取材でも駄女神だよ

「はい、突然ですが女神雑誌の取材が来ます」


 いつもの教室で授業をしていたら、カレンにそう言われた。


「こいつらの醜態を晒すのか。むごいことを」


「醜態って何よ!?」


「醜い裸体は晒しません」


「言うと思ったわ!」


「どちらかといえば先生の取材です」


 俺の取材。取材されるようなことなんかあったっけか。


「あんたなにやったの?」


「自首しましょう」


「なんもやってねえよ!? まだこっちに来て数日だろうが!」


「駄女神問題に、たったひとりで取り組む人間の教師。まあ注目されているのですよ」


「いやな目立ち方したもんだ。取材なんか受けないぞ」


「女神女王様が受けちゃいました」


「あいつ何発まで殴っても許されるかな?」


 本当にろくなことしないな。今度あったらしばこう。俺の精神衛生上よろしくない。


「先生が街に行かないからですよ。ずっと施設内にいるでしょう?」


「そりゃ全部揃うからな」


「そうやって、いつも面倒臭がるから、女神が気にし始めるのですよ」


「絶対さらし者になるじゃん。客寄せパンダみたいになるじゃん」


 女神しかいないのにさあ……人間の男とかさあ……街に行きたくない。


「だから取材なんですよ。わたくしがどれだけ苦労したか」


「なんの苦労だよ。取材受けるのも俺だし、お前の世界救ったのも俺だろ」


「いえ、取材なんてみみっちいことをせず、どうせなら街宣車に乗せて、政治家みたいに晒し上げようと女神女王様が」


「ちょっとあいつが五回死ぬまで殴ってくる」


 女神女王様なんて呼ばれているんだ。当然不老不死だろう。

 不老不死能力さえ消さなければ、死んでも生き返るはずだ。


「なのでわたくしが取材だけにしましょうと説得したのです」


「お前マジでか。救いの神だな」


「女神ですから」


「おぉ……超ひさびさに女神に見えたぞ」


 まるで冒険後半の、使える女神時代に戻ったようだ。後光がさしてやがるぜ。


「駄女神だけどねー」


「駄女神ですね」


「ちょっと加護が使えなくなっただけです!」


「そうだそうだー。カレンは立派な女神だぞー」


「感情こもってませんよ先生」


 うっさい。ちょっと恥ずかしかったんだよ。いいじゃんフォローしたし。


「調子いいわねえ。で、取材っていつからよ?」


「もうすぐですよ。ここに来るはずですが」


 そこでイノシシが全力ダッシュしているような音がする。

 廊下からか。そう思った時には勢い良くドアが開き、俺に向かって飛び込んできた。


「セーンセエエエェェェ!! お久しぶりデースううぅぅぅ!!」


「うおおおぉぉぉ!? なんだお前!? 敵か!?」


 俺の腹に飛び込んできた。いきなりだったので受けるしかなかった。

 俺以外なら死ぬぞこれ。


「本物の……本物の先生デスよね!」


「てめえまず全力タックルぶちかましたことについて、なんかねえのか!!」


「ああ、先生だ! これ先生だ! うわっほおおおぉぉいい!」


「いいから離れろやアホ!!」


 無理やり引っぺがす。テンション高いなクソが。なんだよこいつ。

 ふわふわした赤くて長い髪。俺の胸に顔が来る程度の身長の女だ。


「どうなってんのこれ?」


「さあ、私にはさっぱりです」


「わたくしも……よくわかりません」


 三人が困惑している。もう不審者としてつまみ出そうかなこいつ。


「なんで女神界に来たのに、街に来ないんデスかこの人はああぁぁ!」


「静かにしないと殴るぞ。強めに」


「ごめんなさいデス」


 誰だか思い出せない。なんかイントネーションに聞き覚えがあるような。


「でもでも、センセーがいつまでたっても、街に来ないからいけないのデス」


「なんで俺のせいだよ。自由だろそんなん」


「女神界にいるなら会いに来て欲しかったデス」


「もしかしてお知り合いですか?」


「いや、知らん」


 完全に身に覚えがない。こんなやついたか? 誰だっけマジで。


「なんデスとー!? 忘れるとはどういうことデース!!」


「やっぱり知り合いなんじゃないの?」


「センセーとの楽しかった日々は忘れませんでシタ! あんなに一緒だったのに! 思い出をどこかにポイっと捨てるなんてひどいデース!」


「ポイっとな」


 知らん女がうるさくて、面倒だったので窓から捨ててやった。


「オオウノオオゥゥゥ!?」


「はい。授業やるぞー」


「女神はポイ捨て禁止デース!!」


 一階なので怪我とかはない。だがうるさい。果てしなくうるさい。


「落ち着け。俺の知り合いにそんな騒がしいやつはいない。カレン、取材ってこいつか?」


