第35話 先生との出会い美由希・アリア視点前編

 女神とは見守るものであり、ときには勇者に加護を与え、世界を導くもの。

 そして女神が複数いる世界もある。

 私が配属された異世界は、女神がそれぞれ固有の宇宙戦艦を持ち、達成される偉業により、管理官である女神によって採点・優遇される世界だった。


「よ、ようこそ新たなる勇者よ。えー……その、どうかこの世界を救ってくださいデス!」


 でも、私は幼かった。人に何かを伝えるのも苦手で。

 他の女神のいる中で、自分の派閥に勧誘するチャンスを逃した。


「落ち着け。ゆっくりでいいからさ」


 新しくこの世界に来た男の人は、どこにでもいそうな普通の人でした。


「あの……」


 勧誘が上手くいかず、人間と接することに臆病になっていた私は、どう勧誘していいかわからなくて。そこを他の女神に割り込まれた。


「なんだかパッとしない男ね。まあいいわ。ウチに来ない? ウチは最大派閥よ。もらえる報酬も最上級。悪くないでしょ?」


「こいつは所詮金の亡者よ。私の宇宙船は宇宙全域に活躍が放送されているわ。全宇宙のスターになれるわよ」


「うちは女の子いっぱいよ。強くなればいい思いができる。覚えておいて」


 みんなその宇宙船ごとに長所がある。それを全面に押し出しての勧誘。

 それをちゃんと聞き、最後に男性は私のもとへ歩いてきた。


「まだお前の話をちゃんと聞いてなかったな」


「あ、あの……」


 優しく微笑み、私が話すのを待ってくれている。

 私の見た目は人間で言えば十代。十三か十四歳。

 なのに、この人はしっかり話を聞いてくれそう。助けてくれるかもしれない。

 助けて欲しいと……一瞬だけ、私の心が弱音を吐いた。


「その子はダメよ。女神の枠が空いたから、最近派遣されてきたの。所属している勇者ゼロよ」


 事実だ。私は人に何かを伝えることに向いていないのだろう。

 まだ日が浅く、勧誘するための材料も少ない。


「与えられる加護も私らが上。宇宙船は精々が十人暮らせる程度のもの。肝心のロボットも型落ちじゃあねえ」


 これも事実。私の加護は身体能力の強化と、各種魔法のスキル。

 ロボット主体のこの世界では、他の女神より劣っている。

 女神は人間を見守るもの。この人は、私のもとに来ちゃいけない。


「行っても損するだけよ。ウチに来なさい。雑用くらいさせてあげるわ」


 見るからに普通のこの人が強いとは思えない。

 ゼロからのスタートをさせてしまう。辛い思いをさせる。

 なら……女神として……この人を不幸な道に進ませてはいけない。


「美由希。美由希・アリアと申すデス……」


「んじゃ美由希。もしも、もしも俺が凄く強い勇者でさ。なんでもできるとしたら。美由希は何がしたい? どんなことを望む?」


 私がしたいこと。それはお金でも名誉でもなかった。


「平和に……この戦いが終わってくれたらいいデス。敵なんていなくなって、みんなが平和に暮らせる世界がいいデス」


 そのための力が欲しかった。平和になるのなら、自分じゃなくてもいい。

 それは心の底から思っていたこと。

 だけど、だけど本当は……この状況を、今の私を助けて欲しかった。


「そっか……なら俺はこいつがいい」


「……え?」


「君さあ、話聞いてたの? 半端な同情で選ぶと死ぬわよ?」


 女神の忠告を無視し、軽くかがんで、目線を私に合わせてくれる。


「これからよろしくな」


「どうして……?」


「そりゃ辛そうな顔してるからな」


 即答だった。即答できるほどいい人なんだ。

 そんな人に、私がしてあげられることは、あまりにも少ない。


「……なにもできませんよ」


「俺がいる。二人で一緒に頑張れる。これから強くなればいいのさ」


 誰かと一緒に。それは、今の私には魅力的で、同時に怖い提案。


「強く?」


「おう、一緒に探そうぜ、みんなが幸せになれる方法」


「ワタシにも……できますか?」


「できるさ。できるまで一緒にいる」


「よろしく……お願いしマス。センセー」


 周囲が急激に冷めた空気を出していく中、ほんの少しだけ、私の心は暖かさを取り戻した。




 それから宇宙船に戻り。先生との最初の一歩が始まった。

