先生との出会い美由希・アリア視点前編
女神とは見守るものであり、ときには勇者に加護を与え、世界を導くもの。
そして女神が複数いる世界もある。
私が配属された異世界は、女神がそれぞれ固有の宇宙戦艦を持ち、達成される偉業により、管理官である女神によって採点・優遇される世界だった。
「よ、ようこそ新たなる勇者よ。えー……その、どうかこの世界を救ってくださいデス!」
でも、私は幼かった。人に何かを伝えるのも苦手で。
他の女神のいる中で、自分の派閥に勧誘するチャンスを逃した。
「落ち着け。ゆっくりでいいからさ」
新しくこの世界に来た男の人は、どこにでもいそうな普通の人でした。
「あの……」
勧誘が上手くいかず、人間と接することに臆病になっていた私は、どう勧誘していいかわからなくて。そこを他の女神に割り込まれた。
「なんだかパッとしない男ね。まあいいわ。ウチに来ない? ウチは最大派閥よ。もらえる報酬も最上級。悪くないでしょ?」
「こいつは所詮金の亡者よ。私の宇宙船は宇宙全域に活躍が放送されているわ。全宇宙のスターになれるわよ」
「うちは女の子いっぱいよ。強くなればいい思いができる。覚えておいて」
みんなその宇宙船ごとに長所がある。それを全面に押し出しての勧誘。
それをちゃんと聞き、最後に男性は私のもとへ歩いてきた。
「まだお前の話をちゃんと聞いてなかったな」
「あ、あの……」
優しく微笑み、私が話すのを待ってくれている。
私の見た目は人間で言えば十代。十三か十四歳。
なのに、この人はしっかり話を聞いてくれそう。助けてくれるかもしれない。
助けて欲しいと……一瞬だけ、私の心が弱音を吐いた。
「その子はダメよ。女神の枠が空いたから、最近派遣されてきたの。所属している勇者ゼロよ」
事実だ。私は人に何かを伝えることに向いていないのだろう。
まだ日が浅く、勧誘するための材料も少ない。
「与えられる加護も私らが上。宇宙船は精々が十人暮らせる程度のもの。肝心のロボットも型落ちじゃあねえ」
これも事実。私の加護は身体能力の強化と、各種魔法のスキル。
ロボット主体のこの世界では、他の女神より劣っている。
女神は人間を見守るもの。この人は、私のもとに来ちゃいけない。
「行っても損するだけよ。ウチに来なさい。雑用くらいさせてあげるわ」
見るからに普通のこの人が強いとは思えない。
ゼロからのスタートをさせてしまう。辛い思いをさせる。
なら……女神として……この人を不幸な道に進ませてはいけない。
「美由希。美由希・アリアと申すデス……」
「んじゃ美由希。もしも、もしも俺が凄く強い勇者でさ。なんでもできるとしたら。美由希は何がしたい? どんなことを望む?」
私がしたいこと。それはお金でも名誉でもなかった。
「平和に……この戦いが終わってくれたらいいデス。敵なんていなくなって、みんなが平和に暮らせる世界がいいデス」
そのための力が欲しかった。平和になるのなら、自分じゃなくてもいい。
それは心の底から思っていたこと。
だけど、だけど本当は……この状況を、今の私を助けて欲しかった。
「そっか……なら俺はこいつがいい」
「……え?」
「君さあ、話聞いてたの? 半端な同情で選ぶと死ぬわよ?」
女神の忠告を無視し、軽くかがんで、目線を私に合わせてくれる。
「これからよろしくな」
「どうして……?」
「そりゃ辛そうな顔してるからな」
即答だった。即答できるほどいい人なんだ。
そんな人に、私がしてあげられることは、あまりにも少ない。
「……なにもできませんよ」
「俺がいる。二人で一緒に頑張れる。これから強くなればいいのさ」
誰かと一緒に。それは、今の私には魅力的で、同時に怖い提案。
「強く?」
「おう、一緒に探そうぜ、みんなが幸せになれる方法」
「ワタシにも……できますか?」
「できるさ。できるまで一緒にいる」
「よろしく……お願いしマス。センセー」
周囲が急激に冷めた空気を出していく中、ほんの少しだけ、私の心は暖かさを取り戻した。
それから宇宙船に戻り。先生との最初の一歩が始まった。
