駄女神のお部屋カレン編
今日はカレンの部屋に来ていた。
カレンの部屋は完全な和室だ。以前俺が紹介したら、めっぽうハマって今に至る。
「はい、どうぞ。ふりかけ茶です」
「なんだその珍妙にして滑稽な飲料は」
「緑茶をふりかけにして、そのふりかけをお茶にしました」
「なぜ一度ふりかけにしたんだい?」
ちゃぶ台に置かれた湯呑みからは、緑茶の香りがする。
色も緑だし、特別おかしな点はない。
「緑茶の味がする」
「そういうふりかけですから」
「ますますお茶でいいじゃん」
いつもの笑顔に陰りが見える。どうも空元気っぽいな。
「先生……わたくしは……女神というものが……自分がわからなくなりました」
いつになく沈んだ声で、静かに語り出す。
「わたくしは……サファイアよりも、ローズよりも先生と一緒にいて、世界も救ったのに……今は一番伸びしろがない。あのグラ子という女神にも勝てなかった」
「それは弱体化しているからで……」
「いいえ、それだけではありませんわ。加護が戻らない。それがおかしいのです」
「初めは鮭ふりかけしか出せなかったろ? でも今は思いつく限り出せるじゃないか」
最初は力も弱く、そこから種類が増え、他人の願いを叶える形で進化していった。
その過程を、俺は一番近くで見ている。
「それ以外は全て失いました」
「お前の願いを叶えるという加護は、俺が手に入れた。だからそれを戻せば」
「無意味です。先生の加護は三人平等に与えられる。それでは……それではいつまでも劣ったままです」
着実に成長するサファイアとローズ。あいつらは才能がある。
それを性格で潰しているだけ。昔のカレンもそうだった。
「もう……ふりかけすら出せなくなる。それが怖いのです」
「心配しすぎだ。ちょっと休めばいいだけさ」
「いいえ、グラ子と戦っている時、最後の一瞬。追い打ちをかけようとして……魔力を解放したその時、ふりかけすら出なかった」
三人にいい刺激になればとやらせたが、刺激が強すぎたらしい。
「誰かの願いを叶える願いの女神。それが、最終的なわたくしの姿でした。ほんの小さな願いから、なんでも叶えられるように……もう、誰の願いも……誰も救えない」
他の二人と違い、根が真面目だ。とことん考えてしまう。それが悪い方に転んだ。
「先生……わたくしと……手合わせしてください」
久しぶりに、いや……見たこともないほど真剣な目で頼まれた。
思い詰めているカレンを、少しでも落ち着かせてやるには、戦うしか無い。
体を動かして、前向きになってもらえるように模索する。
教師として、旅の相棒として、ここが俺の頑張りどころだ。
「準備はいいな?」
「はい。お願いします」
グラウンドに誰もいないことを確認し、少し距離を取って構えるカレン。
全力で魔力を解放している。それが余計に思い詰めているようで、どうにかしてやらないと、という気持ちを強くする。
「いきます!!」
クレーターを残してカレンが消える。
少しかがんで、背後からの回し蹴りを回避。
続く拳の連打も右手ではたき落とす。
「ま……だあっ!!」
地面に魔力を叩きつけ、間欠泉のように俺の身体を押し上げる。
「はあああぁぁぁぁぁ!!」
俺より高く飛び、両手に魔力を集め、巨大な渦を形成して撃ち出してきた。
それを腕を振って弾き飛ばす。どうも全力じゃないような気がする。
「お前……俺に気を遣っているだろ?」
「いいえ、そんなことは……」
「なら女神界にか。安心しろ。どんだけ壊しても、俺が全部直してやる」
半壊したグラウンドを戻す。こいつの不安を全部消してやる。徹底的にな。
「大丈夫だ。俺にできないことはない。カレンが持ってる魔力も、技術も、全部出せ。こうなりゃ荒療治だ。限界を超えろ。超えるまで戦ってやる」
「…………はい!!」
グラ子がやったように、身体中に魔力を纏うカレン。
この応用力と、見た相手の技を盗む才能は評価したい。
「せええええぇぇぇい!!」
その拳は、たしかに重くなった。より全盛期に近づいた。
だが近づいただけ。足りない。これじゃあカレンの気が晴れない。
「見よう見まね。活殺女神螺旋!」
サファイアの技だ。あいつが雑にコントロールするところを、気合と経験で完璧に操作している。本人より威力は低いが、ここまでできることは評価したい。
「双牙!」
二本に増やすことで威力を上げる。いい案だ。だが、それでも簡単に振り払える。
「打ち込んでください」
「なに?」
「先生は一度もこちらを攻撃しない」
「それは……」
「わかっています。先生が本気を出せば、敵などいない。攻撃は死に直結している。けれど、それを承知でお願いします!」
繰り出される右ストレート。承諾の意味も込めて、俺の右を打ち付ける。
ぶつかり合う衝撃。それれだけで、ほぼ校舎は破壊され、女神界が揺れた。
加減はした。だが、それでも俺の力は、女神に容易く打ち勝ってしまう。
「う……くっ……まだまだああぁぁ!!」
叫びながら俺を掴み、雲の上までぶん投げてきた。
右手をかばう動き……いや、無茶に付き合うと決めたんだ。
とことんカレンと戦おう。
「せいいいぃぃやっ!!」
左腕も打ち合いでダメージが蓄積しているのがわかる。
カレンの魔力が両腕に循環しにくくなっているのが、はっきりとわかった。
「……ん?」
おかしい。カレンの魔力の質が違う。身体と、正確には魂と身体と両腕で違う。
「これなら……どうです!!」
試しに蹴りに蹴りを合わせ、グラ子にやったように、カレンの魔力を吹き飛ばす。
「うあ……まだ……まだ諦めません! 先生の生徒として……こんなことで……諦めてなんていられない!」
