先生の消えた家 カレン視点

 先生がいなくなった。どこへ行ったのかもわからない。

 学校から出ようとしても、半透明で青色の結界が邪魔をする。


「わたくしの無効化能力でもだめでしたわ」


「それだけではどうにもならんさ」


 何をやってもダメでした。どうやっても結界が消えない。


「無効化しているのですよ? なぜ消えないのですか?」


「それほど強い結界なのデス。センセーの術を理屈で壊せりゃ世話ないデスよ」


 全員納得した。なんというか、本当にあの人は人間なのか不安になりますわ。


「結界を全力で壊そうとしつつトレーニングも続けてもう三日。加護発生・強化装置により技も多彩にはなりましたが、まだ届きませんか」


 実力に応じて加護をくれる装置が置いてありました。

 本当にいつの間に作ったのでしょうか。


「イヴかその弟子がそれほど強者ということでしょうね」


 結界に手を触れると、青く光る半透明なそれは、驚くほど薄く見える。


「先生のことだ。何か仕掛けがあるのかもしれない」


「紙みたいにうっすーいのに?」


「解除方法があるのでしょう」


 ローズから意外な言葉が出た。この壁、魔力すらほぼ感じない。

 なのに、ローズは何を感じ取ったのでしょう。


「全員の力技で壊れないということは、謎解き要素があるのでは?」


「一理あるな」


「ここからは記憶の勝負です。クラリス、美由希、カレン。先生と長く接し、性格に触れているのはあなた達です。こういう時、先生ならどういう魔法を使うか、それを考えましょう」