まずは私の唯一持っているロボを見に、格納庫へ。
「ロボットは二種類デス。女神と乗る親機。加護を与えられたものだけで乗る子機デス」
白を基調とした二足歩行のロボット。
シンプルな人型だけれど、体のあちこちに武器が収納されていて、展開するととがったデザインになるのがかっこよくて好き。
両腕に装着されたビームブレード。手のひらからビーム。
操者と女神に流れる魔力を流す機能など、一通り揃っている。
「こいつは親機か」
「ウチはそれしかないのデス……けど改造とメンテだけは続けていまシタ。この子の名はホープ。ワタシの希望」
「いい名だ。とりあえず乗ってみよう」
二人乗りのコクピットへ入る。
私が後部座席で、先生を見下ろす形で座っている。
先生はロボットに興味があるのか、色々と触っては感心したような声を出していた。
「ん、なんか鳴ってるぞ」
艦内にサイレンと機会音声のアナウンスが響く。
「付近の星から敵が出たお知らせデス。でも訓練もなしに……」
「よし、行くぞ」
「ダメデス! いきなり実戦なんて危ないデス!」
「でも誰かがピンチなんだろ? 大丈夫。なんかあったら助けてやるよ」
何故この人は自分ではなく私の心配をしているのか。
どうしてこの人の言葉は安心できるのか。
それがわからずに困惑しながらも、急いで起動準備に入る。
「ワタシは女神デス……助ける側デスよ」
「いいんだよ俺は勇者なんだから」
失敗しないように、慎重に立体映像のパネルを操作していく。
それでも初陣。しかも初めての勇者様。緊張は次第に増していった。
「できそうか?」
「あ、大丈夫デス。ちょっと、ちょっとだけ待って欲しいデス」
「ゆっくりでいいからな」
焦るとミスが多くなる。基本ですね。
起動までに時間がかかるので、さらに焦りは募る。
「ちょっと内装変えるぞ」
先生の言ったことを理解する前に、私は先生の膝の上にいた。
「うえぇ!? なんデスか!? なんで構造が変わっているのデスか!?」
内部構造が完全に変わっていた。広くて大きなイスに二人で腰掛ける。
座り心地もよく、気のせいか周囲の空気まで綺麗になっているような。
「落ち着け。こうすれば一緒に操縦できるだろ。しばらくこれでいこう」
目の前に二人分のパネル。両手のそばには操縦のための魔力球。
プログラムまで最適化されている。軽く怖い。
「あなたは……なんなのデスか……女神の機体を書き換えるなんて……」
「勇者だからな。よーし、ネオホープ発進!」
スイッチで簡単に起動。そのまま広大な宇宙へと飛び出した。
「ネオホープ?」
「そう、俺たちの新しい希望だ」
「とてもよいお名前デス。でもなぜ動かせるのデスか?」
「こういう世界は初めてじゃない」
どうやら思っていたよりも経験豊富な人らしい。
一通り武装を使うと、まるでベテランパイロットのように敵を殲滅した。
「宇宙には問題が多いな。怪獣もいるし」
今回の敵は黒いトカゲのような怪獣の群れ。
こちらのロボットは五十メートル。トカゲの十倍くらいだ。
スピードもパワーもこちらが上。このくらいなら倒せそう。
「星々のトラブルもあるデス。新人女神は、勇者と何でも屋みたいなことをしていマス」
「帰ったらビラでも配るか」
会話は呑気だけれど、撃墜スピードは下がらない。むしろ上がる。
「ワ、ワタシもやるデス! もっと強くなりたいデス!」
「強くなるには最適だな。頑張れ。いざとなったら俺が倒すよ」
「大丈夫デス。立派にやってみせるデスよ!」
勇者に頼り切りではいけない。私がもっと強くなるんだ。
魔力を機体に循環させて、勢い良く機体を走らせた。
「ワタシだって……今まで強くなるために頑張ってきたのデス!」
戦果は上々。といっても、機体スペックによるところが大きかったけれど。
私だって何もしていなかったわけじゃない。
いつか現れる勇者様のため、訓練だけは欠かさなかった。
「おぉ、凄いな」
「この日のために……この日のために訓練したのデス!」
機体の性能もあり、二人乗りで分担作業ができることもあって、戦闘は順調に進んでいった。
