第94話

佳子「え、だって0度じゃない」

僕 「0度は、氷点下なんですよ、実は」

佳子「え、そうなの?」

僕 「そうです。氷点って、

   氷が水になる温度ですけど、0.002519度なんです。

   だから、0度は氷点よりわずかに下で、氷の温度なんです」

佳子「そうなんだ、知らなかった!」

僕 「実は僕も、予報士になってからこのことを知って、びっくりしました。

   大人になっても学ぶことって、多いですよね」

佳子「ほんとに。また、ワンコちゃんから、教わっちゃった!」


そんなに大した話ではないのに、佳子さんは、うれしそうだった。

佳子さんを見ていると、人間はつくづく、

新たな発見とか、新しい見方ができることが大事なんだなと、僕は思った。   




やがてホテルのガラス張りの玄関が見えた。

そろいの半纏を着た、ホテルの従業員が男性5人、女性5人。

ずらりと10人。玄関の前に並んでいる。

1回目の往路と、まったく同じだ。


「おつかれさまでございますーっ」


これも同じだ。

すかさず、佳子さんが僕に耳打ちする。



佳子「じゃ、ここからワンコちゃんは、彼氏ね」

僕 「うん」



宿での彼氏役も、なんだか慣れてきたような気がする。

玄関を入ると、じじが待っていた。


じじ「おう、よく来たの」

佳子「おじさま、またお世話になります」


おじさま、と言いつつ、実の父親なんだ。

僕はそのことを知ってしまった。

佳子さんは健気におじさまと言っている。

なんだか切ない。


じじ「おう、石井君」

僕 「あ、ご無沙汰しております」

じじ「もう、自分の家だと思って使ってくれていいんじゃよ」

僕 「はい。ありがとうございます」


佳子さんと僕は、また、ホテルの一番てっぺんの展望室に通された。

ホテルの人たちが丁寧に、お茶だ、お菓子だと出してくれて、

ひとしきり挨拶がすむまで、やはり今回も30分くらいかかった。


しかし、前回この部屋に来たときと違ったのは

その間、僕はかなりゆったりとした心持ちでいられた。

心細い足軽ではなくなっていた。いろいろ、全体像が見えたからだろう。



さて、まずは硫黄泉か。

僕がそんなふうに思っていたが、佳子さんは意外なことを言った。

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