じだったぞ」


 二十分くらいなら耐えられるようになってきたな。

 息も荒いし汗だくだが、スタミナも増している。


「リリカ君も強くなってきているじゃないか」


「ありがとうございます。でもヘスティアさんやリーゼさんに比べたら全然ですよ」


「一応女神だからね。簡単に負けてはあげないよ」


 ヘスティアやリーゼとも仲良くなったようだ。


「わたしも女神様みたいな魔法とか、凄い力も使えませんか?」


「ふむ、先生。戦闘技術だけじゃなく、異能でも教えてあげたらどうだい?」


「面倒な……じゃあちょいとタブーだが、第四の壁ってやつを認識したり突破する方法を……」


「お待たせしました。今日のおやつはスイカです」


 リーゼが麦茶とスイカ持って出てきた。

 この場所は季節とか関係ないので、いつでもこういうものが食える。

 異能は何を教えるか一旦保留。スイカ食ってから検討しよう。


「サンキューリーゼ」


「いただきます。夏以外でスイカ食べるの初めてです。そういえば、わたしの世界って今冬なんですけど」


「そっちの世界は調べた。時間の流れが違うから問題ない。修行終わるまでここにいていい。あっちじゃ五分経ってないはずだ」


「駄目なら先生が時間を戻すよ」


「そういうこと」


 それほど難しい技術じゃない。昔女神に教わったこともあるし。

 わりかし普及している技術だと思う。


「ついでに思いついた。リーゼ、加護を与える練習してみよう。リリカで」


「加護?」


「特殊能力をくれると思え」


 無理に引き出され続け、生まれつき安定しない加護の力が乱れている。

 これは実践させていくしかない。だからこそいいのだ。


「リーゼは力が安定していないよ。だからどんな加護が出るかわからない」


「そうですよ。まだ私は加護を与えられるほど……」


「いけるさ。なんかあれば俺が加護を消してやる」


「一応女神の加護なんですが……」


「俺が何回加護を受けてきたと思っている。ちゃんと解析してあるよ」


「だからそれが異常なんだよ先生」


 そんなもん慣れである。

 リリカは少しだけ思いつめるような顔になり、何かに縋るように尋ねてきた。


「それがあれば……みんなを助けられますか?」


 リリカの世界は謎の化物の出現により、危機にさらされている。

 そんな中でフォトンに目覚めた人間が、それを支援する組織と一緒に秘密裏に戦う世界らしい。


「わたしを守って傷つく勇者がいて、足手まといにしかならなくて」


 誰だって初めは弱いもんだ。だが目覚めてしまった力と、誰かの命が散っていくことに耐えられないのだろう。まだ高校生らしい。無理もないか。


「せめて誰かに笑っていて欲しい。弱い力でも、消えていく命を守りたいと思ったんです。でも仲間に、戦場に笑顔なんていらない。へらへらしながら弱いくせに戦場にいるなって言われて」