 まずは私の唯一持っているロボを見に、格納庫へ。


「ロボットは二種類デス。女神と乗る親機。加護を与えられたものだけで乗る子機デス」


 白を基調とした二足歩行のロボット。

 シンプルな人型だけれど、体のあちこちに武器が収納されていて、展開するととがったデザインになるのがかっこよくて好き。

 両腕に装着されたビームブレード。手のひらからビーム。

 操者と女神に流れる魔力を流す機能など、一通り揃っている。


「こいつは親機か」


「ウチはそれしかないのデス……けど改造とメンテだけは続けていまシタ。この子の名はホープ。ワタシの希望」


「いい名だ。とりあえず乗ってみよう」


 二人乗りのコクピットへ入る。

 私が後部座席で、先生を見下ろす形で座っている。

 先生はロボットに興味があるのか、色々と触っては感心したような声を出していた。


「ん、なんか鳴ってるぞ」


 艦内にサイレンと機会音声のアナウンスが響く。


「付近の星から敵が出たお知らせデス。でも訓練もなしに……」


「よし、行くぞ」


「ダメデス! いきなり実戦なんて危ないデス!」


「でも誰かがピンチなんだろ? 大丈夫。なんかあったら助けてやるよ」


 何故この人は自分ではなく私の心配をしているのか。

 どうしてこの人の言葉は安心できるのか。

 それがわからずに困惑しながらも、急いで起動準備に入る。


「ワタシは女神デス……助ける側デスよ」


「いいんだよ俺は勇者なんだから」


 失敗しないように、慎重に立体映像のパネルを操作していく。

 それでも初陣。しかも初めての勇者様。緊張は次第に増していった。


「できそうか?」


「あ、大丈夫デス。ちょっと、ちょっとだけ待って欲しいデス」


「ゆっくりでいいからな」


 焦るとミスが多くなる。基本ですね。

 起動までに時間がかかるので、さらに焦りは募る。


「ちょっと内装変えるぞ」


 先生の言ったことを理解する前に、私は先生の膝の上にいた。


「うえぇ!? なんデスか!? なんで構造が変わっているのデスか!?」


 内部構造が完全に変わっていた。広くて大きなイスに二人で腰掛ける。

 座り心地もよく、気のせいか周囲の空気まで綺麗になっているような。


「落ち着け。こうすれば一緒に操縦できるだろ。しばらくこれでいこう」


 目の前に二人分のパネル。両手のそばには操縦のための魔力球。

 プログラムまで最適化されている。軽く怖い。


「あなたは……なんなのデスか……女神の機体を書き換えるなんて……」


「勇者だからな。よーし、ネオホープ発進!」


 スイッチで簡単に起動。そのまま広大な宇宙へと飛び出した。


「ネオホープ?」


「そう、俺たちの新しい希望だ」


「とてもよいお名前デス。でもなぜ動かせるのデスか?」


「こういう世界は初めてじゃない」


 どうやら思っていたよりも経験豊富な人らしい。

 一通り武装を使うと、まるでベテランパイロットのように敵を殲滅した。


「宇宙には問題が多いな。怪獣もいるし」


 今回の敵は黒いトカゲのような怪獣の群れ。

 こちらのロボットは五十メートル。トカゲの十倍くらいだ。

 スピードもパワーもこちらが上。このくらいなら倒せそう。


「星々のトラブルもあるデス。新人女神は、勇者と何でも屋みたいなことをしていマス」


「帰ったらビラでも配るか」


 会話は呑気だけれど、撃墜スピードは下がらない。むしろ上がる。


「ワ、ワタシもやるデス! もっと強くなりたいデス!」


「強くなるには最適だな。頑張れ。いざとなったら俺が倒すよ」


「大丈夫デス。立派にやってみせるデスよ!」


 勇者に頼り切りではいけない。私がもっと強くなるんだ。

 魔力を機体に循環させて、勢い良く機体を走らせた。


「ワタシだって……今まで強くなるために頑張ってきたのデス!」


 戦果は上々。といっても、機体スペックによるところが大きかったけれど。

 私だって何もしていなかったわけじゃない。

 いつか現れる勇者様のため、訓練だけは欠かさなかった。


「おぉ、凄いな」


「この日のために……この日のために訓練したのデス!」


 機体の性能もあり、二人乗りで分担作業ができることもあって、戦闘は順調に進んでいった。


「親玉発見しまシタ!」