両腕と右足の魔力。そして魂の魔力が同じ。身体の魔力が別だ。
「反発している……いや、打ち消している? 魔力の性質が裏返ったのか……? いや、これは……ああ、そういうことか」
理解した。そして安心した。こいつはまだまだ強くなる。
「カレン」
「なんですか?」
「お前はふりかけ駄女神じゃない。新しいカレンになる」
「新しい…………?」
すがるように、目にたまった涙をこぼさないように、俺を見つめるカレン。
「お前の力は目覚めかけだ。だが、それは今までの性質を大きく変えるもの。俺と旅をしたカレンの力じゃない」
「それは……」
「だけど。カレンは俺の生徒だ。俺の生徒として、また一から修行できるか?」
「先生と……また……」
「弱くなっても、ふりかけが出せなくなっても、お前を立派な女神にしてやる。俺と旅した日々は、能力が消えたくらいじゃなくならない」
怖かったんだろう。駄女神に戻るのが。だからせめて、始まりの力だけは残るようにして、それが裏目に出た。
「わたくしは……また……先生と一緒に……」
「これでも勇者でね。女神の、生徒の一人くらい、救ってみせるさ」
雲の上で、夕日が俺たち二人を照らし出す。
時間はある。誰も見ていない。急かさず答えを待ってやる。
カレンが望むなら、望んでくれるのならば、俺がやることは一つだ。
「……お願いします!!」
目に希望の灯が宿った。あとはその期待に応えてやるだけだ。
「わかった。腹に力を入れろ。相当痛いぞ」
「はい!!」
魂は完成している。質の違う古い部分だけを殴って消すだけだ。
だが結構強めに殴らないといけない。普通の人間なら繊細な作業になる。
それでも俺に不可能はない。生徒が、カレンが信じてくれているのだから。
「ふうぅぅぅ…………はっ!!」
「がはっ!?」
カレンの胴体に深く、右拳を打ち付ける。
雲の全てが消え去り、衝撃は大地に到達し、地表を荒らす。
「……成功だ」
「せ……んせ……」
「今回復してやる。降りるぞ」
カレンを抱きとめ、回復しながらゆっくりと降下する。世界はもう直した。
「大丈夫か?」
「効きました……凄く。魔力がもう……なくなっちゃいましたよ」
「そうか。悪かったな」
「いいんです。先生は……いつもわたくしを助けてくれて、守ってくれた。これも意味のある、必要なことなのでしょう」
無事着地し、立てるか確認して歩き出す。
「カレン、ちょっとそこに立って両手を前に出せ」
「……こうですか?」
言葉の意味はわからずとも、おとなしく両手を突き出してくれた。
少し距離を取り、そこに軽く、俺の極小魔力弾を当ててやる。
「え、ちょ、なんです……か? え?」
魔力弾は、両手に触れて、消えた。
「おめでとう。それがカレンの新しい力だ」
「なんですか今の!?」
「お前は女神として、新しい能力に目覚めたのさ」
簡単に説明してやる。
世界を救い、女神界に来た時、ふりかけを出す能力以外は失った。
新しく得た能力は、能力を打ち消す力。
「正確には魔力とか、加護とか、そういうもんを消せるんだろう。グラ子が能力低下がどうこうって言ってただろ?」
「確かに。でもだったらどうして今まで使えなかったんですか?」
「ふりかけ能力を持ち込んだからさ」
魂に刻まれた新しい力は、身体から出ようとする。
だが、ふりかけ能力という壁に阻まれていた。
新しい女神として生まれることを拒んでしまった。
「新しいカレンと、想い出を消したくないカレンの気持ちがぶつかっちまったんだ」
「だから、全力で魔力を放出すると、壁に穴が空いて出た?」
「正解。新旧二つの魔力があったから、どんどん弱体化しているように見えた」
「ではもう……加護で悩まなくても……先生……先生……うああぁぁぁぁ!!」
「泣くな泣くな。救って泣かれたんじゃ、俺はどうしていいかわからんぞ」
泣きじゃくるカレンを抱きしめ、出来る限りの優しさで頭を撫でてやった。
カレンが気が済むまで泣かせ、涙の止まった頃合いを見計らって話しかける。
「安心しろ。ここから強くなればいい。それまで俺がいる。サファイアもローズもいる。カレンは一人じゃないさ」
「わたくしはもう、ふりかけ女神じゃないんですね。結構お気に入りだったんですよ? 先生との思い出が詰まっていましたから」
よしよし、笑顔が戻ったな。それでいい。カレンは泣き顔より笑顔が似合う。
「大丈夫だよ。言ったろ、もう一度最初っからって。もうお前の魔力は全部新しいものになった。そこに一個、俺が新しく加護を与えりゃいいのさ」
俺は勇者で、こいつの先生だ。完全なハッピーエンド以外認めない。
そのためなら、奇跡の一つや二つ、起こしてやるさ。
手合わせは終わり、二人で晩飯を作る。
「ごーはんー! おなかすいたー! 今日の晩ごはん何?」
ちょうど作り終えたところで、サファイアとローズがやってきた。
「今日は和食なのですね」
「ああ、俺とカレンが作った」
「昨日も和食じゃなかった?」
「いいんだよ、白米食いたくなったんだ」
「ふーん。まあいいわ。カレン、おかか出して」
言われたカレンは、ちょっと困ったような、嬉しそうな顔だ。
「ごめんなさい。ふりかけは鮭しか出せないんです」
「なに? 弱くなっちゃったの?」
「ちょっと強くてニューゲームさ」
「わだかまりは、解けたようですね」
「おう、ばっちりだ」
何度だろうが、俺がいる限りハッピーエンド確定だ。
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