 誰かの笑顔を守るものが、笑っちゃいけないってのも変だと思うがね。

 戦いを真面目に捉えようとして、意識だけ空回るタイプだなそいつ。


「先生なんか笑いながら面白そうって敵陣に突っ込んだりしていたのにねえ」


「やかましい。悪の軍団討伐はロマンでお仕事だからセーフ」


「それでも、わたし一人の命で世界が救われるなら……わたしは勇者になるって決めたんです。だから……」


「寿命が削れようが、その力に飲み込まれて人じゃなくなろうが構わないってか?」


「どうしてそれを!?」


 やはりな。戦闘中に妙な感覚がした。嫌な気配だ。

 人体に負荷がかかりすぎている。

 ヘスティアに、ちょいとリリカの世界を探ってもらったら案の定よ。

 まあ色々出てくるわ。相当不安定だな。


「おそらく人間を別のものに変えているのか。敵に対抗するための代償ってところだろうな」


「どんな代償があるかも完全に解明できていない。そんなものを使わせるくらいに切羽詰まっているというわけだね。物騒な世界もあったものだよ」


「それが気に入らん。力なんて代償無しで使えていいんだよ。所詮能力なんて道具だ。デメリットがあって苦労するのは欠陥品と言うんだよ」


 リリカがここまで思い詰め、戦うことを選択しなければいけない。

 フォトンの導きってやつがないと戦えないから。

 だが勇者なんて強制されてやるものじゃないだろう。


「いいんです。わたしが頑張れば……誰かが救われる。それが嬉しいから。だから……わたしが傷つくだけでいいなら」


「自己犠牲はハッピーエンドじゃないぞ」


「でも……」


「勇者が犠牲になって作られる世界なんてのは間違ってんだよ」


 勇者は世界を救うもの。しかし、平和の維持は勇者以外にもできる。

 決して人柱ではない。しょうがない犠牲でもない。


「勇者が犠牲になったら、仲間は幸せじゃない。妥協の平和だというのが先生の持論なのさ」


「妥協……ですか」


「リリカは仲間がいるんだろ?」


「はい。一緒に戦う勇者のみんながいます」


「ならそいつらが悲しむ。だから死んじゃいけない。好きに戦って、好きな戦場で死ぬってのはな、俺みたいにひとりで勇者続けているやつの特権なの」


 待っている人間や大切な仲間がいるやつは、生きて天寿をまっとうすることこそが使命である。

 世界の平和なんざその世界全体で考えることだろう。


「一応私もいるんだけれどねえ……まあ先生は出会った頃から無敵だったし、どうせ死なないからいいか」


「勇者様はお強いのですし、リリカさんの世界に行って救ってあげるというのは無理なのですか?」


「俺はその世界の勇者じゃない。その世界にずっといるわけでもない。それにまだ詰みじゃないだろ」


「詰み……ですか?」


 リーゼの疑問もわかる。だがリリカの世界には勇者がいるんだ。

 そいつが強くなるきっかけを消したくはない。


「リーゼの世界はもうどうしようもなかった。先生じゃなきゃ解決できない詰みに入った世界だったろう? ああいう世界には先生が直接行く。そうしなければ勝てないから」


「最終的な解決は現地の勇者にやらせたいんだよ。リリカならできそうだし」


 俺にできるのだから、同じ勇者の称号を持つものならできるはず。

 そこから強いやつや、その世界を守る存在が出て欲しい。


「大丈夫です。必ずわたしの世界は守ってみせます。みんなで!」


「おう、そんじゃリーゼの加護もやっていこう」


「勇者様。私の加護を使うということはもしかして」


「ああ、ちょっとな」


 真実を本人に言うかどうか迷う。希望を失われても困るし。

 だがこのままだと確実に誰かが死ぬ。


「リリカの世界を調べた感じ、そのメテオだっけ? そいつらには勝てるだろう。けれど死人が出る」


 宇宙でもない。雲の下でもない。そんな宇宙と空の狭間の雲の上。

 そこから突如飛来し、ゆっくりと降り立っては人類を殺す、鉱物と液体の中間的存在。

 だからその敵の名はメテオ。フォトンで滅ぼすしかない人類の脅威。


「確定ではないよ。ただちょーっとめんどくさそうでね。先生と相談して、保険をかけることにしたんだ」


「リーゼの修行にもなるし。体質改善か向上に繋がって欲しいなーと」


 リーゼの体を調べた結果。魔力を不安定にさせ、超強力な加護を引き当てることができるように体質改善を施されていた。

 ちょいと複雑なんで、本人の回復を優先させていたが。


「まあガチャみたいな体質なんだ」


「急に俗っぽくなったねえ」


「うーん……女神様の加護か……強くはなれそうだけど……迷いますね」


 まったく未知の力だからな。そりゃ不安が勝つだろう。

 嫌なら俺がさらに強くするだけだ。修行で強くなる方法だってある。


「私も先生も強制はしない。引けばSレア出るかもしれない女神ガチャだ」


「安全だけは保証するぜ」


「やります。誰も死んで欲しくないから。お願いしますリーゼさん!」


 そんなわけでリーゼの加護も付与することになった。

 これで下準備は終わり。世界の命運を託そう。


「こんなに簡単に加護とか貰っちゃっていいんでしょうか」


「いいんだよ。勇者だからな」


「答えになっていないような……」


「勇者は強くないとな。敵が倒せないだろ」


 人類の危機だ。そのへんは目をつぶってもらおうじゃないか。


「敵からすれば突然超パワーアップするからねえ。たまったもんじゃないだろう。ふっふっふ」


「中々に理不尽ですよねえ」


「勇者ってのはな、魔王とか邪神とか、そういう警察や騎士団じゃどうにもできない理不尽を叩き潰すためにいる。だからこの世で一番理不尽じゃないと駄目なんだよ」


 納得いかない破滅の運命とか、絶望の未来を無理やりねじ伏せるんだ。

 なら存在そのものが理屈なんぞ無視できるほど強くなければならない。


「と、理不尽の塊である先生が言っているわけだよ」


「なんという説得力。どうやったらそんなに強くなれるんですか?」


「普通に異世界に召喚されて、女神に加護貰ったり、冒険したり、魔王や邪神を倒したり、あとは……」


「普通の部分一個もないですよ?」


「やっぱり実戦だな。あと修行とかしろ。それで大抵なんとかなるから」


 実際戦闘というものは嫌でも全身の筋肉を使う。

 そこに冒険とかの環境が変わることが重なれば、自動的に鍛えられていく。

 勇者というのはそういうもんだと思うよ。


「精進あるのみですね!」


「そうだな。次はもうちょっと厳しくしてみるか」


「手加減ミスって殺さないようにね」


 そして修行は続き、ついにリリカが元の世界に帰ることになった。


「本当にありがとうございました!」


 今のリリカに出来る限り稽古をつけた。

 あと数年したら化けるだろうが、それでは遅すぎる。

 あっちの世界からすれば数分なので、いきなり成長している姿にもできない。


「忘れていた。これ持ってけ」


 一枚のカードを渡す。もしもの保険だ。


「なんですこのカード?」


「この部屋への直通パスで、俺にも繋がる。使用は一回限りだ。マジで救えそうにない世界で、お前が死んでも滅びるしか無い場合に発動する」


「限定的ですね」


「言ったろ。その世界は現地の勇者が救うべき。俺はずっとその世界にいるわけじゃない」


「はい。頑張ります!」


 この先、リリカにはとてつもない困難が待ち受けている。

 だがそれを乗り越えるだけの力が、絆があると信じたい。


「危なくなったら逃げるのも手だからね」


「御武運、お祈りしていますね」


「行ってきます! ありがとうございました!!」


「おう、行ってこい!!」


 笑顔で店を後にしていった。

 ああいうまっすぐな子に死んでほしくはない。


「頑張れよリリカ」


 きっと世界は救われる。まず訓練をしてやった俺が信じてやらないとな。

 やらなきゃならんこともできちまったし、俺は俺で動くとするか。

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