「親玉発見しまシタ!」
一体、明らかにサイズの違う敵がいた。
こちらを丸々飲み込める、黒く丸い巨体で、中心に赤い目。
目からはお決まりのビーム。
「このっ! 落ちるデス!」
こちらの飛び道具が、その強固な体に弾かれる。
超高熱の一撃だ。溶けるか焦げるかして欲しいところなのに。
「攻撃が通じない!?」
「落ち着け。目玉を撃ってみるんだ」
「そのためには……目の届く範囲に行くしかないデス」
「死に目にくらい立ち会ってやれ」
やるしかない。ここで止まれば、怪物は星へ降りる。
私は女神。どれだけ力が弱くても、この世界の女神だから。
『そこまでだ』
「通信?」
『ここからは我々が対処する』
別の女神だ。きっとこちらの手柄を横取りするつもりなんだろう。
そうやって威圧して、自分達は楽をして稼ぐ。
その行いのどこが女神で、なにが勇者だというのか。
「問題ない。このまま倒す」
『問題大ありに決まっているでしょう。あんたみたいな無名の勇者と女神が活躍したって、誰も喜ばないのよ。ここから中継が繋がるの。ヒーローはこっち。あんたらは脇役。わかった?』
「んなこと言ってももう倒せるぞ」
『下がれと言っているのよ。ポイントはこちらがいただくわ』
赤と黄のロボットが複数、こちらへと迫っていた。
敵の親玉ではなく、こちらに向いている。つまりジャマをするなら容赦はしないということだろう。
「ポイント?」
「機体に搭載された機能デス。ロボットで敵を倒すとポイントが入り、それがお給料に繋がりマス」
『そういうこと。あとはわかるわね?』
「なんかあれだな」
『なによ?』
「怪人よりお前のほうが小悪党っぽいな」
「ぷふっ」
思わず吹き出してしまった。私も先生と同じ思いだったのだ。
慌てて口を手で覆う。だがこぼれてしまった笑いは戻せない。
『そう、ちょっと痛い目をみせないといけないわね』
「ん? 美由希、あっちだ。もっとやばいのがいる」
戦闘が始まるかと思われた瞬間。先生は何かを見つけたみたいです。
モニターに映るのは、同じような目玉のある怪物。
けれど、どう見ても十分の一ほどの大きさだ。
「悪いな、お前にかまってやる時間がなくなった」
『みっともない言い訳してないで逃げたらいいじゃない』
「へいへい、行くぞ美由希。あれが地上に降りるのはまずい」
「ちょっとセンセー!?」
最高速で化物へと迫る。私が弱いから、先生は逃げるしかなかった。
先生がバカにされるのは私が弱いからだ。
「ごめんなさい」
「どうした?」
「ワタシが強かったら、センセーが逃げる必要なんてなくて……」
「……そういうことか。違うぞ。すぐわかる」
小さな目玉から発射されるビームは、さっきまでの化物を超えていた。
超広範囲に向けて放たれる熱線。避けたと思っても曲がる。追尾性まであるのか。
「甘いな」
操縦を先生が切り替え、右腕のブレードでビームを斬り裂いた。
どんな反射神経ですか先生。この人、やっぱりどこかおかしい。
「これって……」
「ああ、あれが親玉だ」
信じられなかった。小さい個体にそこまでの性能があることも、先生が計器も見ずに発見したことも。
「止めるぞ」
「はいデス!」
化物は既に惑星へ突入しかけている。
必死に思いで接近し、正面からブレードを突き刺す。
それでも進撃は止まらない。無数ビームが撃ち出され、こちらの機体を激しく揺さぶる。
「うあああぁぁ!?」
「ちっ、衝撃吸収機能もつけておくべきだったな」
こちらには敵の硬い装甲を消し飛ばす武装もない。
星への突入が開始されたのだろう。目玉の化物もろとも炎に包まれる。
「押し戻すか、消し飛ばすしかないな」
「そんなお高い武装は積んでいないのデス!」
「んじゃ出来る限りをやろう。危なくなったら逃げていいからな。いざとなったら俺が助けるよ」
「ダメデス! これでも女神デス! ワタシはまだ、誰かに助けて貰っていいほど、努力していない……助けを求めるには早すぎるのデス!」
女神が人間に助けを求める。異世界を救って欲しいと頼む。
でも、女神はどれほど世界のために尽くしている?