「なるほど……名案ですわ」


「センセーと……センセーならどうするか……」


 あの人のことだ。どうせ意地悪で、でも絶対に解けないような問題じゃない。

 そういう人だって、心が理解している。


「ただ薄いわけではありません。先生の意図を汲むのです」


「んー……」


 結界に触って精神を集中。ダメだ。

 一見魔力の魔の字もなさそうなほど弱々しいのに、少し探るととてつもなく深い。

 魔力の海を目標もなく漂う感じですわね。


「楽しそうなことをしているわね、クラリス」


「リュカ!?」


 いつか見た緑髪、リュカさん。クラリスさんのお友達だったはず。

 真っ黒なローブを着たお供を沢山連れていますわね。


「ふーん……これが結界? 凄く薄いように見えるわね」


「なら壊してみせろ」


 リュカが軽く結界に触れる。

 しばらく魔力を流したり、性質を見極めようとしていたけれど、やがて諦めたのか手を離した。


「無理ね……女神でも壊せないわ。既存の魔法じゃない。なにこれ……中に空洞がある?」


「ああ、やっぱりあるわよね」


「聞いていませんよ? 説明してくださいサファイア」


 サファイアは説明が苦手なのがたまにキズですわ。

 感覚頼りだからでしょうか。要改善ですわね。


「極薄の結界の中に空間があるの。物凄く薄いサンドイッチみたいな感じ」


「どうやら貴女以外は見抜けなかったみたいねえ。やっぱりこちらに来ない? サファイアさん」


「お断り。あなたどう見ても先生より弱そうだもん」


 どうも裏がありそうな、嫌な予感がしている。

 サファイアに拘る理由がわからない。


「先生……あの勇者? 確かにちょっとは強いみたいだけれど、武人が纏う覇気のようなものすら感じなかったわ」


「当然だ。敵のいない先生が、そんなものを放つ理由がない」


「よくわからないわねえ」


「説明しても理解できんさ。さっさと帰るがいい」


「こっちもサファイアさんを引き入れるか殺すまで帰れないのよ」


 仲間にならなければ殺すと言われている。

 そう言われると反発したくなるものですわ。


「それはイヴという女神の差し金か?」


「知らないわね。結界を開け……なに!?」


 突然結界の中にあった空洞が増し、地面の裂け目から新しい地面が生まれた。


「なに? なんなのこれ?」


「世界に切れ目を入れて、無理矢理土地を増やしたのデスね」


「はあ!? ここ女神界よ!?」


「先生に不可能はない」


 結界の中にできた大地には、中央に石造りの巨大な舞台が現れる。

 格闘技大会とかで使うあれでしょう。先生の考えそうなことだ。


『この結界から出たければ、刺客に勝って大切なものを手に入れろ。それが俺からの特別授業だ。繰り返す……』


 先生の声だ。通信じゃない。同じことしか言わないし、録音機能でしょう。


「結界に録音しておいたのでしょうね。原理はわかりませんが」


 あの人は魔法と科学の区別なんて付ける必要が無いのだろう。

 なんせ先生ですもの。これもきっと、予想していたことの一つ。


「面白いわね。つまりこいつらを倒せばいいんでしょ?」


「勇魔救神拳は無敵よ」


「試してみればいいのですわ。生兵法は怪我の元。付け焼き刃の戦闘術では勝てませんわよ」


 伊達に先生に教えを受けていたわけではない。やれるはず。

 ここで止まっていたら、先生が帰ってくるまでが無駄になる。


「そうね、かかってらっしゃい!」


『戦闘はタッグマッチだ。駄女神三人を必ず一人入れろ』


「本当に授業に使うつもりね」


 まずわたくしとクラリスがリングに上がる。

 クラリスはリュカの知り合い。つまり、対策を練ることができるはず。


「聞いておこうかしら。どうして付け焼き刃だと?」


「センセーの集大成が、女神にほいほい扱えるわけがないのデス!」


「イヴから技をいくつか伝授された程度のはず」


 ちょっと眉が動く。図星のようだ。なら勝機はある。


「アンリ、おいで」


「はっ」


「貴女は……センセーを襲った女神!」


 金髪ドリルの女神だ。お嬢様のような気品に、危険な怪しさを携えている。


「他はアンリになりなさい」


 指示の意味がわからないわたくし達。

 敵の全女神がアンリに取り込まれて消えていった。


「何よ……今何をしたの!」


「女神を取り込んだだけよ。ただそれだけ。さあ、最初に死にたい子からかかっていらっしゃいな」


 危険だ。躊躇がない。命を差し出すことにも、女神を殺すことにも。


「全てを切り伏せるだけだ。女神クラリス、参る!」


「女神カレン、参りますわ!」


 アンリとわたくし。クラリスとリュカが舞台中央で激突する。


「いいわ……やっぱり殺し合いは好きよ。自分の力が上がっていくのを感じるもの」


「女神は世界の規範となるべき存在ですわ。それが殺しを楽しむなど!」


「甘いのね……烈空炎舞!」


 大小様々な炎が無数に舞い散り、迫り来る。


「無駄ですわ!」


 魔力を両腕から放射。溢れ出す光によって、禍々しい炎は消えた。


「へえ……やるじゃない。それが無効化能力?」


「こちらを調べているのですか」


「敵を知らずに闘うほど、お馬鹿さんじゃないわ」


 余裕の笑みを崩さない。おそらく隠し玉がある。

 先生を殺すと言い切る集団だ。それなりに実力者なのでしょう。


「アハハハハ! いいわ、この体なら! クラリスにも勝てる!」


 クラリスとリュカの戦いは、先生を除けば圧倒的だった。

 尋常じゃないパワーとスピードで、舞台に暴風を巻き起こし、衝撃が結界内を暴れまわる。

 その動きは光速に届きそうだ。


「そううまくいくとは思わんことだ!」


 一瞬の隙をついて関節を取り、そのまま投げに向かうクラリス。


「ざーんねん。貴女はもう、ナンバーワン武神ではないのよ」


 無理矢理パワーだけで跳ね返し、逆にクラリスを舞台に叩きつける。


「なっ……がはっ!?」


「この日を待ちわびたわ。今日が貴女の命日よ、クラリス」


 わたくし達の中でもダントツで強いクラリスが、基礎能力で負けている。

 それは言葉にしなくとも、全員に動揺を伝えていた。


「クラリス!」


「よそ見をしていていいのかしら?」


 アンリの飛び蹴りを察知し、素早く腕を交差させて防御に入る。

 完全に止めたはずの攻撃は腕をすり抜け、まともに食らって吹っ飛ばされた。