 一体、明らかにサイズの違う敵がいた。

 こちらを丸々飲み込める、黒く丸い巨体で、中心に赤い目。

 目からはお決まりのビーム。


「このっ! 落ちるデス!」


 こちらの飛び道具が、その強固な体に弾かれる。

 超高熱の一撃だ。溶けるか焦げるかして欲しいところなのに。


「攻撃が通じない!?」


「落ち着け。目玉を撃ってみるんだ」


「そのためには……目の届く範囲に行くしかないデス」


「死に目にくらい立ち会ってやれ」


 やるしかない。ここで止まれば、怪物は星へ降りる。

 私は女神。どれだけ力が弱くても、この世界の女神だから。


『そこまでだ』


「通信?」


『ここからは我々が対処する』


 別の女神だ。きっとこちらの手柄を横取りするつもりなんだろう。

 そうやって威圧して、自分達は楽をして稼ぐ。

 その行いのどこが女神で、なにが勇者だというのか。


「問題ない。このまま倒す」


『問題大ありに決まっているでしょう。あんたみたいな無名の勇者と女神が活躍したって、誰も喜ばないのよ。ここから中継が繋がるの。ヒーローはこっち。あんたらは脇役。わかった?』


「んなこと言ってももう倒せるぞ」


『下がれと言っているのよ。ポイントはこちらがいただくわ』


 赤と黄のロボットが複数、こちらへと迫っていた。

 敵の親玉ではなく、こちらに向いている。つまりジャマをするなら容赦はしないということだろう。


「ポイント?」


「機体に搭載された機能デス。ロボットで敵を倒すとポイントが入り、それがお給料に繋がりマス」


『そういうこと。あとはわかるわね?』


「なんかあれだな」


『なによ?』


「怪人よりお前のほうが小悪党っぽいな」


「ぷふっ」


 思わず吹き出してしまった。私も先生と同じ思いだったのだ。

 慌てて口を手で覆う。だがこぼれてしまった笑いは戻せない。


『そう、ちょっと痛い目をみせないといけないわね』


「ん? 美由希、あっちだ。もっとやばいのがいる」


 戦闘が始まるかと思われた瞬間。先生は何かを見つけたみたいです。

 モニターに映るのは、同じような目玉のある怪物。

 けれど、どう見ても十分の一ほどの大きさだ。


「悪いな、お前にかまってやる時間がなくなった」


『みっともない言い訳してないで逃げたらいいじゃない』


「へいへい、行くぞ美由希。あれが地上に降りるのはまずい」


「ちょっとセンセー!?」


 最高速で化物へと迫る。私が弱いから、先生は逃げるしかなかった。

 先生がバカにされるのは私が弱いからだ。


「ごめんなさい」


「どうした?」


「ワタシが強かったら、センセーが逃げる必要なんてなくて……」


「……そういうことか。違うぞ。すぐわかる」


 小さな目玉から発射されるビームは、さっきまでの化物を超えていた。

 超広範囲に向けて放たれる熱線。避けたと思っても曲がる。追尾性まであるのか。


「甘いな」


 操縦を先生が切り替え、右腕のブレードでビームを斬り裂いた。

 どんな反射神経ですか先生。この人、やっぱりどこかおかしい。


「これって……」


「ああ、あれが親玉だ」


 信じられなかった。小さい個体にそこまでの性能があることも、先生が計器も見ずに発見したことも。


「止めるぞ」


「はいデス!」


 化物は既に惑星へ突入しかけている。

 必死に思いで接近し、正面からブレードを突き刺す。

 それでも進撃は止まらない。無数ビームが撃ち出され、こちらの機体を激しく揺さぶる。


「うあああぁぁ!?」


「ちっ、衝撃吸収機能もつけておくべきだったな」


 こちらには敵の硬い装甲を消し飛ばす武装もない。

 星への突入が開始されたのだろう。目玉の化物もろとも炎に包まれる。


「押し戻すか、消し飛ばすしかないな」


「そんなお高い武装は積んでいないのデス!」


「んじゃ出来る限りをやろう。危なくなったら逃げていいからな。いざとなったら俺が助けるよ」


「ダメデス! これでも女神デス! ワタシはまだ、誰かに助けて貰っていいほど、努力していない……助けを求めるには早すぎるのデス!」


 女神が人間に助けを求める。異世界を救って欲しいと頼む。

 でも、女神はどれほど世界のために尽くしている?