勇者に任せっきりにして、この世界で贅沢がしたいだけではないのか。
「そんなの……そんなの女神じゃないデス!」
精一杯の勇気だった。初めて付いてきてくれた、私を選んでくれた人。
死なせたくなかった。足手まといになるような場面は見せたくない。
でも、このままでは……だから、先生だけでも生きて欲しかった。
「センセー、今から転送魔法でワタシの宇宙船へ、センセーを飛ばしマス」
「何言ってんだ?」
「お約束の自爆機能……付けておいてよかったデス。最後くらい、女神らしく助けさせて下さい」
これしかない。私は助ける側だ。最後まで、最後の最後まで、誰かのために。
本音を言えば死ぬのは嫌だ。けれど、先生が死んじゃうのは、もっと嫌だった。
「しょうがないやつだな……」
涙を堪え、別れの言葉を、少しでも安心させようと紡ぐそんな時。
不意に、私の頭に先生の手が触れる。
「俺は勇者だからな。本当に助けて欲しいやつ以外は助けないよ。そいつの勇気を踏みにじっちまうから。けどな」
そこで先生の姿が消える。まだ魔法は唱えていない。
「勇者ってのは、そうやって涙をこらえて、最後の最後まで頑張るやつを放っておけないのさ」
モニターに先生の姿が映る。それはつまり、生身で宇宙に出て、炎に包まれているということ。
「だから助けるんじゃない。一緒に頑張ろう」
そう言った先生の目は優しくて、ますます混乱する。
悠然とネオホープの腕の上を歩き、化物に近づく。
「美由希が強くなって、世界が平和になるまで」
拳を握り、軽く振りかぶり、突き出す。
やったことはそれだけ。たったそれだけで。
「俺が隣にいるよ」
化物は跡形もなく消えた。
親玉を倒したからか、同型の敵は機能を停止し、後から来た女神の軍に倒されていった。あの星の危機は去った。先生のおかげで。
頭の処理が追いつかなくて、帰るまでひたすら困惑していたことだけ覚えている。
「ええいなぜデスか!!」
帰った私たちには、もうひとつ問題が残っていた。
先生が倒した分がカウントされていなかった。ロボットから出て、生身で倒したということが信じられず、敵女神に手柄の全てを持っていかれたのだ。
「面倒な世界だな」
ザコ敵を倒した報酬しか得られなかった。私がもっと強ければ。
機体も高性能なものであったらと、後悔は尽きない。
先生の実力の一端を見た今となっては、迷惑をかけていることは明白。
「結局……なにもできなかった……」
涙が溢れそうになる。自分は何故無力なのか。
上を見れば、先生の顔がある。下を見れば涙がこぼれそうになる。
「美由希」
「なんデスか?」
「よくやった。偉いぞ」
なぜ褒められているのだろう。ここまでいい所など皆無に近いのに。
「センセー?」
「大丈夫。俺は知ってるから。あの星が平和になったのは、美由希が頑張ったからだって」
何も無いところから、綺麗な白いハンカチを出す先生。
「泣きたきゃ泣けばいい。見ないで欲しけりゃ、うしろを向いているし。拭ってほしけりゃハンカチくらいあるぜ」
私の手を取り、両手で包むように渡してくれた。
ここで私の心は決まった。先生の強さに見合うような、立派な女神になろうと。
「なら……見ていて下さい。これからも、ワタシの隣で」
「おう、助けて欲しい時は言えよ。必ずなんとかしてやるからさ」
「そんな日は来まセン! ワタシは立派な女神になるのデス!」
これがこの世界の新しい、小さな希望の始まり。
そしてどんなに輝こうとも、絶望のもとを絶たなければ、私の望む未来は来ない。
そのことを知るのは、もう少ししてからだった。
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