第100話
交際期間はかなり短いし、周りはみんな驚いているけれど、
僕たちはあまりにも内容の濃い時間を過ごしたし、
それに、もう20年以上も前から知っているわけだから
これ以上、だらだらとつきあっていても仕方がないと思った。
今後、どうやって生活していくのか。
それを話すために、僕は佳子さんとたびたび会っている。
きょうは赤坂見附のホテルに来た。
このホテルは大きくて素敵なカフェがあり、
僕も佳子さんも気に入っている。
オレンジジュースを飲みながら、これからの話からマニアックな話まで
いろいろな話をした。
マニアックな話ができる、正しい変態の時間は
僕にとっても佳子さんにとっても、とても貴重で、
ここでお互いしか知りえないことを交換し合っている。
あっという間に時間が経った。
僕 「じゃ、行こうか」
佳子「うん」
僕と佳子さんは、席を立ち、店を出た。
しかし、少し歩いたところで、足元がふらついた。
佳子さんは、ホテルのふかふかのじゅうたんに、膝をついた。
佳子「うう」
どうやら、吐き気だ。僕はいつものように言った。
僕 「鼻で、息して。すーっと」
しかし、この日の佳子さんは、言うことを聞かなかった。
佳子「いいの」
僕はちょっと困った。
僕 「どうして?」
佳子「これは、いい吐き気なの」
いい吐き気?
鈍感な僕はちょっとわからなかった。
佳子「あのね、ワンコちゃん」
そう言うと、佳子さんはそっとみぞおちの下あたりに、手を当てた。
それを見て、僕の頭は、真っ白になった。
これが、涙をこえたということ、なのか。
涙は、心の雨である。
涙をこえたら、虹を見た。
君こそ命。そう、命。
涙をこえて、生まれる命。
僕は、輝く明日を、見つめたくなった。
(終)
この作品はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
涙をこえて。 石井寿 @ishiihisashi
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