 勇者に任せっきりにして、この世界で贅沢がしたいだけではないのか。


「そんなの……そんなの女神じゃないデス!」


 精一杯の勇気だった。初めて付いてきてくれた、私を選んでくれた人。

 死なせたくなかった。足手まといになるような場面は見せたくない。

 でも、このままでは……だから、先生だけでも生きて欲しかった。


「センセー、今から転送魔法でワタシの宇宙船へ、センセーを飛ばしマス」


「何言ってんだ?」


「お約束の自爆機能……付けておいてよかったデス。最後くらい、女神らしく助けさせて下さい」


 これしかない。私は助ける側だ。最後まで、最後の最後まで、誰かのために。

 本音を言えば死ぬのは嫌だ。けれど、先生が死んじゃうのは、もっと嫌だった。


「しょうがないやつだな……」


 涙を堪え、別れの言葉を、少しでも安心させようと紡ぐそんな時。

 不意に、私の頭に先生の手が触れる。


「俺は勇者だからな。本当に助けて欲しいやつ以外は助けないよ。そいつの勇気を踏みにじっちまうから。けどな」


 そこで先生の姿が消える。まだ魔法は唱えていない。


「勇者ってのは、そうやって涙をこらえて、最後の最後まで頑張るやつを放っておけないのさ」


 モニターに先生の姿が映る。それはつまり、生身で宇宙に出て、炎に包まれているということ。


「だから助けるんじゃない。一緒に頑張ろう」


 そう言った先生の目は優しくて、ますます混乱する。

 悠然とネオホープの腕の上を歩き、化物に近づく。


「美由希が強くなって、世界が平和になるまで」


 拳を握り、軽く振りかぶり、突き出す。

 やったことはそれだけ。たったそれだけで。


「俺が隣にいるよ」


 化物は跡形もなく消えた。

 親玉を倒したからか、同型の敵は機能を停止し、後から来た女神の軍に倒されていった。あの星の危機は去った。先生のおかげで。

 頭の処理が追いつかなくて、帰るまでひたすら困惑していたことだけ覚えている。




「ええいなぜデスか!!」


 帰った私たちには、もうひとつ問題が残っていた。

 先生が倒した分がカウントされていなかった。ロボットから出て、生身で倒したということが信じられず、敵女神に手柄の全てを持っていかれたのだ。


「面倒な世界だな」


 ザコ敵を倒した報酬しか得られなかった。私がもっと強ければ。

 機体も高性能なものであったらと、後悔は尽きない。

 先生の実力の一端を見た今となっては、迷惑をかけていることは明白。


「結局……なにもできなかった……」


 涙が溢れそうになる。自分は何故無力なのか。

 上を見れば、先生の顔がある。下を見れば涙がこぼれそうになる。


「美由希」


「なんデスか?」


「よくやった。偉いぞ」


 なぜ褒められているのだろう。ここまでいい所など皆無に近いのに。


「センセー?」


「大丈夫。俺は知ってるから。あの星が平和になったのは、美由希が頑張ったからだって」


 何も無いところから、綺麗な白いハンカチを出す先生。


「泣きたきゃ泣けばいい。見ないで欲しけりゃ、うしろを向いているし。拭ってほしけりゃハンカチくらいあるぜ」


 私の手を取り、両手で包むように渡してくれた。

 ここで私の心は決まった。先生の強さに見合うような、立派な女神になろうと。


「なら……見ていて下さい。これからも、ワタシの隣で」


「おう、助けて欲しい時は言えよ。必ずなんとかしてやるからさ」


「そんな日は来まセン! ワタシは立派な女神になるのデス!」


 これがこの世界の新しい、小さな希望の始まり。

 そしてどんなに輝こうとも、絶望のもとを絶たなければ、私の望む未来は来ない。

 そのことを知るのは、もう少ししてからだった。

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