「いいえ、違う女神のはずですが」


「センセーに会いたくて代わってもらったデス! 険しい道のりだったデス。ジャンケン勝負も、くじ引き勝負も、女神の意地をかけた戦いでした」


「こんなうっさいやつ……覚えてないはずが……俺の救った世界にいた女神だよな?」


「本当に……忘れたのデスか?」


「うっ……」


 なんで泣きそうなんだよこいつ。なんだろう見覚えがある気がする。


「あーあ、なーかしたー」


「薄情な先生ですね」


「ダメですよ先生。ちゃんと思い出してあげないと」


「すまん。名前を教えてくれ。容姿が変わっているかもしれない。お前がガキの頃だったらわからない」


「美由希デス。美由希・アリアと申すデス」


 ミユキ……美由希……あぁ……ちょっと思い出しかけてきた。


「割と文明の進んだ世界で……なんだっけな……魔王じゃなくて悪の秘密結社とか潰していた時期だったような……」


「時期の問題なのですか」


「秘密結社に飽きたら、魔王がいる世界中心に救ったりしてた」


 もう一度美由希を見る。整った体で、サファイアにちょっと負けるくらい。

 女性としちゃ尋常じゃなく綺麗な部類なんだけど。


「加護を与えたものと、ロボットに乗り込んで戦う世界デス」


「思い出した。宇宙でロボット乗り回してた時だ」


「文明進みすぎでしょ」


「本当に忘れていたのデスね」


「いやだって、お前もっと小さかっただろ。中学生くらいだったじゃねえか。二十歳超えるくらいまで成長してりゃわかんねえよ」


 あの頃と髪型も違うし、そもそも長年会っていないからな。

 救った世界が多すぎて、よっぽどのことがないと昔の女神から忘れていく。

 仕方ないね。うん、仕方ない。


「悪のロボとかを一緒に潰していた。懐かしいな」


 そうか美由希か。思い出ってやつは、一度溢れ出すと止まらない。

 美由希と戦った日々が走馬灯のように駆け巡る。


「センセーがいなくなってからも……その思い出とともに、私の心の中でセンセーは生き続けています」


「普通に生きてるけどな。死んでないぞ」


「センセーに取材……二十四時間密着取材!」


「おいカレン。どういうことだ」


「二十四時間ではないです。あくまで授業の一時間だけです」


 二十四時間女神と一緒とか死ぬわ。俺の心が壊れる。


「密着取材がいいデース! せめて密着だけでも!」


「暑苦しいからやだ」


「なぜデース!?」


 マジでうるさいこいつ。そんなに取材したいかね。


「ちょっともう取材だけ受けちゃいなさいよ」


「うるさくてかないません」


「わかったから取材だけして帰れ。もしくは帰れ」


「仕方がありません。ではセンセーにお聞きします! 好みの女神のタイプはどんな女神デスか!」


「なんで一発目がそれなんだよ!」


「これは他の子からも、絶対に聞くように言われているのデス!」


 女神って何考えて生きてんだろうな。こいつらの思考が読めない。


「ねえよそんなもん。女神の好みってなんだよ? 戦闘関係か? どんなスキル持ってるとか?」


「見た目と性格の話デス!!」


「見た目ねえ……別に普通にしてりゃ、迷惑じゃない。性格もダメじゃなけりゃ、俺が世界を救えばいいし」


「それは世界を救うのに楽かどうかデス! 好みではないデース!」


 好みねえ……全然わからん。一緒にいて面倒なやつは除外だな。


「悪いピンとこないわ。考えたことがない。とりあえず、ここにいるやつら以外で」


「どういう意味よ!」


「訂正を要求します」


「あはは……まあそうですよね……ふりかけしか出せませんからね……はは……」


 駄女神がうるさいけど、気にしない。美由希の意図がわからんな。

 聞いてこいってことは、誰かが指示を出したんだろう。

 普段男がいないから、浮足立っているってとこかね。


「まあ俺の評価なんて気にしなくてもいいんじゃないか? 好みのタイプなんて人それぞれだ。俺の意見が男の総意じゃないしさ」


「なぜ……なぜここまで言って伝わらないのデス……」


 がっくりと膝をつく美由希。よくわからんが答えがお気に召さないらしい。


「ええいもう次いくデス! まだまだ取材は続くのデスよ」


「わたしもう帰っていい? ネトゲの続きあるから」


「ダメデス! 生徒にもインタビューするのがお仕事なのデス!」


 まだ続くらしい。とっとと終われ。帰って授業のプランとか立てたいんだよ。

 俺の願望を跳ね飛ばすように、ここから美由希のテンションが上っていくのであった。

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