「うっ……なんですの? 確実に防御したはず……」


 一撃が重い。あまり連続では喰らいたくないですわね。


「そう、なら試してみなさいな。烈空炎舞!」


「無駄だと言ったはずですわ!」


 無効化の光は発動した。したのに、炎が消えない。


「避けてカレン!!」


 無意識に体が動いて上空へ。かなりの高さまで飛んだのに、突然景色が変わる。


「きゃああぁぁぁ!?」


 なぜか舞台の上で炎に包まれていた。

 なんの予備動作もなく、体を焼かれる痛みが襲う。


「どういうことでデス!? なぜカレンが地上に!?」


「瞬間移動? 転移魔法でしょうか?」


 なにもかもがわからない。アンリは何をしているのか。


「私を駄女神と同列に扱わないことね」


「無効化を……」


「無駄よ。このまま死になさい」


 アンリの猛攻は続く。体術もかなりのレベルだ。

 炎の中でも防御しているはずなのに、全てが無駄になる。


「がっかりね。これが勇者の生徒? こんなもの……イヴ様が恐れるほどではないわ」


「まだ……ですわ!!」


 猛攻の中、アンリの右腕を掴んだ。これなら直接無効化が効くはず。


「この炎の中でも、あなたは服すら燃えていない。なにかあるのでしょう。ならばせめて、その秘密だけでも……」


「小賢しい子。嫌いよ」


 左腕の魔力が刃となり、こちらを貫こうと迫る。


「このっ!」


 残った力を振り絞って、アンリを投げ飛ばした。


「無駄だと、いつになったら理解できるのかしら?」


 投げ飛ばしたはずなのに、やはりアンリは平然と立っている。


「もういいわカレン! 交代よ!!」


「まだ……まだやれますわ!」


 せめてヒントだけでも残す。この後闘うサファイアとローズのために。


「そう、ならひと思いに殺してあげるわ」


「ケリュケイオン!!」


 舞台全域を満遍なく雷撃で満たす。

 どうやって回避しているのか知らないけれど、永遠に無効化できるわけではないはず。


「それが……どうしたというのかしら?」


「そんな!?」


 平然と、散歩でもするかのように歩いてくる。

 魔力からは、回避されているとも無効化されているともとれない。


「根本的な次元が……違う……」


 アンリが以外そうに目を見開く。

 すぐに余裕の笑みへと変わり、雷撃の嵐の中で口を開いた。


「気づいたのね」


 こちらを褒めるような口調。技の正体を見破られたと思っている?

 世界をどうにかする……世界を……なにかひっかかる。


「先生は……偉大ですわね……普通は思いついても実行できませんわ」


 気づいたふりをして乗るしかない。

 この後の発言が嘘であれ真実であれ、少しでも正体を探ってみせますわ。


「なによ、どうしたっていうの?」


「なにか掴んだのデスね!」


「決定的なズレがありましたわ」


「必死のお芝居に免じて、惨めな駄女神に教えてあげる」


 こちらの芝居がバレている。なのに話すということは、それだけ余裕があるのか。

 もしくは能力が一つではなく、まだ隠し玉があるか。どちらも勘弁ですわ。


「パラレルワールドってご存知かしら?」


「平行世界。もしもの世界の分岐点というあれですの?」


「正解。攻撃の瞬間、貴女に攻撃が当たった世界線を作り出し、この世界に重ねているの」


「馬鹿なっ!? そんなことができるはずがない!」


「不可能だ。女神の真実を変更するほどの因果律を操作したというのか」


 こちらの話を聞き動揺し、それでも攻撃を的確に捌くクラリス。

 しかし、体に傷が増えていく。攻撃を受けた瞬間すら見えない。

 リュカの魔力が上がり続けている。あちらも危なそうですわ。


「できるわ。勇魔救神拳に不可能はないの」


 先生が編み出してしまった究極の戦闘術。

 ならば不思議ではない。あの人なら、どんなことでもできてしまう。


「これが、攻撃が当たらなかった世界線よ」


 そう、当たっていないのだ。手応えがない。

 絶望的だ。無効化能力が当たらない。何を無効化すれば、世界線を書き換えられるのか。そんなのわかりっこないですわ。


「そして、この一撃で……貴女は終わり」


 ゆっくりと……先程よりもさらに魔力を増した刃が迫る。

 歩けない。歩いているはずなのに、なぜか戻されてしまう。


「カレン! やはりまだ実戦には早かったのだ! 私がやる!」


「あら、私との勝負はどうしたのかしら?」


 カレン救出に走るクラリスの前に立ちはだかる、リュカという壁。

 打ち合いで勝てない異常、隙を突くしかないはず。


「仕方があるまい……こんなところで外したくはなかったが……」


 クラリスが両手足についているリストバンドを外す。

 ひとつ落とすと、舞台が、大地が揺れる。


「なによそれ……ハンデつきで戦っていたというの?」


「外せば手加減はできんからな。カレンを巻き込んでしまいそうでためらっていた」


「古風ね。ちなみに、どのくらい重いの?」


「ひとつ四十トンだ」


 クラリスが、音もなく消えた。


「うぐあっ!?」


 リュカが勝手に吹き飛んだ。わたくしにはそうとしか見えなかった。


「ぜええぇぇりゃああぁぁぁ!!」


 空気も、舞台も、この空間そのものまでが等間隔で切り取られていく。


「ブリューナク!!」


 サファイアのブリューナクが、わたくしの足元に突き刺さった。


「掴まって!」


 言われなくても理解した。掴むと同時に、急速にサファイアへと引き寄せられる。


「槍よ戻れ!!」


 すれ違いざまにタッチ。美由紀に受け止められ、回復魔法をかけてもらう。


「大丈夫デスか?」


「はい、ありがとうございます。なんとか生きておりますわ」


「ローズ、分析お願いね。多分、あれを破れるのはあんただけよ」


「サファイアが他人を頼るとは」


「うるさいわよ。この勝負、絶対勝つわよ」


 舞台へと踏み出し、クラリスと並ぶサファイア。

 わたくしにはここが限界。ひとまず休みながら、敵の弱点を探りましょう。


「さあ……こっからはわたしが相手よ!!」


「この両腕は、どんな武器よりも鋭く研ぎ澄まされし刃。今より目に映る悪全てを……斬るっ!!」


 頑張って二人とも。必ず勝って、先生に会いに行きましょう。

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